5名前と駄洒落の後日談
「やぁ、僧侶。君の好きな玉りんごのパイだぞ。食べないのか?」
とある食堂で僧侶にパイを勧める魔法使いを見て勇者は違和感を覚えた。先日も見た光景だが何か違うような。勇者はあることに気がついた。そして、食堂を出た後で魔法使いに声を掛けた。
「魔法使いよ。君はオレたちが勘違いする以前にオレたちの名前を知っていたな?」
先日、僧侶が自分の名前を駄洒落にされたと思った時、魔法使いは「食わないの?」と僧侶に勧めていた。しかし、今回は「食べないのか?」に修正している。偶然かも知れないが、しかし、勇者にはとてもそうとは思えなかった。勇者に問われると魔法使いは頷いた。
「そうだなぁ。個別に話をしよう」
まず、魔法使いは僧侶を呼んだ。魔法使いは、僧侶のおやつを取り出すと包み紙を指し示した。
「僧侶よ。自分のおやつに名前を書くな。せめて"僧侶"と書け」
僧侶は玉りんごの果実のように真っ赤になった。次に魔法使いは戦士を呼んだ。魔法使いは、丁寧に折りたたんだ紙を戦士に手渡した。
「戦士よ。名前入りの恋文を開いたまま放置するな」
戦士は顔から火が出そうなくらいに真っ赤になった。最後に魔法使いは勇者を呼んだ。魔法使いは少し言いにくそうな顔をした。
「あまり家族間のやり取りに口を挟みたくはないが、一応注意しよう。……勇者よ、実家に帰ると一人称が自分の名前になるのに気を付けろ」
勇者は赤面した。
「魔法使いよ。お前の名の手がかりをくれ」
後日戦士が言った。
「名前を隠そうって話なんだけどね。まぁ、でも、このままでは僕と君達が平等でないことは認めよう。そうだなぁ。先日の大工を思い出してみてくれ」
魔法使いは答えた。先日の大工とは「おい、待て小ぉぉ僧ぉっ!」と噴火したみたいに子供を怒鳴った大工である。戦士はぴんと指を立てた。
「シンプルに"コゾー"だな?」
「少しひねってくれ」
魔法使いはあきれたように言った。すると戦士は勝ち誇った顔をした。
「わかった! わかったぞ!!」
戦士が声を上げ、勇者と僧侶も期待をもって戦士の言葉を待った。魔法使いは、手がかりを与えすぎたかと少し後悔の色をにじませていた。
「"ひねくれコゾー"だな?」
勇者と僧侶は、腹を抱えて笑った。つられて魔法使いも吹き出していた。やはりこの調子では、魔法使いの名前にたどり着くことはないなと勇者は思った。