4名前と駄洒落
「やぁ、恩人!」
先日、大根畑で勇者の剣を名乗っていた魔法使いは、お菓子の入った袋を持って勇者に手を振った。
「あ、この間の! いなくなったと思ったら、どこに行ってたの?」
勇者は魔法使いに駆け寄った。
「どこって街だよ。住み込みで働けるところを探しに行ってたんだ。やっと皿洗いの仕事に就けたよ。街の食堂で、部屋は物置だけど、雨風を防げる場所を確保できた。上々だよ」
魔法使いはご機嫌だったが、勇者は、物置で小さく丸まって眠る魔法使いを想像して不憫に思った。本当は、両親に魔法使いを家で引き取れないか相談するつもりだった。しかし、魔法使いは、あっという間に姿を消していた。勇者がそのことを話すと魔法使いは首を振った。
「駄目だよ。そこまでお世話になれないよ。僕を畑から引っこ抜いて呪いを解いてくれただけでも、感謝してもしきれないぐらいなんだ。……あ、ほら、これ。お礼にお菓子を買ってきたぞ!」
魔法使いは、勇者に袋を持たせた。そこには、はち切れんばかりにお菓子が詰め込まれていた。こんなにお菓子を買ってもらえたことはなかった。時々両親と妹と一緒に街に出かけることはあるが、お菓子は一人一個までと厳しく言いつけられていた。菓子店で勇者と妹はどのお菓子にするか、じっくりと悩んで一つだけ決めるのだ。そのお菓子が目の前にたくさんあることが夢のようだった。しかし、勇者は、はっと我に返った。
「こんなに受け取れないよ。これは君が稼いで買ってきたものだろ」
「固いことを言うなよ、恩人!」
魔法使いは、勇者の背中をたたいた。
「あの、君は何て名前?」
「魔法使いと呼んで。ちなみにこの村の人々は、僕を見かけると”大根”と呼ぶぞ。でも僕は、魔法使いと呼んでほしい。実際、魔法使いだから」
魔法使いは言った。
「どうして、名前を言わないの?」
勇者が尋ねると、魔法使いは声をひそめた。
「悪い魔法使いに名前を知られると不利になる。だから言わない。その代わり君も僕に君の名前を教えないでほしい。これでお互い様だ」
魔法使いは言った。勇者はふと気になることがあった。
「じゃあ、魔法使いに呪いを掛けた人は、魔法使いの名前を知ってたってこと?」
すると、魔法使いはあいまいにうなずいた。
「たぶん、ね。よく覚えていないんだ」
魔法使いは目を泳がせた。勇者には、魔法使いが本当のことを言っているのか、誤魔化しているのか、よくわからなかった。
この勇者一行は互いを名前で呼び合うことはない。パーティーを組んだ時に魔法使いから改めて名前を言わないことにしようという提案があり、みなそれに承諾した。だから勇者一行は普段から勇者や戦士といった役職呼びをしている。しかし、実はお互いの名については何となく察しがついている。というのも、魔法使いが駄洒落好きなせいである。そのせいで、うっかり皆過剰反応をしてしまったのだ。
ある時のこと、勇者は同じ注意を何度もさせる魔法使いに呆れていた。
「さっき言っただろう? 何度も言わせないでくれ!」
「そーやーそうだね」
「おい、駄洒落を言うな!」
「んん?」
魔法使いは不思議そうな顔をした。そして察するとにやりと笑った。
「不注意だな、勇者。僕にそんな気はなかった」
「えっ? あぁっ!」
勇者は頭を抱えた。
戦士の場合、それは美しい田舎街で起きた。
「長閑で良い街だなぁ」
「戦士よ、そんなに気に入ったなら永住したらどう?」
「おい!」
「んん?」
魔法使いは不思議そうな顔をした。そして察するとにやりと笑った。戦士は舌打ちした。
僧侶の場合、それは食堂で起きた。
「僧侶、君の好きな玉りんごのパイだ。食わないの?」
「こらっ!」
「んん?」
魔法使いは不思議そうな顔をした。そして察するとにやりと笑った。僧侶は愕然とした。
そんな訳で、一同は魔法使い以外の名前を何となく察している。魔法使いは、自分が皆の名を知る分には、守護魔法を掛けやすくなるから良かったのだ、と言った。皆は複雑な心境だ。こうなると、魔法使いの名を知りたいのが心理だ。
「勇者、お前は子供の頃から魔法使いの友達だろう? 何か知らないのか?」
戦士が尋ねると勇者は首を振った。
「彼は、街で皿洗いの仕事を始めていたから常に一緒ではなかった。オレは農作業で忙しかったし。村の仲間は、彼を”大根”と呼んでいて、街の人は”皿洗い”と呼んでいた」
しかし、ある日、とある街で悪ガキに大工が「おい、待て小ぉぉ僧ぉっ!」と叫んだ時、魔法使いはびくっと肩を震わせた。一同は、おやおやおや、と思った。
「お前の名前がわかったぞ。”マテコゾー”だ」
戦士は勝ち誇っていた。
「んな訳無いだろ」
「”テコゾー”?」
「違う」
「”オイコゾー”?」
「違うって」
勇者にも僧侶にも魔法使いは首を振った。この調子では、魔法使いの名前にたどり着くことはないなと勇者は思った。