1大きな紙飛行機の下で
魔法使いは、古びた石碑の前で首をかしげていた。胸元で剣の形の首飾りが揺れる。地面に膝をつき、苔むした石碑にそっと手を触れる。南の街へ向かう途中の道を少しそれたところ、大きな木の根元あたりにそれはあった。魔法使いは石碑に掘られた図形のようなものと呪文を見比べた。
「なるほど」
魔法使いは呟いた。
「おーい、魔法使い。行くぞ?」
勇者の声が魔法使いを呼ぶ。魔法使いは、名残惜しそうに立ち上がり、勇者の声の方に小走りに向かった。
「あれをどうにかするのは無理だろ?」
勇者は言った。勇者は手を額に当て、目を細めた。勇者の右胸の太陽形のブローチが光を反射して金色に輝いている。一行は、街を一望できる小高い丘の上にいた。爽やかな秋の風にススキが靡いている。街の上空には、巨大で真っ白な紙飛行機が飛んでいた。巨大紙飛行機は、街の上空を覆い、街に影を落としている。王様に呼び出された勇者は、この紙飛行機の依頼を受けた。
勇者が到着した時には紙飛行機は街の上空まで来ていた。速度は遅くカタツムリ並だ。勇者は魔法使いを見た。魔法使いは、期待のこもった勇者の視線を逸らすように首を振った。
「何とかしたくても何ともできないよ。あの高さでは、僕の魔法は届かないから。自然と落ちるのを待つしかないんじゃないか?」
魔法使いは答えた。
「落ちたらどうするんだ? 国中のヤギを集めて食べさせるか? 」
戦士がからかった。
「ご冗談を」
魔法使いは両の手の平を空に向けた。
「誰が作ったんだろうな。……巨人か? 北に集落がある」
戦士は首をかしげた。
「そういえば、戦士は、巨人の集落の近くの村出身だったな?」
勇者が言うと、戦士はうなずいた。
「北の巨人の村と、西の小人の村のちょうど中間くらいの村だ。巨人たちが作るものは、何もかも大きいからな。船を作っているのかと思ったら、アヒル形のオマルだったこともあったな」
戦士は思い出し笑いをした。
「おいおい、奴らに紙飛行機を作る繊細さはないぞ。叩き潰すくらいの知能しかない」
僧侶が小馬鹿にしたように言った。
「僧侶よ。君は、巨人にたいまつの代わりにされたことをまだ根に持っているな。彼らはもっと知性がある。君の大好きな玉りんごは彼らの農場産なんだぞ」
「なぬ、そうだったのか!」
「僧だけに?」
「やかましい」
魔法使いと僧侶の掛け合いに、勇者は呆れ、戦士は笑った。
「王様は原因がわかれば、無理に対処せずに良いと言ったな」
勇者は、思い出したように言った。
「なんだ、それならそうと早く言ってくれればよかったのに。あれは、放っておくに限る。勇者よ」
魔法使いが言った。
「ここに来る途中に大魔法使いの守りの印を見た。紙飛行機の形のね。古い盟約。だから、あれは無害だよ」
一同は、薄青い空に浮かぶ純白の紙飛行機を見遣った。
「美しいじゃないか」
魔法使いが笑った。