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聖夜の黄昏  作者: 那王
1章 サンタクロースを名乗る少年
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交差する誓い

「やっぱり、探知できないの?」

地下室を改造した作業場で、複数のモニターが青白い光を放っていた。キーボードを叩く音が部屋中に響き、画面にはパケットキャプチャの結果が流れ続けている。


「無理だね。これは俺の経験じゃ説明できないよ」

カイトと呼ばれる若い男性が、疲れた表情で椅子に深く身を沈めた。彼の背後の壁には、世界中の時刻を示すデジタル時計が並び、その横には無数のネットワーク構成図が貼られている。


「IRC、Tor、I2P...あらゆる匿名化ネットワークを探ってみたけど、全く痕跡が見つからない」

カイトは画面を切り替えながら説明を続けた。

「VPNの多重化、DNSトンネリング、全て試したけど、まるでパケットそのものが存在を消すみたいなんだ」


「でも、イリスの投稿はすごい勢いで拡散されてるわ」

リリィがスマートフォンの画面を見せる。Twitter、YouTube、Reddit、TikTok──様々なSNSで、イリスの暴露情報が話題を席巻していた。画面には次々と新しい投稿が流れていく。機密文書の断片、極秘の取引記録、裏で握手を交わす権力者たちの写真──。それらは全て、『黒き聖夜の審判』という署名と共に投稿されていた。


「彼女、投稿のタイミングも完璧なんだ」

カイトが説明を始める。

「アメリカが目覚める時間、ヨーロッパのランチタイム、アジアの夕方...世界中のプライムタイムを狙って情報を出してる。しかも、各地域のIPアドレスプールを巧みに使い分けている」

モニターには解析ツールの画面が並ぶ。

「通常なら、こういう大規模な情報発信は必ず痕跡が残るはずなんだ」

リリィは真剣な表情でモニターを見つめ、時折カイトに鋭い質問を投げかける。料理以外の分野でも頭の回転が速いことに、ノエルは感心した。分析が続く中、リリィは少し疲れたのか、椅子の上で小さく伸びをして、首をこくりと傾げた。その無防備な仕草に、普段のしっかりした様子とのギャップを感じた。


カイトは片手でラーメンを啜りながら、もう片手でキーボードを叩き続ける。

「プロキシチェーンを使って身元を隠すのは基本だけど、幾重にも重ねても、いくつかのノードは必ず特定できるはずなんだ。ファイアウォールのログ、IDS/IPSのアラート、DNSクエリ...どこかに痕跡が残るはずなのに」

彼は画面に映る複雑なネットワーク図を指差した。そこには無数の接続線が描かれているが、それらは全て途中で霧散していた。

「痕跡が完全に消えてる。というか、最初から存在しない。まるで...」


「まるで魔法みたいってこと?」

ノエルが聞く。


「そう。俺はハッキングの世界で十年以上やってきた。ダークウェブの住人とも付き合いがある。でも、こんなの初めてだよ」


「カイトさんって、すごい人なのね」

リリィの言葉に、カイトは照れたように頭を掻いた。


「まあね。でも、リリィの方こそ面白いよ。料理人が情報屋と知り合いってのは珍しい組み合わせでしょ?」


「だって、世界中の珍しい食材の情報が欲しかったんだもの」

リリィが笑う。

「カイトさんのおかげで、幻のハーブや、幻の塊茸の在処を突き止められたわ」


「そうそう」

カイトが思い出したように言う。

「そういえば、リリィ。この前教えた、高山の雪解け蜂蜜の件、うまくいったか?」


「ええ、とっても!あの蜂蜜で作ったお菓子は、評判になったわ」


ノエルは二人のやり取りを聞きながら、イリスのことを考えていた。画面に映るSNSのタイムラインには、彼女の投稿に対する賛否両論があふれている。

『正義の告発者だ!』

『テロリストを許すな!』

『この世界を変えるんだ!』

『暴力は新たな暴力を生むだけだ』


そして、最新の投稿。

『これは始まりに過ぎない。私は、闇に潜む真実を、全て明るみに出す──黒き聖夜の審判より』


投稿には、ある企業の極秘文書が添付されていた。軍需産業と政府の癒着、資源利権を巡る密約、そして...

「これは...」

カイトが画面に食い入る。

「表向きの『平和維持活動』の裏で行われていた、血塗られた資源取引の証拠か…。結局、一番の犠牲になるのは、いつだって子供たちだってことか…!」


その時、突然全てのモニターがブルースクリーンを表示し始めた。

「なっ...!?」

カイトが慌ててコマンドプロンプトを開き、緊急コマンドを入力する。


しかし、制御は効かない。すべてのセキュリティプロトコルが無効化され、ファイアウォールが次々とバイパスされていく。画面には、銀色の長い髪をなびかせる少女のシルエットが浮かび上がる。


「イリス...?」

ノエルが思わず声を上げる。

しかし、映像はすぐに消え、代わりに一行のメッセージが表示された。


『ノエル、私の選んだ道を、見ていてね』


「こんなの、技術的にありえない」

カイトが呟く。メモリダンプを解析しようとするが、データそのものが消失している。システムログを必死に確認するが、侵入の形跡すら見当たらない。


「これが、サンタクロース協会の禁書の力...」

ノエルの言葉に、深い静寂が部屋を満たした。外では雪が静かに降り続き、デジタル時計の数字が、新たな時を刻み始めていた。


──


その頃。

漆黒の闇が満ちた禁断の部屋で、イリスは「世界を見渡す目」と呼ばれる水晶玉に向かい合っていた。球面に映る無数の光は、世界中の子どもたちの涙だった。瓦礫の下で震える幼子、凍えた路上で眠る少女、戦火に怯える子供たち──。


「もう、誰も泣かせない」

イリスの掌から黒い光が零れ落ちる。禁書から紡ぎだした「負の魔法」が、情報網を這うように広がっていく。本来なら罪人を告解へ導くはずの魔法を、彼女は世界を暴く鍵へと変えた。


水晶玉の表面が波打つように揺れる。そこに映し出されるのは、戦争を操る者たちの素顔。利権に群がる政治家、兵器を売り込む商人、民を扇動する指導者──。彼らの欲望が、イリスの魔法によって白日の下に晒される。


「これが、私の選んだ答え」

震える指先で、イリスは魔法を紡ぎ続ける。かつて協会で過ごした穏やかな日々が、胸の奥で軋むように痛む。


〈ノエル...〉

親友の笑顔が脳裏を過る。でも、もう後戻りはできない。世界を変えると決めた以上、この道を歩み続けるしかないのだから。


水晶玉に映る光は、やがて世界中のネットワークを飲み込んでいく。スクリーンは暗転し、人々の携帯電話は一斉に鳴動を始めた。そこに浮かび上がったのは、ただ一つのメッセージ。


『私は、真実を告げる者』


イリスは静かに目を閉じる。これから始まる混乱も、向けられる憎悪も、全て覚悟の上だった。ただ、彼女の瞳の奥に映るのは、遠い日の約束の言葉。


──ねぇイリス、僕たちはきっと、世界中の子供たちを笑顔にできるよね?


「そうね。ノエル...私は、私なりのやり方で、その約束を守るわ」

月明かりに照らされた水晶玉が、静かに輝きを増していく。それは、世界に立ち向かう一人の少女の、儚くも強い意志の光だった。

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