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聖夜の黄昏  作者: ナオ
8章 惨劇の夜想曲
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魔女が残した灯火

GOG本部、魔法科学班研究室。

無機質な白で統一された空間に、重苦しい沈黙が漂っている。


部屋の中央、直立不動の姿勢で立つグレイヴス総指揮官。

その横で、冷ややかな視線を向けて腕を組むヴァレリア。

そして、二人の周りを、Dr.神室がゆったりとした足取りで歩き回っていた。


「まったく……魔法科学班の私を差し置いて、隠していた魔法のサンプルがあり、それを独り占めしようとは」


神室の足音が、カツン、カツンと床に響く。


「そして、まさか失敗するとはな。ヒッヒッヒ……傑作だ」


「いや、私は!」


グレイヴスが、屈辱に顔を歪めながら反論した。


「私は、魔法科学班に引き渡すことを進言した! 本当だ、CP、指令室の録音を聞いてもらえばわかる!」


「では、なぜ作戦の前に言わなかった? グレイヴス司令官」


神室は、グレイヴスの目の前でピタリと足を止め、下から覗き込むように爬虫類の目を細めた。


「あー、皆まで言わなくても良い」


神室は、わざとらしく両手を広げ、天井を仰いだ。


「ケルベロスが魔法科学班の下につくことになったのが不満だったのだろう。ヒッヒッヒ。あわよくば私抜きで魔法の力を手に入れ、バーンズCEOへの手土産にして、立場を取り戻したかった」


「……ッ」


図星を突かれたグレイヴスが、言葉を詰まらせる。


「わかる、わかるよ、グレイヴス司令官。君の気持はよぉくわかる。旧時代の遺物扱いされたのが、よほど悔しかったのだな」


神室は楽しそうに、歌うような口調で続けた。


「だが、捕らえてみれば、目の前の獣が話すことは『願い』だの『価値』だのといった、支離滅裂な言葉のみ。役に立たないと判断し、しかたなく、私に引き渡すことにしたのだろう?」


「そ、そんなつもりは……私はただ、合理的な判断を……」


「何にせよ」


神室の声が、一瞬で絶対零度まで下がった。


「貴重なサンプルを逃がした罪は重い」


彼はポケットからドライバーを取り出し、手の中で弄んだ。


「罰、というわけではないが……グレイヴス司令官には、魔法の研究に『被検体』としてお付き合いいただこうか。君のその強靭な肉体が、魔法の負荷にどこまで耐えられるか……興味深いデータが取れそうだ」


「な……貴様、正気か!? 私は総指揮官だぞ!」


「ああ、だが魔法科学班の、私の部下でもある。連れて行け」


神室が指を鳴らすと、控えていた白衣の男たちが、無表情にグレイヴスを取り押さえ、奥の実験室へと引きずっていった。

絶叫が扉の向こうに消える。


「さて、ヴァレリア女史」


神室は、次にヴァレリアへと向き直った。

その目は、新たな玩具を見つけた子供のように輝いている。


「魔女以外にも、サンプルを確保していたとは。さすが情報部門のトップ、抜け目がない」


彼はドライバーの先端を、ヴァレリアの喉元に突きつけるような仕草をした。


「今後は情報連携にも力を入れてもらいたいものだがね。私の生まれた国の言葉では”ホーレンソー(報・連・相)”というものだ。組織人としての基本だろう?」


「ええ、知っているわ」


ヴァレリアは、グレイヴスの悲鳴が消えた方向を一瞥もしないまま、冷ややかに答えた。


「それに、適切に情報は上げているわ」


「ほう?」


「あなたの机の上を見て」


ヴァレリアが顎で指した先、神室の散らかったデスクの上には、彼が癇癪を起こして破壊した、無惨な姿のブリキのロボットが転がっていた。

ネジが外れ、手足がもげ、もはや元の形を留めていない残骸。


「あなたのところに上げたら、貴重なサンプルが、そのおもちゃと同じようになるだけ」


彼女は、侮蔑を隠そうともせずに言い放った。


「きちんと判断の上で連携しているわ。壊れてしまったら、元も子もないもの」


神室の顔から、笑みが消えた。

ドライバーを握る手に力がこもる。


「……口が減らない女だ」


「サンプルには逃げられたとはいえ、所詮は子供と動物よ。アメリア国内にいるなら、私の情報網で数時間で見つけられるわ」


ヴァレリアは踵を返し、扉へと向かった。


「もちろん、見つけたら適切に判断して『連携』させてもらうわ。……あなたが、その壊す癖を治せるならね」


重厚な扉が閉まる音が、部屋に響いた。


────


廊下に出たヴァレリアは、一つ大きなため息をついた。


数時間などというのは、強がりだ。

普通の人間なら、カメラのリレー捜査や、SNSの情報などの洗い出しで、2、3日あれば確実に見つけられるだろう。

だが、彼らには魔法の力がある。

瞬間移動や、認識阻害を使われたら、物理的な監視網など無意味だ。Kという優秀なハッカーもついている。


「……どうしたものかしらね」


彼女が回廊を歩いていると、部下の情報分析官が血相を変えて走ってきた。


「ヴァレリア局長! 緊急連絡です!」


「何? 騒々しいわね」


「チーム・デルタのメンバーの生存者が確認されました!」


ヴァレリアの足がピタリと止まった。


「は? あり得ないわ」


チーム・デルタ。

ポート・モロウズの廃工場でイリス捕獲に投入された、ケルベロスの先遣部隊。


あの現場は、ヴァレリア自身の目でも見てきた。

空間ごと抉り取られたような消滅。高熱による溶解。

人間が生き残れる場所ではない。細菌一つだって怪しいものだ。


あの爆心地から逃れる力など、一つしかない。


「……魔女の力か」


ヴァレリアの瞳に、再び狩人の光が宿った。


「神室君につないで。グレイヴス司令官で遊ぶのは、また今度にしてもらわないと」


彼女はヒールを鳴らし、作戦室へと向かった。

兵士が生きているということは――


「魔女自身も、生きている可能性があるわね」

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