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聖夜の黄昏  作者: ナオ
8章 惨劇の夜想曲
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虚像の残光

「……ふぅーっ!」


荒い鼻息と共に、ルドルフが歪んだトラックの後部ドアを蹴り破った。


鉄板がひしゃげ、蝶番が悲鳴を上げて弾け飛ぶ。

ぽっかりと空いた出口から、川の冷たい空気と夜の匂いが流れ込んできた。


「リリィ、ルドルフ! 先に外へ! 急いで!」


ノエルが二人が外に出るのを促す。

リリィはふらつく足取りでルドルフの背中につかまり、川辺の砂利道へと飛び降りた。


「待てッ!! 手を挙げて止まれ」


怒号が響く。

荷台の中でルドルフに蹴り飛ばされた兵士たちが、うめき声を上げながら身体を起こし、銃を構え直す。


「させないよ」


ノエルは一歩も退かなかった。

彼の右手が、スッと前方にかざされる。


ブゥン!


彼の周囲を飛び回っていた金色の光の粒子の残り火が、意思を持ったかのように集まり、唸りを上げて兵士たちの目の前で高速回転を始めた。


「僕が魔法を使えるってこと、そして、ポート・モロウズがどうなったか、君たちも知ってるだろ?」


ノエルは静かに、しかし冷徹に兵士たちを見据えた。

その声には、いつもの頼りなげな響きは一切ない。


兵士たちの動きがピタリと止まる。

廃工場の消滅。

空間そのものを抉り取った破壊の痕跡。


あの地獄のような光景が、彼らの脳裏をよぎる。

目の前の少年は、あの『魔女』の仲間だ。


「僕だって、なるべく傷つけるのは好きじゃない」


ノエルの手の中で、光の粒子がバチバチと威嚇するように輝きを増す。


「ウェルカム、大切な仲間を奪おうとするなら……容赦はしない」


「くっ……!?」


兵士たちの額に、脂汗が滲む。

引き金を引けば、自分たちもあの廃工場のように消し飛ぶかもしれない。

その恐怖が、指先を凍りつかせた。


「CP(指揮所)! こちらアルファ・ツー! 応答を願う!」


トラックの陰に隠れた隊長が、震える手で無線機のスイッチを入れた。


「目標A(少年)による急襲を受け、作戦続行困難! 目標Bトナカイの暴走により、アルファ・1、3、4がKWI(戦闘不能)! ……指示を仰ぐ! 対象は魔法による攻撃態勢にある! 『Alive only(生け捕りのみ)』のオーダー維持は不可能だ! 攻撃許可を願う! 繰り返す、即時攻撃許可を!」


ザザッ……ザザザッ……


無線のスピーカーからは、砂嵐のようなノイズしか返ってこない。


「おい、CP! 聞こえないのか! 応答せよ!」


隊長が無線機を叩くが、ノイズは激しくなるばかりだ。


「連絡はさせないよ」


ノエルが一歩、踏み出す。

それに合わせて、金色の光が生き物のように膨張し、兵士たちの視覚を焼き切らんばかりに広がった。


「そこで銃を下ろして」


ノエルの静かな、しかし有無を言わせぬ宣告に、兵士たちの指先が凍りつく。

通信途絶による孤立、そして何より『ポート・モロウズを消滅させた魔法』への根源的な恐怖が、彼らの精緻な判断力を奪っていた。

歴戦の兵士たちが、当惑を隠せずジリジリと後ずさる。


ノエルはその隙を見逃さず、リリィとルドルフに「行って」と目配せをした。


「……逃がすな! 撃てッ!」


我に返った一人が、逃走を阻止しようと麻酔銃の引き金に指をかけた。

だが、弾丸が放たれるより早く、金色の光が閃光となって兵士の眼前で弾ける。


「ぐあっ! 目が……!」


乱れた銃弾は、あさっての方向の樹木を射抜く。

意思を持った盾のごとく不規則な軌道で飛び回る光の残滓が、彼らの照準を徹底的に乱し、追撃を許さない。


その間にノエルたちは完全に森の深淵へと姿を消していった。


────


「――よしっ! 今だ! 逃げ切った!」


サンタクロース協会。

広場の水晶玉を囲んでいた見習いたちが、一斉に歓声を上げた。


「危なかったぁ~!」

「ノエル兄ちゃん、すっごい演技力!」


一人の少年が、冷や汗を拭いながらへなへなと座り込む。


「だって、ノエル兄ちゃん、もう魔法なんて空っぽだもんね」

「そうそう。そもそも僕たちの魔法って、誰かを傷つけるためのものじゃないしね」

「完全にハッタリだよね。心臓止まるかと思ったよ」


水晶玉の中では、ノエルたちが無事に森の茂みに身を隠す様子が映し出されている。


「でも、あの光の動き、最高だったよ!」


操作役の少年が、誇らしげに鼻をこすった。

「へへん、僕たちのサポートのおかげだな! あいつら、ただの光なのにビビりまくってたし!」

「うん! 『視界遮ってー!』って叫んだタイミングで、みんなで念じたのが効いたね!」


それは、大人たちが振りかざす理不尽な暴力に対する、子供らしい『遊び心』がもたらした痛快な反撃であった。


────


森の奥深く、安全な場所までたどり着いたノエルたちは、荒い息をつきながら座り込んだ。


「……はぁ、はぁ……」


ノエルのポケットから、スマートフォンが震えた。


『よう。見事な脱出劇だったな』


カイトの声だ。


「……通信妨害してくれたの、カイトさんでしょ?」


ノエルが息を整えながら尋ねる。


『気づいてたか。うまく合わせたな、ナイスアドリブだったぜ』


カイトの声には、感心したような響きがあった。


『奴らの使ってる軍用無線、周波数帯域は高度に暗号化されてるが、所詮はデジタル信号だ。特定の帯域にホワイトノイズの嵐をぶち込んで、ハンドシェイクを阻害してやった。現場の混乱に乗じたジャミングなら、俺の得意分野だ。ま、専用回線に頼り切ってる辺り、俺から言わせれば素人同然だがな』


スマホの向こうで、カイトが早口で技術的な解説をまくし立てている。

その声の熱っぽさが、彼なりの安督の表現であることを、ノエルは理解していた。


「ありがとう、カイトさん。カイトさんがいなかったら、逃げ切れなかった」


『……フン。礼を言われる筋合いはねえよ。俺の借りを一つ返しただけだ』


照れ隠しのようにぶっきらぼうに言って、通話は切れた。


「ノエル……」


隣で、リリィが震える声で呼びかけた。

ルドルフも、心配そうにその赤い鼻を寄せてくる。


「助かったわ……。ありがとう、ノエル。本当に、ありがとう」


「ううん」


ノエルは首を振った。

そして、木々の隙間から覗く、鉛色の空を見上げた。


「僕だけの力じゃないよ」


「みんなー、ありがとう! 届いたよー!」


ノエルは、空に向かって大きく手を振った。

そして、隣にいるルドルフの首筋を、ポンポンと優しく叩いた。


「ルドルフも無事だよー! 心配しないでー!」


「……!」


ルドルフが、ハッとして空を見上げる。

その賢明な瞳が、何もない空の向こうにある気配を感じ取ったようだ。


「そうか……。協会のみんなか。彼らが、道を示してくれたんだね」


「え? サンタ協会の? あそこから、見てるの?」


リリィが驚いて空を見上げる。


「うん! 間違いなくね!」


ノエルは満面の笑みで頷いた。

その笑顔につられるように、リリィも空に向かって手を振った。


「……聞こえてるかしら。助けてくれて、本当にありがとうございましたー!」

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