真夜中のドッグファイト
「うわああああああああッ!」
絶叫は、一瞬で後方へと置き去りにされた。
マウンテンバイクのペダルを漕ぐ足は、とっくの昔に空回りしている。タイヤは地面の泥を蹴ることをやめ、完全に空を掴んでいた。
前輪と後輪に、ガムテープとロープで強引に括り付けられた4機のトイドローン。それらが、ジェットエンジンのごとき高周波を唸らせていた。
それは、物理法則を無視した、ありあわせのツギハギの翼。
けれど、今この瞬間、世界で一番速いソリだった。
深緑の森のトンネルを、赤い流星が切り裂いていく。
それは物理法則を無視した、ありあわせのツギハギの翼。
けれど、今この瞬間、間違いなく世界で一番速いソリだった。
『おいノエル!応答しろ!GPSの数値がイカれてやがる!』
耳元のイヤホンから、カイトの焦燥と興奮が入り混じった声が飛び込んでくる。
『時速350キロ!?リニアモーターカーかよ!お前今、何に乗ってるんだ?』
「マウンテンバイクと、オモチャのドローン!」
『はぁ!?自転車だぁ!?くっくっくっ、サンタクロースの魔法ってのは、空力特性も無視かよ!』
カイトの声の裏で、マシンガンのようなタイプ音が鳴り響く。
『いいか、そのまま突っ走れ!だがその速度じゃ人間の反射神経は追いつかねぇ、木に激突してミンチだぞ!』
「大丈夫!道は見えてる!」
ノエルの視界の先、漆黒の森を、輝くの光が猛スピードで先導していた。
それはただの光点ではない。光は時に分裂し、「右の枝をくぐれ」「左の岩を飛び越えろ」と、最適な飛行ラインをリアルタイムで描いてくれているのだ。
その光の軌跡には、遠い北の空の下にいる仲間たちの意思が宿っていた。
(ありがとう、みんな……!)
その光の向こう側、サンタクロース協会では、見習いたちが必死の形相で水晶玉にかじりついていた。
「右舷、大木接近!3、2、1、回避指示!」
「もっと明るく!暗闇じゃノエル兄ちゃんが見失っちゃう!」
「うおーっ! ぶつかるぶつかる! ノエル兄ちゃん、そこは空力ブレーキだ!」
まるでテレビゲームの画面に向かって叫ぶように、子供たちが声を張り上げる。その純粋な「応援」が魔力となって、遠くアメリアの森を駆けるノエルのハンドルを、神がかった精度で制御していた。
一方、ニューシティの隠れ家でモニターを睨むカイトも、キーボードの上で指を踊らせていた。
『よし、こっちも援護する。この先の山道、地図には載ってねえ獣道だが……』
カイトは複数のウィンドウを展開し、古い地形測量図と、最新の衛星写真を透過合成させる。
『木の生え方、土壌の密度、傾斜角……計算完了。重量級の軍用トラックが走破できるルートは、この尾根沿いの一本道しかねえ!』
カイトが弾き出した予測ルートが、ノエルのスマホに転送され、AR表示のように視界に重なる。
『この先、3キロ地点で追いつくぞ!』
「見えた!」
木々の切れ間、舞い上がる土煙の先に、黒い装甲トラックの背中が見えた。
トラックは道なき道を、戦車のように木々をなぎ倒しながら進んでいる。敵はノエルの接近になど気づいていない。まさか上空から、子供用の自転車に乗った少年が時速300キロで迫っているなど、悪夢の中でさえ想像していないだろう。
『待てノエル!そのまま突っ込む気か!?』
カイトが鋭く制止する。
『相手はプロだ。下手に近づけば迎撃されるし、体当たりしたところでその自転車じゃ弾き飛ばされて終わりだ』
「じゃあ、どうすれば!」
『地形を利用するんだ。ノエル、その先だ!500メートル先に、川に面した切り立った崖がある!』
カイトの指示が飛ぶ。
『道幅はギリギリ、しかも急カーブ。タイヤ一つ分でもコースを外せば、谷底へ真っ逆さまだ』
「そこを狙うの?」
『ああ。運転手が一番神経を使うその瞬間に、意識を外させるんだ。一瞬でいい。ハンドル操作を誤らせることができれば、勝てる!』
「分かった、ありがとう!」
ノエルは、自分の「ソリ」を支える4機のドローンを見た。
ついさっき、魔法の袋から生まれたばかりの彼ら。けれど、そのプロペラの唸りからは、「もっとやれるよ!」「ボクたちに任せて!」という頼もしい意思が伝わってくる。
(みんな、いけるかい?君たちの本当の力、見せてやろう!)
「いけっ!分離!」
カシュッ!という小気味良い音と共に、ビニールテープで固定されていた4機のドローンが一斉に離脱した。
推力を失ったマウンテンバイクは、慣性だけで空を滑る砲弾となる。
だが、解き放たれたドローンたちは、まるで蜂の群れのように不規則な軌道を描きながら、トラックのフロントガラスへと殺到した。
黒いトラックの運転手は、左側が断崖絶壁となっている悪路にハンドルを取られないよう、前方に全神経を集中させていた。
その視界を、突如として現れた4つの飛行物体が覆い尽くした。
「な、なんだ!?」
ドローンたちはガラス面にへばりつくと、搭載されたカメラのフラッシュライトを、ストロボのように激しく、ランダムに明滅させた。
漆黒の森の中で、眼球を灼く断続的な閃光。
「ぐあっ、目が!?」
運転手が反射的に目を細め、身をのけぞらせる。
視界を奪われた恐怖により、運転手が本能的にハンドルを逆に切る。
その一瞬の隙。トラックは運命の急カーブに差し掛かっていた。
ガクンッ!
大きな衝撃と共に、トラックの左後輪が崖の縁を踏み外し、虚空を掴んで空転した。
「しまっ――」
トラックの巨大な車体が傾く。重力が牙を剥いた。
スローモーションのように、黒い鉄の塊がバランスを失い、ゴロゴロと斜面を転がり落ちていく。
ズザザザザッ!
ドボンッ!
トラックは川の浅瀬に横転して突っ込み、巨大な水柱を上げて停止した。
「……うわっ、ちょっとやりすぎちゃったかな!?」
静寂が戻った川辺。
上空から、推力を失い放物線を描いて落下していたはずの一台の赤い自転車が、ふわりと舞い降りてくる。
役目を終えたドローンたちが再び戻り、自転車の四隅を支えて、ソフトランディングを成功させたのだ。
逆さまになったトラックの腹(底面)に、ノエルは音もなく着地した。
「……頑丈なトラックだね、装甲が潰れてない。リリィたちも無事なはずだ」
ノエルは大きく深呼吸をする。ここからが本番だ。
トラックの扉を、ドローンの出力を上乗せしたブーツのつま先で思い切り蹴り飛ばした。
ガァン!!
扉が吹き飛び、車内の男たちが目を白黒させて見上げる中、赤い服の少年が逆さまに顔を出す。
「メリークリスマス!特別配送のお届けものです!」
ノエルはウィンクを決めた。
薄暗い車内の奥からは、救出を待つルドルフの呆れたような、でも心底安堵したようなため息が聞こえた気がした。




