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聖夜の黄昏  作者: 那王
6章 摩天楼の深淵
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情報の交差点

高層ビルが天を突き刺すように林立し、イエローキャブの黄色い奔流が絶え間なく続く。

けたたましいクラクション、様々な言語の話し声、どこからか流れてくる音楽、そして鼻をつく排気ガスの匂い。

アメリアの大都市ニューシティは、ノエルたちがこれまで経験したことのない、圧倒的な情報の洪水となって彼らを飲み込んだ。


カイトから教えられた連絡先にメッセージを送ると、すぐに返信があり、最新鋭のオフィスビルの中にある、ガラス張りのモダンなカフェが待ち合わせ場所として指定された。

洗練されたインテリアと、静かに流れるジャズ。窓からは、眼下に広がる都会のパノラマが一望できる。

約束の時間ぴったりに、カフェの入り口から一人の女性が、まるでランウェイを歩くかのように颯爽と現れた。


ジェシカ・ミラー。

肩までの長さで切り揃えられたシャープなボブヘア、体に完璧にフィットした上質なパンツスーツ、手元には最新モデルのスマートウォッチがきらめき、耳には小型のワイヤレスイヤホン。

歳は三十代前半だろうか。知性と自信、そしてどこか近寄りがたいほどのエネルギーを全身から放っている。

彼女は、IT分野を専門とする著名なジャーナリストであり、AIや社会問題について鋭く切り込むことで知られる人気コメンテーターでもあった。


「あなたがノエル、そしてリリィね。話はカイトから聞いてるわ。それにしても……」

ジェシカは三人に歩み寄り、特に大きなルドルフに驚きを隠せない様子で、しかしすぐに面白そうな表情を浮かべて言った。

「本当に喋るトナカイを連れているなんて。正直、彼の与太話かと思っていたけど、これは……予想以上に興味深い取材対象かもしれないわね」


その言葉に、リリィがすかさず、しかし声のトーンは抑えつつ、ジェシカに冗談めかして釘を刺した。

「そこはあまり深入りすると、記憶を消されちゃうかもしれないので、お手柔らかにお願いしますね?」


ジェシカは一瞬きょとんとした表情を見せたが、すぐにリリィの言葉の裏にある何かを察したのか、あるいは単なるユーモアと受け取ったのか、フッと口元を緩ませた。


「あら、それはますます興味をそそられるわね。安心してちょうだい、ジャーナリストは秘密厳守がモットーよ。」

彼女はそう言って肩をすくめたが、その瞳の奥は依然としてルドルフと、そして彼らを取り巻く状況全体への強い好奇心で輝いていた。


テーブルに着くや否や、ジェシカはビジネスライクな口調で本題に入った。

「さて、状況はカイトから大まかには聞いたわ。『サンタクロース協会』とかいう、おとぎ話に出てきそうな組織の見習いが、『魔法』を使うテロリストに成り果てた友人を追って、ここまで来た、と。

…普通なら一笑に付して、精神科医を紹介するところだけど、あのカイトがそこまで言うなら、何か根拠があるんでしょうね」


「まず、私のスタンスを明確にしておく必要があるわ」

ジェシカは、その鋭い瞳でノエルたち一人一人を見据えながら言った。


「私は『魔法』の存在を、現時点では肯定も否定もしない。私たちの科学でまだ観測・説明できない未知の現象か、あるいは高度に隠蔽された未知のテクノロジーかもしれない。そんなことはどうでもいいの。重要なのは、それが『現象』として、この現実に、この社会に、無視できない『影響』を与えているという厳然たる事実よ」


彼女は指で画面をスワイプし、いくつかのニュース記事のヘッドラインを指し示した。

「見てちょうだい。イリス…『黒き聖夜の審判』の行動は、確かに大企業の不正を暴き、溜飲を下げた人もいるかもしれない。でも、その結果、実際に何が起きていると思う?彼女が暴露した機密情報が、過激なヘイトグループによって自分たちのプロパガンダに都合よく利用されている。彼女のサイバー攻撃に便乗した模倣犯によって、全く無関係な中小企業が致命的な風評被害を受けて倒産している。彼女がドラッグの密売ルートに関する情報をリークしたせいで、一時的に市場は混乱したけれど、結果として、より狡猾で凶悪な新たなシンジケートがその空白を埋めて、以前よりも巧妙に勢力を拡大している。物事は、そんなに単純じゃないのよ」


ジェシカは深く息をつき、声のトーンを少し落として続けた。

「この国は、今、深刻に病んでいるわ。富の偏りは限界を超え、社会は人種や思想で深く分断され、未来に希望を見出せない若者たちが安易なドラッグに溺れて命を落としている……。イリスの行動は、そうした根深い社会問題に対する人々の怒りや絶望感と、ある種、共鳴してしまっている部分がある。だからこそ、危険なの。彼女は一部で英雄視される一方で、社会全体の不安定化を加速させる、極めて危険な触媒にもなっているのよ」


ジェシカの言葉は、カイトの持つネット中心の視点とは異なり、伝統的なメディアやジャーナリズムの視点から、社会全体への影響を冷静に分析していた。


「巨大な権力が、いかに巧妙に情報を操作し、真実を覆い隠すのか、その恐ろしさと卑劣さを、私は骨身に染みて知っているの。だからこそ、今回の『説明不能な力』を持つ存在――イリスが、この歪んだシステムに対してどのような影響を与え、どのような波紋を広げるのか、一人のジャーナリストとして、この目で見届け、記録し、そして真実を明らかにしたい。」


彼女の声には、プロフェッショナルとしての強い執念が感じられた。彼女は一度言葉を切り、強い意志を込めて続けた。


「イリスの足跡を追うわ。たとえそれが魔法によるものだとしても、現代の高度な監視網と情報ネットワークから完全に逃れるのは至難のはずよ。何らかの痕跡は必ず残る。協力は惜しまない。

でも、覚えておいて。彼女を見つけた後、どうするか…それはあなたたちが決めること。

私は、ただその結末までを客観的に記録し、分析し、そして報道するだけ。それ以上は介入しないわ」

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