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聖夜の黄昏  作者: 那王
6章 摩天楼の深淵
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新たな装い

アメリア大陸へと針路をとる貨客船のデッキは、スネーランドの港で感じた澄みきった冷気とは異なり、大西洋の湿り気をたっぷりと含んだ、それでいて肌を刺すような冷たい風が吹き抜けていた。


ノエルはデッキの手すりに肘をつき、どこまでも続く藍色の水平線をぼんやりと眺めていた。

脳裏に浮かぶのは、スネーランドで過ごした短い日々。黒い溶岩と氷河が織りなす荒々しくも美しい大地、地熱の恵みと厳しさの中で育まれた文化、そして何よりもオラフル一家の温かいもてなしと、思いがけないグスタフとの再会。

その全てが、彼の心に温かな記憶として、そしてこれから進む道への糧として刻まれていた。


「ねぇノエル、そろそろその服、考えた方がいいんじゃない?」


不意に隣からかけられた声に、ノエルは物思いから現実に引き戻された。

リリィが、少し呆れたような、しかしその声色には隠せない優しさを滲ませて、彼を見上げていた。

ノエルの視線が、自分の着ている見慣れた赤と白の衣装へと落ちる。

確かに、クリスマスの喧騒も過ぎた今、この服装は船内でも少しずつ好奇の視線を集め始めていた。


「う、うん……やっぱり目立つかな?」

襟元を無意識に触りながら、ノエルは照れたように笑った。

「協会を出る時、慌ててたから、着替えのことなんて全然考えてなかったんだ。でも……イリスを探すのに、この格好はさすがにまずいよね。怪しまれちゃうかもしれない」


「そうね。アメリアは色々な人がいるって聞くけど、それでもやっぱりこの格好は浮いちゃうと思うわ」

リリィは同意し、軽くノエルの腕を引いた。

「ほら、船の中に小さな売店があったでしょう? 寄港地で積み込んだ商品も少しは置いてあるかもしれないし、ちょっと覗いてみましょうよ。それに、ずっと海ばかり見ていても気が滅入るでしょ? 気分転換にもなるかもしれないわ」


船内の小さな売店は、船乗りや長期旅行者向けの生活必需品が棚に並ぶ、飾り気のない空間だった。隅の方に、申し訳程度に衣料品が数点掛けられている。

リリィは、その限られた選択肢の中から、まるで宝探しでもするかのように、目を輝かせながらノエルに似合いそうな服を探し始めた。


「見て、このセーターの色、ノエルの髪の色によく合ってると思うけど、どうかしら?」

「こっちのジャケットは軽くて動きやすそうね。アメリアの街を歩き回るにはちょうどいいかも」

「あら、これはちょっと地味すぎるかしら? でも、ノエルなら着こなせるかな…?」


普段、食材を前に見せるプロフェッショナルな真剣さとは違う、年頃の女の子らしい楽しげな表情で服を選ぶリリィの横顔を、ノエルはどこか新鮮な気持ちで、そして少しだけ胸の高鳴りを感じながら見つめていた。


「うーん、リリィが選んでくれるなら、それが一番いいよ」

自分のファッションセンスに全く自信のないノエルは、正直にそう告げた。


「もう、また人任せなんだから」

リリィは楽しそうに肩をすくめながらも、手際よくネイビーブルーのシンプルなクルーネックセーターと、カーキ色の丈夫そうなフード付きジャケットを選び出した。


ノエルが試着室から出てくると、リリィは少し驚いたように目を見開いた。

「わぁ……すごく似合ってる! いつものサンタ服も可愛かったけど、こっちの方がなんだか……うん、かっこいいわよ」


素直な賞賛の言葉に、ノエルは顔を赤くして俯いた。

いつもの頼りなげな少年から、少しだけ大人びた青年へと変わったようなノエルの姿に、リリィもまた、言いようのない感情を覚えていた。

二人の間を、船の穏やかな揺れと共に、少しだけ甘酸っぱい、くすぐったいような空気が流れた。


「やれやれ、船旅というのも、時には悪くないものだねぇ」

その様子を、少し離れた場所で干し草を食みながら見ていたルドルフは、ふむ、と一つ鼻を鳴らした。

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