届かぬ想い
風が頬を切り、星々が私たちの道を照らしている。
トナカイたちは力強く空を翔けていく。
手の中のサッカーボールを強く握りしめながら、私は心の中で呟いた。
(待っていて、きっと君のもとに届けるから)
でも、目的地に近づくにつれ、私は異変に気づいた。
下界から激しい炎と煙が立ち昇り、遠くから爆発音が響いてくる。
「なんて酷い……」
建物は崩れ、道は寸断され、人の営みがあった痕跡は瓦礫の山へと変わっている。
私たちが少年の住む村に辿り着いたとき、そこに「村」と呼べるものはもう残っていなかった。
爆撃によって、村は破壊し尽くされていた。生存者を探すことすら困難な状況。
「間に合わなかったの……」
「降りて探してみよう」
焦げ付いた臭いが鼻をつく瓦礫の中を、私たちは歩き始めた。
「誰かいませんか!」
しばらく彷徨った末、瓦礫の間を覗き込む一人の老人を見つけた。
彼は疲れ果てた表情で顔を上げ、私たちを見ると、目を見開いて後ずさりした。
「ひっ……その髪の色! 西側の人間か!?」
老人は逃げようとするが、足がもたつき、その場に倒れこんでしまう。
「わ、儂はもう年寄りじゃ、抵抗はせん。ただ食べるものがないか探しに来ただけじゃ、見逃してくれ!」
「違います! 私たちは敵ではありません!」
「見てください、武器も持っていないです!」
私たちが必死に両手を広げて敵意がないことを示すと、老人も何かに気づいたようで、少し落ち着きを取り戻した。
「……そうじゃな。よく見れば、軍服でもない。奇妙な服を着た子供じゃないか。西洋人の子供がこんなところに何の用じゃ」
老人は荒い息を整えながら、私たちの姿を凝視した。
「ここに住む少年を探しているのです。この手紙をくれた子を」
私は懐から、あの汚れた手紙を取り出して見せた。
老人は震える手でそれを受け取り、たどたどしく読み始める。
村の子供に思い当たる節があるようだ。
「両親と妹……これは……ハミドのことか?」
「ハミド……それが、あの子の名前なんですね」
「なぜ、お前たちがこの手紙を持っておる?」
「クリスマス……西洋の冬のお祭りです。そのお祭りの主役サンタクロースに手紙を書いてくれたみたいなんです。訳あって中身を見てしまったもので」
「彼に、どうしても届けたいものがあるんです」
私たちは言葉を選びながら伝える。
「ハミドのやつ……クリスマスじゃと? 異教の教えに手紙を出すなど」
「いや……」
老人は大きくため息をついた。
「わしらの神は、わしらを救ってはくれんかった。聖戦なぞと下らんことを声高に叫び、家を、食べ物を、子を孫を奪っていった。あの子が異国の神にすがりたくなる気持ちも、分からんでもないわ」
「あの、ハミド君は…?」
「この村に残っているのは、わしら老人やけが人だけじゃ。動ける者は皆……命を落としたか、復讐のために銃を取った。あの子ももうおらん。武器を手に取り出て行ったよ。」
老人は悲しげに首を振り、彼方を指さした。
「そんな……」
「急がないと……!」
「行こう、イリス! もしかしたら、まだ間に合うかもしれない!」
私たちは急いでソリに戻り、再び空へと舞い上がった。
老人の指差した方角、戦いの最前線へ。
最前線の戦地はさらに深刻な状況だった。
絶え間ない銃声と爆発音が響き渡り、煙と砂塵が立ち込めている。
「彼は、ハミド君はどこに……」
私は必死に目を凝らし、戦場を見下ろした。
そのとき硝煙の間から、小さな影の集団が見えた。
彼がいるかもしれない、私は高度を下げた。
それは少年兵の部隊、彼らは大人たちに混ざり、その小さな体には不釣り合いなほど大きな銃を構え、前線に立っていた。
「やめて! あなたはそんなことをするべきじゃない!」
私は叫んだ。
だが、戦場の轟音にかき消され、彼らの耳には届かない。
突然、鼓膜をつんざく轟音と共に、視界全てが真っ白な光に飲み込まれた。
「いや……!」
私はとっさにソリから身を乗り出し、手を伸ばした。
だが届かない、指先はむなしく空を切る。
爆風が私たちをも巻き込み、ソリは大きく揺れ、吹き飛ばされた。
────
目を覚ますと、私はノエルの腕の中にいた。
耳鳴りが止まない。
「大丈夫かい、イリス?」
「彼は……? ハミド君は?」
ノエルは哀しげに首を振った。
「どうして……どうしてこんなことに……!」
私のそばには、星屑を閉じ込めたサッカーボールが転がっていた。
蹴るたびに星が輝く、夢と希望のボール。
でも、それはもう届けるべき相手を失っていた。
「うあぁぁぁぁぁ……!」
空しく輝くボールの光が、今はただ、私の絶望を映し出していた。




