炎上ストリーマーとインフルエンサーの正義
オラフルの家に戻った夜、リリィの心配は現実のものとなった。マグナスは早速、「【秘境】激レア!溶岩洞で採れる奇跡の塩を発見!」と題した動画を、自身のチャンネルでライブ配信し始めたのだ。動画では、ヒータサルターの採取場所である溶岩洞が詳細に映し出され、リリィやオラフルの姿も許可なく登場していた。マグナスは興奮した口調で、「ここに行けば一攫千金も夢じゃないかも!?」などと、無責任なコメントを繰り返している。コメント欄は、「すごい!」「行ってみたい!」「場所どこ?」といった書き込みで溢れ、再生回数はみるみるうちに増えていった。
「ひどい……」
リリィはタブレットの画面を見つめ、唇を噛み締めた。
「あの場所は、地元の人たちが大切にしてきた場所なのに……こんな風に公開されたら、観光客が押し寄せて、きっと荒らされてしまうわ」
オラフルも苦々しい表情で腕を組んでいる。「あの男……ただのカメラマンだと思っていたが、とんでもない奴だったな。自然への敬意も、人への配慮も全くない」
ノエルは、リリィとオラフルの落胆した様子を見て、怒りが込み上げてきた。何かできないか、と考えていた、まさにその時だった。
配信画面の中で、マグナスはさらに視聴者の注目を集めようと、ニヤリと笑った。
「さーて、みんな! 秘境の塩だけじゃないぜ! もっとヤバいもの見つけちまったんだな、これが!」
彼は得意げに、別の場所で採取してきたと思われる「珍しい高山植物」を取り出した。それは可憐な白い花をつけており、どこか神聖な雰囲気すら漂わせている。
「これもスネーランドの秘宝! ちょっとだけなら大丈夫でしょ!」
そう言うと、マグナスはあろうことか、その植物の枝をナイフで乱暴に切り取り始めたのだ。
「やめろ!」
隣で配信を見ていたオラフルが思わず叫んだ。「それは『フリッグの涙』! 国の法律で厳重に保護されている、絶滅危惧種の植物だぞ! ただでさえ、気候の変化で数を減らしているというのに! そんなことをしたら……!」
しかし、マグナスの蛮行は止まらない。彼は切断した枝をカメラに見せつけ、「これで俺も有名人の仲間入りだぜ!」と得意満面だった。コメント欄は、「やりすぎだろ」「逮捕されろ」といった批判的なコメントが増え始めていたが、同時に炎上による注目度の高まりに、マグナスは悦に入っているようだった。
「許せない……!」
ノエルの怒りは頂点に達した。リリィを悲しませ、オラフルを怒らせただけでなく、かけがえのない自然を、自分の名声のためだけに踏みにじる行為。こんなことは絶対にあってはならない。
「そうだ! カイトさんに相談してみよう!」
ノエルは震える手で、船上でも使ったチャットアプリでカイトに連絡を取り、事情を説明した。マグナスの配信チャンネルのURLと、彼が無許可配信をしていること、そして今まさに国の保護植物を傷つけていることを伝えた。
『ふーん、なるほどね。バズりたいだけの迷惑系ストリーマーか。プライバシー侵害に加えて、文化財及び自然保護法違反ね。役満じゃねぇか』
カイトからの返信は早かった。いつもの軽口とは違う、冷ややかな怒りが文面から伝わってくる。
『リリィには世話になってるからな。それに、こういう自然を舐めきってる馬鹿は、俺も大嫌いなんでね。ちょっとお灸を据えてやるか。まあ、見てな』
そう言うと、カイトからの返信は途絶えた。しかし、その直後から、マグナスの配信に異変が起き始めた。突然、画面にノイズが走り、マグナスの声が途切れ途切れになる。そして、画面にはカイトからのものと思われるメッセージが次々と表示され始めたのだ。
『おい、マグナス。お前のやってること、全部見てるぞ』
『無許可撮影、プライバシー侵害、そして……その手にある保護植物、どうするつもりかな?』
「な、なんだこれ!? ハッキングか!?」
配信中のマグナスは明らかに動揺していた。それでもまだ状況が飲み込めていないのか、あるいはハッタリだと思ったのか、彼は強がりを続けようとしたが……。
その瞬間、マグナスの配信画面が完全にブラックアウトした。そして、そこに現れたのは、銀髪ロングヘアの美少女Vtuber、『銀翼のミューズ・K』のアバターだった。
「みんなー、ごっめーん! ちょっと電波が悪かったみたい? じゃなくて! 今、とんでもないもの見ちゃったから、緊急生配信しちゃいまーす!」
『K』は、いつもの可愛らしい声とは裏腹に、鋭い口調で語り始めた。
「今、マグナスってストリーマーが、スネーランドの超貴重な保護植物を、配信中にポキッてやっちゃったんだけど、マジでありえなくない!? ただでさえ気候変動とかで弱ってるのに、普通に犯罪だからね!? ちょっと、この証拠映像見てよ!」
画面には、先ほどのマグナスの蛮行シーンが、編集された上で再生される。さらに、『K』はカイトが集めた情報――マグナスの本名、過去の軽犯罪歴、そして今回の行為がスネーランドの法律でどれほどの重罪にあたるか――を、次々と暴露していった。
「このマグナスって人、溶岩塩の場所を勝手に公開したり、リリィさんたちの映像を無断使用したり、もうやりたい放題! しかも、過去にも色々やらかしてるみたいよ? ちょっとぉ、こういう人が『インフルエンサー』とか名乗るの、マジでやめてほしいんだけど!」
『K』の配信は瞬く間に拡散され、視聴者数はマグナスの比ではないレベルに膨れ上がった。コメント欄はマグナスへの非難で埋め尽くされ、「#マグナス逮捕」「#自然破壊ストリーマーを許すな」といったハッシュタグが、世界中のトレンドを席巻した。
カイトの攻撃は、それで終わらなかった。彼は間髪入れずに、毒舌ペンギンの風刺チャンネル、法律解説チャンネル、さらには全く関係なさそうなゲーム実況チャンネルやアニメキャラチャンネルまで動員し、あらゆる角度からマグナスの悪事を糾弾し、話題を拡散させた。それはまさに、情報戦のプロによる、容赦のない集中砲火だった。
『ま、こんなもんだろ。リリィによろしくな』カイトから短いメッセージが届いた。
事態は急展開した。マグナスのチャンネルは即座に永久BAN。スネーランドのメディアも騒ぎ出し、警察が捜査を開始。逮捕は時間の問題となった。
だが、追い詰められたマグナスは逆上し、夜陰に紛れてオラフル家の周辺をうろついていた。復讐か、起死回生のネタ探しか。その時、彼は家の裏手、ルドルフがいる小屋の近くで話し声を聞く。
「……カイトさんはすごいけど、少し怖くもあるね。あのやり方」ノエルの声。
「力には責任が伴う。イリスも、そしてカイトも、その力をどう使うのか…。危うさは感じる」ルドルフの落ち着いた声。トナカイが流暢に話している!?
マグナスは息を呑んだ。なんだこれは? トナカイが喋る? サンタクロース協会? 魔法? …これは、とんでもないスクープだ! 逮捕される前にこれを暴露すれば…! あるいは脅迫のネタに…! 彼は震える手でスマホの録音を開始し、さらに聞き耳を立てた。歪んだ笑みが浮かぶ。しかし、遠くからパトカーのサイレンが聞こえ始め、彼は慌てて闇に紛れた。