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聖夜の黄昏  作者: ナオ
序章
2/56

戦火からの願い

その日の午後も、郵便室は平和な暖かさに包まれていた。

私は手紙の整理をしていた。

手に取る一通一通の手紙には、子供たちの純粋な願いが込められている。


「ゲームがほしい、子犬がほしい。えっと、この子は『お兄ちゃんがほしい』か……これはどうしよう」

私は微笑みながら手紙を読み進めていた。


しかし、私の手が一通の手紙で止まった。


それは、汚れ、破れかけている封筒だった。

国名も住所も書かれておらず、ただ「サンタさんへ」と、震える文字で記されている。

遠い国から長い旅を経て、奇跡的にここに届いたのだ。


「これは…?」

私はそっと封を開く。

中から出てきたのは、歪んだ、だが必死に書かれたことが伝わってくる文字であった。


『サンタさんへ


ぼくは、せんそうで、おかあさんといもうとをなくしました。

もう、いえもありません。


おかあさんは、いいこにしてたらサンタさんがきてくれると、いいました。

ぼくがわるいこだから、ばくだんがとどいたんですか。


ぼくは、サンタさんに、おねがいがあります。

いいこにするので、おかあさんといもうとを、もどしてください。

せんそうを、なくしてください。

もう、だれも、かなしいおもいを、しなくていいように、してください。


サンタさんが、たすけてくれないなら、ぼくは、わるいやつらを、ゆるしません。

ぼくが、ぜったいに、ゆるしません。』


手紙の主は、紛争地域に住む少年だった。


大国の利権、宗教、民族対立…

大人の事情が生んだ業火が、何も知らない子供を焼いている。


「ひどい…僕たちに何かできることはないのかな?」

手紙を覗き込んだノエルもまた、沈痛な表情を浮かべていた。


しかし答えは見つからなかった。

協会の外の世界で起きていることに、私たちはあまりにも無力だった。


────


その夜、私は眠れないまま窓の外を眺めていた。

夜空にはオーロラが揺らめき、無数の星々が瞬いている。

けれど今の私には、その美しさが疎ましかった。


(あの子を救いたい。 でも、どうやって?)

何度も自問自答を繰り返す。


そのたびに、心の奥底にしまい込んでいた光景が、鮮明に蘇る。

私もまた、戦火の中で全てを失い、この協会に救われた過去があるからだ。


それは、ただ悲しいだけの記憶ではない。

私の「原風景」


視界を埋め尽くす炎

逃げ惑う人々

両親の最期の姿


瓦礫の山の中で、私より小さな男の子が、動かなくなった母親にすがりついて泣いていた。

敵の兵士が近づいてくる。


私は祈った。

『誰か助けて』と

何の力もない。あの無力感。


違う、

あの時感じたのは、無力感だけではない。


なぜ、こんなことが許されるの?

世界そのものへの、焼け付くような疑問。


そして、小さな子供から笑顔を、家族を、未来を奪う理不尽に対する、どうしようもない怒り。


あの時から私は知っていたのかもしれない。

優しいだけでは、何も守れないのだと。


「もし…あの時、私に力があれば…」


拭い去れない無力感ではない。

果たされなかった使命感が、私の心を今も苛むのだ。


────


少し気分を変えようと、私は部屋を出て静かな廊下を歩き始めた。

月明かりが差し込む廊下を進むと、遠くから妖精たちの小さな声が聞こえてきた。


「ねぇ、聞いた? 協会の地下には、誰も入れない部屋があるんだって」

妖精の一人がひそひそ声で話していた。


「そこには、とても強力な魔法が封印されているらしいわ」


「そんな場所が本当にあるの?」


「うん、長老たちが話しているのを偶然聞いちゃって。でも危険だから近づいちゃだめだって」


私は足を止め、その会話に耳を傾けた。


「強力な魔法……」

私の胸に小さな希望が芽生えた。

もしかしたら、その力で悲しみを終わらせることができるかもしれない。


翌朝、大きな扉を開けると、暖かな暖炉の火が私を迎えた。

部屋の中央には、深い赤のローブをまとったニコラス様が座っていた。


「おや、イリス。こんな朝早くにどうしたのかね?」

彼は穏やかな声で問いかけた。


私は一礼もそこそこに、あの汚れた手紙を差し出した。

ニコラス様は時間をかけてそれを読み、深く、重い吐息をついた。


「…痛ましいことだ」


「痛ましい、で終わらせるのですか」

私の声は震えていた。


「ニコラス様、世界にはクリスマスの喜びだけではなく、多くの苦しみが広がっています」


私は意を決して尋ねる。

「ニコラス様、聞きました。地下には強力な魔法が封印されていると。なぜ、その奇跡を彼らを救うために使わないのですか? 爆弾を消すことも、争いを止めることもできるはずです!」


「おぬしはその力で、戦うとでも?」

ニコラス様は悲しげな瞳で私に問いかける。


「いえ…助けたいのです。彼が抱える悲しみや憎しみを、これ以上大きくしないために」


ニコラス様は静かに首を振った。

「儂らの力は、そんなことには使ってはならんのじゃ。それが善意であってもじゃ。力を誤って用いれば、新たな悲劇を、歪みを生むことになるかもしれん」


「でも、このままでは彼は憎しみに囚われたままです。私たちが何もしなければ、彼は復讐の道を歩んでしまうかもしれない!」


「今すぐには世界を変えられずとも、プレゼントを配り続けることで、子供たちの心に優しさを届けられれば。いつかその子、その孫が優しい世界を作ってくれる。儂はそう信じておるよ」


私は唇を噛み締めた。

その「いつか」を待てない子供たちが、今、この瞬間も泣いているのに。

私の中で何かが、明確に否定の声を上げていた。


部屋を後にした私は、心の中で激しい葛藤を抱えていた。


「イリス……だめだった?」

廊下で待っていたノエルが、私の顔を見て駆け寄ってくる。


「ええ。直接助けることは許されないって」


「でも、何もしないなんてできない。彼に『見捨てられていない』ってことだけでも伝えたいの」


ノエルは真剣な顔で頷き、そしてパッと顔を輝かせた。

「じゃあ、僕たちなりのやり方で届けよう。彼へのプレゼントを!」


「ノエル、ありがとう」


私たちは工房へ向かった。

妖精たちを巻き込んで、彼のための特別なプレゼントを作り始める。


「できたよー」

「我ながら傑作じゃ」

「わぁ、綺麗」


完成したのは、特製のサッカーボールだった。

透明な素材の中に星屑の魔法を閉じ込め、蹴る度に小さな星々が輝く、世界で一つだけのボール。


彼が手紙で望んだプレゼントではない。


それでも…

たとえ小さなことでも、彼の心に寄り添うことができれば。

彼に『まだ見捨てていない』と伝えることができれば。

憎しみで拳を握りしめるその手が、代わりにこのボールを抱きしめてくれるなら。


今は遊べないかもしれない。

でも、いつかまた彼が友達と笑って走り回れる日が来るように、願いを込めて。

「届けよう、私たちの精一杯を」

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― 新着の感想 ―
素敵なサッカーボールですね。 二人の気持ちが本当に純粋で心から応援したくなります。 でも、一抹の不安が……。 特別扱いなどなど、大丈夫ですかね……?
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