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聖夜の黄昏  作者: 那王
3章 揺れる水平線
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小さな逃亡者

オーロラ号がノルドヴェーグ沖を西へと進む中、ノエルとリリィは船内で一組の老夫婦と親しくなった。彼らは先日ノルドヴェーグから乗船したエドワードとマーサ。穏やかで優しく、孫のように接してくれるノエルたちを大変可愛がってくれた。


そんなある日の午後、二人が老夫婦の船室を訪ねると、いつもはにこやかなマーサさんが、涙を浮かべていた。


「どうしたんですか、マーサさん?」

リリィが心配して尋ねる。


「それがね……うちのティンカーベルが、いなくなってしまったのよ……」

ティンカーベルとは、老夫婦が溺愛している真っ白なペルシャ猫の名前だ。老夫婦にとって、子供同然の存在だった。特別な許可を得て、一緒に船旅をしているのだという。

「今朝、部屋の掃除をしてもらっている間に、ちょっとドアを開けっ放しにしてしまって……その隙に出て行ってしまったようなの。船中を探したのだけど、どこにもいなくて……」

エドワードさんも、力なく肩を落としている。


「それは大変! 私たちも探すのを手伝います!」

ノエルが申し出た。


「ええ、ぜひお願いします!」


こうして、ノエルとリリィによる「ティンカーベル捜索大作戦」が始まった。ルドルフにも協力を頼みたかったが、彼はその時、リリィが集めた食材が保管されている貨物区画に近い自身のスペースで昼寝をしていた。二人は手分けして、船内を探し始めた。広大なオーロラ号の中から、一匹の猫を探し出すのは容易ではない。


「すみません、白い猫を見かけませんでしたか?」

二人は乗客や、通りかかるクルーに片っ端から聞き込みを行った。

「白い猫? さあ、見ていないねぇ」

「ああ、そういえばさっき、メインダイニングの方で、何か白いものがサッと横切ったような気が……」

「猫なら、暖かいエンジンルームの近くが好きなんじゃないか?」

様々な情報が寄せられたが、どれも曖昧で、ティンカーベルの居場所に繋がる確かな手がかりは得られない。二人はメインダイニングの厨房、エンジンルームの近く、乗客があまり立ち入らないバックヤード、さらには救命ボートの中まで探し回った。


途中、少し怪しい挙動の男性クルーを見かけた。彼は何か大きな布袋を抱え、コソコソと通路の隅を歩いていた。

「あの人、もしかして……」

ノエルが疑いの目を向ける。リリィが声をかけると、そのクルーはぎくりとした表情を見せたが、布袋の中身は洗濯物だった。


次に疑わしいのは、いつもデッキチェアで編み物をしている、少し気難しそうな老婦人だ。彼女は猫があまり好きではないと公言しており、ティンカーベルを連れていることにも不満げな様子を見せていたことがあった。

「あの…マダム。白い猫をどこかで見かけませんでしたか?」

リリィが丁寧に尋ねる。

老婦人は編み物の手を止め、じろりと二人を見た。

「猫? ああ、あの毛玉のことかい? 見てないね。まったく、船の中に動物なんか連れてくるから、こういうことになるんだよ」

冷たい返事だったが、嘘をついているようには見えなかった。


捜索は難航した。夕食の時間が近づいても、ティンカーベルは見つからない。


「困ったわね…どこに行っちゃったのかしら」

リリィがため息をつく。


「エドワードさんたち、すごく心配してるだろうな…」

ノエルも肩を落とした。


「そうだ! ルドルフに聞いてみよう!」

ノエルが思い出したように言った。「ルドルフなら、鼻がいいから、ティンカーベルの匂いを辿れるかもしれない!」


二人は急いで、ルドルフがいる船倉近くのスペースへと向かった。そこはリリィの「特別な荷物」置き場として確保された、少し広めの区画で、ルドルフが寝泊まりする場所にもなっていた。干し草のいい香りが漂っている。

ドアを開けると、そこには驚くべき光景が広がっていた。

部屋の中央、山と積まれたふかふかの干し草の上で、大きな体のルドルフが、気持ちよさそうに寝息を立てていた。そして、そのルドルフの温かいお腹のあたりに、真っ白な毛玉が丸くなり、同じようにすやすやと眠っていたのだ。探していたティンカーベルその猫だった。


「「ティンカーベル!!」」

ノエルとリリィは同時に叫んだ。その声に驚いたのか、ティンカーベルはむくりと顔を上げ、「にゃあ?」と可愛らしい声で鳴いた。ルドルフもゆっくりと目を開け、状況が飲み込めないといった顔で二人を見ている。


「もう、ルドルフ! あなたがティンカーベルを連れてきちゃったの!?」

リリィが呆れたように言う。


「え? 僕? いや、知らないよ。僕はここで昼寝をしていただけだ。気づいたら、この子が隣で寝ていたんだ」

ルドルフは心外だといった表情で答えた。


どうやら、部屋のドアが少し開いていた隙に、暖かい干し草の匂いとルドルフの体温に惹かれてティンカーベルが勝手に入り込み、そのまま気持ちよく寝てしまったらしい。ルドルフは優しい性格のため、小さな猫が寄り添ってきても、追い払うどころか、むしろ一緒に仲良く昼寝をしてしまったようだ。


「なんだ、そういうことだったのね」

リリィは溜息をつき、ノエルと顔を見合わせて苦笑した。「心配して損しちゃったわ」


「でも、見つかってよかった!」

ノエルはほっと胸をなでおろした。


二人は眠そうなティンカーベルを優しく抱き上げ、心配しているであろう老夫婦のもとへと急いだ。その後ろで、ルドルフは少しばつが悪そうに、大きなあくびを一つしたのだった。船上の小さなミステリーは、なんとも平和な結末を迎えた。

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