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聖夜の黄昏  作者: 那王
3章 揺れる水平線
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リリィの哲学

オーロラ号は、ノードハイムを出航してから数日後、最初の寄港地であるスヴェーア、壮大なフィヨルドで知られるノルドヴェーグの港に立ち寄った。短い停泊時間ではあったが、リリィは早速市場に繰り出して新鮮なベリーやハーブを仕入れ、ノエルは初めて見る異国の街並みに目を輝かせた。港では、新たな乗客たちが大きな荷物を持って船に乗り込んでくる。世界各地から、様々な目的を持った人々がこの船旅に参加しているのだ。


「色々な人が乗ってくるんだね」

ノエルは、デッキから港の様子を眺めながら感心していた。「みんな、どこへ行くんだろう」


「さあね。でも、こうして同じ船に乗り合わせるのも、何かの縁なのかもしれないわ」

リリィは微笑んだ。


ノルドヴェーグを出航したその夜、オーロラ号のメインダイニングホールでは、船長主催のウェルカムパーティーが開かれていた。途中寄港地から乗船した新たな乗客を歓迎する意味も込められているのだろう。ホールはクリスタルのシャンデリアに照らされ、壁には美しい絵画が飾られている。正装した乗客たちが談笑し、グラスを傾ける、まさに豪華客船ならではの華やかな夜だった。


「うわぁ……すごい! まるでお城の舞踏会みたいだ!」

ノエルは目を輝かせながら、ビュッフェテーブルに並べられた豪華な料理の数々に心を奪われていた。協会では質素な食事が基本だったため、これほどまでに贅沢な料理を目にするのは初めてだった。彼は早速、お皿に山盛りの料理を取り分け、幸せそうな顔で頬張り始めた。


しかし、パーティーが終盤に差し掛かり、人々がダンスフロアへと移り始めた頃、隣に座るリリィの表情がどこか晴れないことにノエルは気づいた。彼女は、スタッフが次々と下げていく、まだ料理が残った皿や、少し手が付けられただけの大皿を、悲しげな目で見つめていたのだ。


「リリィ、どうしたの? 元気ない? 料理、口に合わなかった?」

ノエルが心配して声をかける。


「……ううん、料理は素晴らしいと思うわ。見た目も美しいし、最高の技術で作られているんでしょうね」

リリィは力なく微笑んだ。「でもね、ノエル。見て」

彼女は、まだ食べ物がたくさん残っている皿が、次々とワゴンに乗せられて運ばれていく様子を目で追いながら続けた。

「あのお料理、まだたくさん残っているのに、きっとこの後、その多くが食べられることなく捨てられてしまうんでしょうね。それを考えると……胸が痛むのよ」


「捨てられちゃうの?」

ノエルは驚いてフォークを止めた。「こんなに美味しそうなのに?」


「ええ。こういう大きなパーティーやレストランでは、どうしても仕方ないことなのかもしれないけれど…」

彼女の声には、静かな悲しみが滲んでいた。

「これだけの料理を作るために、どれだけの食材が使われているのかしら。食材を育てた人、運んだ人、そして厨房で一生懸命料理した人の想いを考えると…こんな風に簡単に無駄になってしまうのは、やっぱり悲しいことだと思うの」


ノエルはリリィの言葉を聞いて、ハッとした。協会では、自然の恵みや妖精たちの手仕事を大切にし、無駄にすることはなかったからだ。


「私がね、大きなレストランで働いたり、自分でお店を持とうとは思わない理由の一つが、これなのよ」

リリィは静かに語り始めた。

「もちろん、世界中の未知の食材を探して、自分の手で料理してみたいっていう、冒険みたいな気持ちもあるんだけど……」

彼女は少しだけ微笑んだ。

「でも、レストランやホテルって、どうしても利益や効率を考えなくちゃいけないでしょう? そうすると、お客さんのためにたくさんの食材を用意して、結局余らせてしまったり、お客さんの食べ残しが出たり…そういう場面をたくさん見てきたの。それが、私にはどうしても寂しくて、つらく感じてしまうの」


リリィは窓の外の暗い海を見つめた。

「私はね、自分が本当に美味しいと思った食材を、心を込めて丁寧に料理して……それを、本当に大切だと思う、信頼できる仲間たち…例えば、ノエルやルドルフみたいな人たちと、少しずつでもいいから、一緒に分かち合って食べたいの。たくさんじゃなくていい。豪華じゃなくてもいい。ただ、食材への感謝と、食べる人への想いを込めて作った料理を、笑顔で囲む。それが、私の理想とする『食』の形なのよ。森の中で一緒に食べたシチュー、覚えてる? あの時みたいにね」


「うん、覚えてる。すごく美味しかった。心が温かくなる味がしたよ」

ノエルは頷いた。リリィの料理には、いつもそういう温かさがあった。


「ありがとう、ノエル」

リリィは、少し照れたように微笑んだ。

「だから、私は私のやり方で、食の恵みに感謝しながら、料理と向き合っていきたいの」

彼女の瞳には、料理に対する真摯な愛情と、穏やかながらも確かな信念が宿っていた。パーティーの喧騒の中で、二人は静かに、食というものについて、そして命への感謝について、思いを馳せるのだった。ノエルの心にもまた、リリィの優しい想いがじんわりと広がっていくのを感じた。

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