真っ直ぐな想い
その夜、リリィの家の客間に用意されたベッドの上で、ノエルはなかなか寝付けずにいた。窓の外では、ノードハイムの街の灯りが雪に反射して、ぼんやりと部屋を照らしている。昼間のカイトの言葉が、重く心にのしかかっていた。
『覚悟が足りねぇんじゃねえか?』
〈僕は…本当にイリスを連れ戻せるんだろうか…〉
静かに寝息を立てているルドルフを起こさないように、ノエルはそっとベッドを抜け出し、窓辺に立った。冷たいガラスに額をつける。
〈イリスを探し出す当てだって、リリィが船に乗せてくれなかったら、何もなかった。もしイリスを見つけられたとして、なんて声をかければいい? どうやって連れ戻せばいい? カイトさんの言う通りだ…僕には、何の覚悟も計画もない…〉
深い自己嫌悪が、胸を締め付ける。
「眠れないのかい? ノエル」
背後から、穏やかな声がした。いつの間にか起きていたルドルフが、ノエルの隣に立っていた。
「ルドルフ…」
「昼間のこと、気にしているんだろう?」
ルドルフは優しい目でノエルを見つめた。
「カイトさんの言葉」
「うん…」
ノエルは正直に頷いた。
「僕は、ただイリスを連れ戻したいって気持ちだけで、協会を飛び出してきちゃった。イリスが今どこで何をしていて、どんな気持ちでいるのか…もし見つけられたとして、どうすれば彼女の心を救えるのか…何も分からないんだ。カイトさんの言う通りだよ。僕には、何の覚悟も足りてないのかもしれない」
ルドルフはしばらく黙って、窓の外の雪景色を眺めていた。そして、静かに口を開いた。
「…その気持ちを、そのままイリスに見せたら良いんじゃないかな」
「え?」
「何の当ても計画もないのに、ただイリスのことだけを心配して、無我夢中で協会を飛び出してくる。そんな不器用で、真っ直ぐなノエルの存在そのものが、きっと今のイリスを救う力になると思うよ」
ルドルフはノエルの肩に、そっと鼻先を寄せた。
「イリスは今、深い闇の中で、たった一人で戦っているのかもしれない。自分の信じる正義のために、多くのものを犠牲にして。そんな彼女にとって、損得や計算じゃなく、ただ純粋に自分を心配してくれる友達がいるという事実は、何よりも強い支えになるはずだ。たとえ、イリスが取り返しのつかない闇に落ちてしまっていたとしても、ノエルのその真っ直ぐな想いは、きっと彼女の心に届く。僕はそう信じているよ」
ルドルフの温かい言葉が、ノエルの凍てついた心にじんわりと染み込んでいく。
〈そうか…僕は、僕のままでいいのかもしれない…〉
まだ不安が消えたわけではない。けれど、ルドルフの言葉は、ノエルに小さな勇気を与えてくれた。
「ありがとう、ルドルフ」
ノエルは涙を拭い、少しだけ微笑んだ。窓の外の星が、ひときわ強く輝いたように見えた。