忙しい日々
北風には挨拶という文化がないらしい。
すれ違いざま、無遠慮に頬を殴りつけていく。
息をするたびに喉がヒリつき、こんな日は外に出るもんじゃないと思わせる。
けれど、街の子供たちには関係のない話だ。
誰も踏み入れていない真っさらな雪の上に、わざと足跡をつけて歓声を上げる。
もうすぐクリスマス。
舞い落ちる雪は、天から零れた真珠のように大地を覆い尽くしていく。
大人たちは暖炉の爆ぜる音を聞きながら、聖夜の支度に想いを馳せている。
私が住むのは、そんな街並みからさらに北、地図にも載っていない場所だ。
極北の地、万年雪に閉ざされた森の奥深く。
「サンタクロース協会」
世界中の子供たちに夢と希望を届けるために、365日、灯りの消えることのない私たちの聖域だ。
氷の結晶が煌めき、オーロラが夜空を彩る。
赤と緑に彩られた建物の煙突からは、シナモンの香り漂うクッキーとホットチョコレートの甘い香りが立ち昇り、冬の空へと溶けていく。
「ジングルベル、ジングルベル♪」
協会は年末の忙しさのピークを迎えていた。
おもちゃ工場では、緑の服に身を包んだ妖精たちが軽やかに動き回っている。
私は彼らの仕事ぶりを眺めながら、微笑まずにはいられなかった。
「おい、若造! その木馬の塗装、ムラになっとるぞ!魂は細部に宿るんじゃ!」
「もう、細かいなぁおじいちゃん。全体で見れば十分綺麗だよ?老眼が進んでるんじゃないの?」
塗料の匂いが漂う作業台では、頑固そうな老妖精が若手の仕事を厳しくチェックしている。
その一方で、隣の区画からは全く異なる電子音が響いていた。
「デバッグは終わったー?クリスマスは待ってくれないよ」
「もうちょい待っておくれ。はぁ、まったく。年寄りに新しいもん覚えろったって無理な話じゃ……ワシには木を削るノミのほうが性に合っとるわ」
「バグ発見! 修正急げー」
「昔みたいに外で遊ぶのが一番じゃと言うのに…」
そんな愚痴をこぼしながらも、彼らの手は決して止まらない。
黙々とミシンを踏むリズム、ロック音楽のように響くハンマーの音、そして高速でキーボードを叩く音。
それぞれの妖精さんが、誇りを持って自分の仕事に向き合っている。
おもちゃなんて、店で買えば良いだろうって?
そう思うのも無理はない。
けれど、妖精たちが作り出すのは既製品ではない。
子供たちの成長を見守り、導く、命の灯火を宿した特別な贈り物なのだ。
広場に足を運ぶと、未来のサンタクロースを目指す少年少女たちが訓練に励んでいた。
私たち「サンタクロース見習い」は、世界中から選ばれた、優しさと勇気を兼ね備えた子供たちだ。
「よし、今度はアメリアのニューシティだ!」
広場の一角で、指導役のサンタクロースの声が響く。
見習いの子供たちは、魔法の水晶玉を真剣な眼差しでのぞき込んでいた。
この「世界を見渡す目」は、サンタクロースが世界中の子供たちの様子を観察するための重要な道具だ。
水晶玉の中に霧深い街並みが浮かび上がる。
川のほとりでは、男の子が凍える手を擦り合わせながら新聞を売っている。
「うーん残念、これはロンベルのテムセア川だね。もう一度やってみよう」
後ろから覗き込んだ指導役のサンタクロースは、見習いの少年の肩をぽんっと叩いて励ました。
「はい!」
今度は摩天楼が立ち並ぶ大都会の様子が映し出され、行き交う人々、きらびやかなイルミネーション、そしてショーウィンドウの前で目を輝かせる子供の姿が浮かび上がった。
「よしいいぞ、その調子だ!」
指導役のサンタクロースは満足そうに頷いた。
別の区画では、プレゼントを包む練習が行われていた。
色とりどりの包装紙、リボン、シール…
私も以前、あんな風に真剣な表情で練習していたっけ。
「リボンはもっとふんわりと、お花が咲くように」
指導役のサンタクロースの声に合わせて、見習いの子供たちが真剣な眼差しで指先を動かしている。
かつての私たちがそうであったように。
「みんな、いい顔してる」
前を歩いていた少年が、ふと足を止めて振り返った。
クセ毛の茶髪に、人懐っこい瞳。
親友のノエルだ。
「そうだね。でも、まだたくさんの願い事が残ってるわ」
私は彼の隣に並び歩調を合わせる。
「私たちも急がないと。子供たちの願い、一つでも多く叶えたいもの」
「うん。……ねえ、イリス」
ノエルが少し照れくさそうに、けれど真剣な声色で言った。
「僕たち、すごく恵まれてるよね」
「え?」
「こうして、誰かの願いを叶える手伝いができる。それって、すごく幸せなことなんじゃないかって思うんだ」
その言葉に、私は胸の奥が温かくなるのを感じた。
「ふふ、そうね。同感よ」
二人で顔を見合わせ、笑い合う。
私たちは協会内の郵便室へと向かった。
そこには、世界中の子供たちからの手紙が山のように積まれている。
高い天井と大きな窓から差し込む光で明るく照らされた郵便室は、私のお気に入りの場所の一つだ。
壁一面には地図や各地の時間を示す時計が飾られ、世界中の子供たちとのつながりを感じさせる空間が広がっている。
私たちは手分けして手紙を読み、願いをリストにまとめていく。
「わぁ」
私は一通の手紙を手に取った。
「見て。この子、お母さんが笑顔になれるプレゼントが欲しいって」
ノエルも思わず手を止めた。
「へえ。自分のためじゃないんだ」
「ちょっと意外?」
「ううん、でもなんだか嬉しくなった」
私は手紙を一つ一つ丁寧に読み進めながら、時々ノエルと顔を見合わせた。
────
協会の中心にある大広間には、大きなクリスマスツリーが飾られていた。
色とりどりのオーナメントやライトがキラキラと輝き、私は思わず見惚れてしまう。その美しさに見とれていると、ふと奥の方に目が留まった。
一段高い場所に置かれた椅子に、深い皺が刻まれた顔に白い髭をたくわえた一人の老人が座っていた。
サンタクロース協会の長、聖ニコラス22世だ。
長い年月を見つめてきたその瞳は深く、冬の空気を暖めるような温もりのある声を持っている方だ。
私とノエルは、手に持ったリストを確認しながら大広間に入った。
他の見習いたちも集まり、報告の準備をしている。
ニコラス様は、集まった私たちに微笑みかけた。
「皆、今年も子供たちに夢と希望を届ける時が近づいてきた。準備は順調かね?」
見習いたちは一斉に頷き、それぞれの状況を報告した。
「プレゼントのリストはほぼ完成です!」
「妖精たちもおもちゃ作り、頑張ってます!」
ニコラス様は微笑みながら頷いた。
「それは何より。皆、引き続き頼む」
私は一歩前に出て報告した。
「私たちも、世界中の子供たちの願いをまとめています。一人でも多くの子供に喜んでもらえるように、頑張ります」
ニコラス様は私に優しい視線を向けた。
「ほっほっほ。イリス、君の熱心さにはいつも感心している。これからもその調子で頼むよ」
「ありがとうございます。精一杯頑張ります」
私はまっすぐにニコラス様を見つめ、決意を込めて答えた。
大広間は暖かな空気に包まれ、見習いたちのやる気はさらに高まっていった。




