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聖夜の黄昏  作者: 那王
序章
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忙しい日々

吹きすさぶ北風が頬を切り裂くように通り過ぎ、私たちの街並みは次第に冬の静寂に包まれていった。舞い落ちる雪は、まるで天から零れた真珠のように大地を覆い尽くしていく。暖炉の温もりに寄り添う人々の心の中で、クリスマスへの期待が静かに膨らんでいくのを感じる。


私が住むのは、地図にも記されていない秘密の場所。北極のさらに奥深くに位置する「サンタクロース協会」。世界中の子供たちに夢と希望を届けるために、365日、灯りの消えることのない私たちの聖域だ。


氷の結晶が宝石のように煌めき、オーロラは夜空に七色のリボンを描く。木々の間から漏れる妖精たちの笑い声が凍てつく大気を震わせ、赤と緑に彩られた建物の煙突からは、シナモンの香り漂うクッキーとホットチョコレートの甘い誘惑が、冬の空へと溶けていく。


「ジングルベル、ジングルベル♪」


11月も終わりに近づき、協会は年末の忙しさのピークを迎えていた。おもちゃ工場では、緑の服に身を包んだ妖精たちが軽やかに動き回っている。私は彼らの仕事ぶりを眺めながら、微笑まずにはいられなかった。


工場内では、温かみのある言い合いが飛び交っていた。


「おい、若造!その木馬の塗装、ムラになっとるぞ!」


「もう、うるさいなあ、おじいちゃん。目が悪くなってるんじゃない?」


「何を言うか。この道何十年、不良品など一度も出したことはないわい」


「はいはい。…うーん、全体で見れば結構いい感じに塗れてると思うけどなぁ」


「ふん。まあ、今回は及第点といったところじゃな」


「じゃあ僕からも。おじいちゃん、ゲームのプログラミングは順調?」


「ん、ああ、それはじゃな...そもそも最近のゲームというのはごちゃごちゃしとって…昔みたいに外で元気に遊ぶのが一番じゃというのに…年寄りに新しいもん覚えろったって無理な話じゃ。」


そんな会話の陰で、黙々とミシンを踏む者、ロックのリズムを刻むかのようにハンマーを叩く者、プログラミングに没頭する者もいる。それぞれが誇りを持って自分の仕事に向き合っている姿に、私は心を打たれる。


おもちゃは買ってくれば良いだろうって? そう思われるのも無理はないかもしれない。でも妖精たちが作り出すのは、ただのおもちゃではない。子供たちの成長を見守り、導く、命を宿した特別な贈り物。長く愛されることで、やがて自らの意思を持って動き出す不思議な存在なのだ。


広場に足を運ぶと、未来のサンタクロースを目指す少年少女たちが訓練に励んでいた。私たち「サンタクロース見習い」は、世界中から選ばれた、優しさと勇気を兼ね備えた子供たちだ。


「よし、今度はアメリアのニューシティだ!」


広場の一角で、指導役のサンタクロースの声が響く。見習いの少年たちは、魔法の水晶玉を真剣な眼差しでのぞき込んでいた。この「世界を見渡す目」は、サンタクロースが世界中の子供たちの様子を観察するための重要な道具だ。


水晶玉の中に、霧深い街並みが浮かび上がる。川のほとりでは、小さな男の子が凍える手を擦り合わせながら新聞を売っている。


「うーん残念、これはロンベルのテムセア川だね。もう一度やってみよう」

後ろから覗き込んだ指導役のサンタクロースは、見習いの少年の肩をぽんっと叩いて励ました。


「はい!」


今度は摩天楼が立ち並ぶ大都会の様子が映し出され、行き交う人々、きらびやかなイルミネーション、そしてショーウィンドウの前で目を輝かせる子供の姿が浮かび上がった。


「よしいいぞ、その調子だ!」

指導役のサンタクロースは満足そうに頷いた。


別の場所では、少女たちがプレゼントを包む練習に励んでいた。色とりどりの包装紙、リボン、シール…私も以前、あんな風に真剣な表情で練習していたっけ。


「リボンはもっとふんわりと、お花が咲くように、ね」


「シワが寄らないように、丁寧に…」


指導役のサンタクロースが、優しくアドバイスを送る。少女たちの手つきはまだぎこちないけれど、瞳は真剣な光を宿していた。


工房の前を通りかかったとき、私は声をかけずにはいられなかった。


「ねえ、ノエル、ちょっと見ていかない?」


私の親友である茶髪の少年は、急いでいた足を止め、私の方へと振り返った。


「ん?どうしたの?」


「みんな忙しそう、でも本当に楽しそうね」

私はぽつりとつぶやいた。

「ねえ、ノエル」

私は続けた。

「私たち、すごく恵まれてるよね」


「どういう意味?」


「こうして、誰かの願いを叶えるお手伝いができるってこと。それって、とても幸せなことだと思うの」


ノエルは少し考え込むように目を伏せた。

「うん...でも、まだたくさんの願い事が残ってる。僕たちも急がないと」


私は思わず吹き出してしまった。

「もう、せっかくの素敵な話なのに、急がないとって。そうだね...子供たちの願い、一つでも多く叶えたいもんね」


二人で協会内の郵便室へと向かう。そこには、世界中の子供たちからの手紙が山のように積まれている。高い天井と大きな窓から差し込む光で明るく照らされた郵便室は、私のお気に入りの場所の一つだ。壁一面には地図や各地の時間を示す時計が飾られ、世界中の子供たちとのつながりを感じさせる空間が広がっている。私たちは手分けして手紙を読み、願いをリストにまとめていく。


「わぁ」

私は一通の手紙を手に取った。

「見て。この子、お母さんが笑顔になれるプレゼントが欲しいって」


ノエルも思わず手を止めた。

「へえ。自分のためじゃないんだ」


「ちょっと意外?」


「ううん、でも...なんだか嬉しくなった」


手紙を一つ一つ丁寧に読み進めながら、時々顔を見合わせる。言葉にならない想いを、私たちは確かに共有していた。世界中の子どもたちの夢が、この部屋に集まっているんだ。その夢を叶えるため、サンタクロース協会の冬の一日は、今日も優しい時間の中で過ぎていく。


────


協会の中心にある大広間には、大きなクリスマスツリーが飾られていた。色とりどりのオーナメントやライトがキラキラと輝き、私は思わず見惚れてしまう。その美しさに見とれていると、ふと奥の方に目が留まった。


一段高い場所に置かれた椅子に、深い皺が刻まれた顔に白い髭をたくわえた一人の老人が座っていた。サンタクロース協会の長、聖ニコラス22世だ。長い年月を見つめてきたその瞳は深く、冬の空気を暖めるような温もりのある声を持っている方だ。


私とノエルは、手に持ったリストを確認しながら大広間に入った。他の見習いたちも集まり、報告の準備をしている。


ニコラス様は、集まった私たちに微笑みかけた。

「皆、今年も子供たちに夢と希望を届ける時が近づいてきた。準備は順調かね?」


見習いたちは一斉に頷き、それぞれの状況を報告した。

「プレゼントのリストはほぼ完成です!」

「妖精たちもおもちゃ作り、頑張ってます!」


ニコラス様は微笑みながら頷いた。

「それは何より。皆、引き続き頼む」


私は一歩前に出て報告した。

「私たちも、世界中の子供たちの願いをまとめています。一人でも多くの子供に喜んでもらえるように、頑張ります」


ニコラス様は私に優しい視線を向けた。

「イリス、君の熱心さにはいつも感心している。これからもその調子で頼む」


その言葉に私は胸が熱くなるのを感じた。認められた喜びと、それに応えたいという強い意志が、私の中で渦巻いていた。


「ありがとうございます。精一杯頑張ります」

私はまっすぐにニコラス様を見つめ、決意を込めて答えた。


隣でノエルが私の成長を感じたのか、誇らしげに頷いているのが見えた。大広間は暖かな空気に包まれ、見習いたちのやる気はさらに高まっていった。私たち自身の胸中にも、子供たちへの想いが、そしてサンタクロース見習いとしての自覚が、確かに芽生え始めていた。

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この度はフォローいただきまして本当にありがとうございます。 拝読に参りました~! 宜しくお願い致します♪ クリスマスの舞台裏。一年に一度のクリスマス。慌ただしくも楽しみな雰囲気が伝わります。 「誰か…
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