第一章2話 『世界は美しく残酷』
遠征メンバーが全員集まったのを確認したイト先輩は、何とか全員に聞こえるような小声で状況を説明し始めた。
「みんな落ち着いて聞いて。多分、近くに魔物がいる。普通の動物じゃありえない速さの足音がするの。」
チーム内に動揺が広がっていく。
今の人類には、過去の隕石の影響か身体機能が特に優れた人種が一定数いる。イト先輩の場合、聴覚がとにかく鋭いらしい。
つまり、イト先輩が『足音がする』と言ったら、それはほぼ確実と言う意味だ、魔物が。
魔物。過去の隕石災害で生まれた負の遺産。生命のうち人間以外の知恵無き生物が変異した怪物。
凶暴かつ異常な身体能力を持つだけでなく、高い再生能力も持ち合わせた人類の天敵だ。
「みんな、私達はこういう時のために毎日訓練してきたでしょ。今までのことを思い出して、今出来ることを考えて。みんなの力を貸して!」
イト先輩、やっぱり凄い…。自分だって怖いはずなのに、チームがパニックにならないようにみんなを引っ張っている。
「イトさん。数と位置は分かりますか?」
副リーダーで地形や魔物に詳しいカタリア先輩が、いち早く冷静になって状況確認を始めた。
「数は一匹、さっきから私達の周りを回ってる。足音から大型の四足歩行獣だと思う。」
「この辺りのエリアにそんな魔物は…」
「伏せて!!」
イト先輩の怒号が響く。同時に頭上を黒い影が途轍もない速度で過ぎ去っていった。
「ガイウルフです!今一瞬見えました!」
ガイウルフ、狼系の魔物。夜行性の肉食獣で高い知能を持つ。そして、魔物としての特質性は燃費の良さ。
一度の食事量が極めて少なく、それに伴い一回の狩りで仕留める獲物はサイズによるが通常一匹。
過去、この魔物との遭遇時に持っていた食糧を投げ出すことで難を逃れた者がいるという。
「ガイウルフは光を嫌います。近くに火を起こして下さい!持ってきた食糧に目を移すかも…」
カタリア先輩の指示が途切れる。イト先輩が押し倒したからだ。カタリア先輩の指示が正しかろうが、今は全く光がない。
ガイウルフからすればこの場では人間が一番の獲物。
イト先輩が剣を抜く。先輩は剣の達人、加えて遠征に持っていく武器は魔物に有効な物質で作られてはいるが、相手が悪すぎる。
致命傷となりそうな攻撃はいなせているが、瞬く間に体中に傷が出来ていく。
他の先輩たちが火を起こそうとしているが、これじゃあ間に合うかどうか…!
それに火を起こしてもコイツが逃げるとは限らない。
俺は必死に頭を働かせる。どうすればみんな生きて帰れるか。…いや、何が最良なのか。
(本当は分かってる、俺のすべきこと。)
大好きなイト先輩、俺を受け入れてくれたチームのみんな。このチームの中で俺は荷物運び、お荷物そのもの。
…整理はついた。俺はみんなに生きてほしい。こんなも俺でも誰かの役に立てるなら誇らしい。
そう考えたと同時に、俺はイト先輩に襲いかかっていたガイウルフに全力でぶつかりにいった。
◇◇◇
何とか今まで培った剣術で凌いできたけど、それにも限界が来た。
後ろのカタリアちゃんは戦えない。みんなを守るのが私の役目だ。戦闘員としての、リーダーとしての。
ガイウルフは一度の狩りで一匹しか殺さない。
不幸中の幸いだ。私がみんなを助けられるんだから。
もはや手に力も入らず、剣すら持てない。笑えてくる、こんな状況でも人間は奇跡の一つも起こせないんだから。
私は魔物の前に立つ、リーダーとして最後の役目を果たす。
死ぬのは怖い、けどみんなの役に立てるなら!
眼の前には人間なんて容易く切り裂ける大きな爪を振りかぶったガイウルフ。
(みんな、悲しんでくれるかな。覚えててくれるかな。…もっと、生きたかったな。)
目を閉じて、来るべき痛みに心を決め、怯える。
少しの間を置いて、耳に肉の裂ける残酷な音が入ってきた。
でも、来るはずの痛みがない。恐る恐る目を開けると…