第一章1話 『華色の遠征』
俺は今林道を歩いている。
コオリ先生に下された罰ゲームが理由だ。
『お前には、上級生の遠征に同行し荷物運びを務める罰を与える。』
遠征とは人の生存域を出ることを意味する。目的は資源調達や領土奪還、演習など様々だが共通して魔物と遭遇する危険性を帯びている。
学生の遠征では魔物が極力出現しないルートを選定するし、事実、ここ数年は魔物との遭遇もないという。
これはコオリ先生なりの補修みたいなものなんだろうな。
遠征メンバーに選ばれるほどの優秀な上級生と行動を共にすることは貴重な体験だ。
これだから先生は憎めない。それはそうと…。
俺は左を向いて、木々の向こう側を見る。
この林道はそこそこの標高に存在するため、かなり見晴らしがいい。だからこそ、よく見えるのだ。
旧文明の跡が。
授業で習ったが、この辺りはその昔、東京という地名だったそうだ。東京というのは日本の中心的都市だったらしく、緑に覆われた巨大建造物がそれを証明している。
外の世界はいろんな過去の遺物に溢れていて、ロマンチックな気分に浸れる。だから 好きなんだ!
「…イヤ君、マイヤ君?」
「は、はい!」
イト先輩に呼ばれて、はひと聞こえるような勢いで返事をする。
今回の遠征、一番嬉しいのはイト先輩と一緒なことだ。はっきり言って俺はイト先輩が好き。
でも頭では分かってる。俺みたいな人間とイト先輩じゃ生きてる世界が違うって。
だからこそ、この遠征の間だけでも幸せを噛みしめる。コオリ先生め、ここまで計算していたなら尊敬ものだな。
流石にチームの進行を遅らせるわけには行かないので若干急ぎ足で上級生の後を追った。
◇◇◇
今回の遠征は一泊二日で行う。
日帰りの案もあったが帰りは夜の山道を進むことになり学生には危険すぎると判断された。
とはいえ外界で野宿するため油断は出来ない。遠征メンバー5人と俺を入れた計6人で交代に見張りを行う。
その他諸々の役割を決めてテントの用意も出来た頃には日が沈みかけていた。
「それじゃあそろそろご飯にしよっか!」
チームリーダーのイト先輩の合図で夕食が始まった。
上級生たちは普段から仲が良いのか楽しそうに談笑している。いくらチームとはいえ馴れ馴れしく話しかけることも出来ず、少し離れたところで本を読んでいると
「今日はお疲れ様、マイヤ君」
イト先輩が話し掛けてくれた。
「お疲れ様です先輩!」
「うん!今日はありがとうね、マイヤ君が来てくれて助かったよ」
「ハハハ、先輩方の足を引っ張ってなかったようで良かったです」
俺のバカ!せっかくイト先輩が話しかけてくれてるのに緊張して当たり障りのないことしか言えないなんて!
「あの、もし居辛かったら先にテントで休んでて大丈夫だからね。見張りも私とペアだから無理しなくていいよ」
「流石にそれはできませんよ!チームメンバーとしてやるべきことはやります!」
「分かった、一緒に頑張ろうね!それじゃあまた後で!」
そう言うとイト先輩は他の上級生たちにも話しをしに行った。こういうところが沢山の人に好かれるんだろうな。
そんなことを考えながら俺はテントに入って休むことにした。
◇◇◇
夜も更けてきた頃、俺はイト先輩と見張りをしていた。
「マイヤ君、予想とは違ってちゃんとした人で少し驚いたよ」
イト先輩にそう言われて少しドキリとする。
「馬鹿にしてるんじゃないんだよ。でも、コオリ先生から問題児だから気をつけろなんて言われて少し怖かったの。」
「あはは…。まあ問題児っていうのは間違いじゃないですね。コオリ先生に怒られてばっかりで。」
なんて話をしていると、突然イト先輩の顔が変わった。
「マイヤ君、みんなを起こしてきて。理由は後で話すから。」
「…分かりました。」
俺は初めて聞くイト先輩の硬い声に嫌な予感を抱きながら先輩たちを起こすためにテントに向かった。