★書籍化記念SS 第八弾 アリス
双葉社様より出版していただきました、
【 前向き令嬢と二度目の恋 ~『醜い嫉妬はするな』と言ったクズ婚約者とさよならして、ハイスペ魔法使いとしあわせになります!~】のアリス視点です。
夏の晴れた空に飛んでいく無数のシャボン玉。
あんなふうに私も、ここから飛んでいけたらいいのに……。
***
私がお仕えしているスティーブン様の、現在の婚約者であるレシュマ様。
すごい……と、正直に思った。
魔法が使えるということだけではなく。
熱心に魔法に向き合って、できなかったことをできるようにする、その集中力は尊敬に値する。
正直に言えば、私は……初めはレシュマ様のことを侮っていた。
これまで何人も変わっていった、スティーブン様の婚約者。
侯爵家や伯爵家のご令嬢と、もう婚約を結ぶことができなくなって、今度は子爵家のご令嬢になった。
段々とお相手のレベルが落ちていくな……と。
だから、本当は……少しだけ、期待した。
このまま、スティーブン様の婚約者が次々と変わっていき、そして、貴族のご令嬢はもう誰もスティーブン様の婚約者にはなりたがらなくなって……。……平民でも仕方がない。どこかの貴族の家の養女にして、それから婚約者にすればいい。
アルウィン侯爵……旦那様が、そんなことを、おっしゃってくれるのを。
ありえない妄想。
夢物語。
私が、スティーブン様の婚約者となるために、なんらかの努力をしたわけでもないのに。
夢想だけは、していた。
きっと、レシュマ様だって、すぐに婚約者ではなくなる。
待っていれば、いつか、私が、スティーブン様に選ばれる奇跡が起こる。
……いつまで待っていたって、そんな奇跡、起こるはずはないのに。
私は、言われたとおりにスティーブン様のおそばに控えているだけ。侍女、だから。仕事として、当たり前。淑女の礼ができるように、優雅に立ち居振る舞いを洗練させるべく、練習を重ねるわけでもなく。貴族の娘なら当然知るべき知識を得るわけでもなく。
ただ、控えている。
ただ、待っている、だけ。
何の努力もしないのに、夢だけは抱え続けて。……なんて浅ましい。
だけど、そんな夢想を、なくすことは……ずっと、できずにいて……。
スティーブン様の専属使用人、遊び相手として旦那様から雇われているメイとミア。
彼女たちも、私と同じような夢を見ているのか、スティーブン様の婚約者となったご令嬢たちの嫉妬心を煽るように、スティーブン様にまとわりつく。
婚約者様ぁ?
それがどうしたの~?
ずっとおそばにいるあたしたちのほうが、スティーブン様にとっては特別なのよ。
メイとミアほどではなくとも、私だって心のどこかではそう思っていた。
私のほうが、すぐ変わる婚約者たちよりも、スティーブン様にとって、特別だ……と。
***
だけど、レシュマ様はこれまでのスティーブン様の婚約者様たちとは全く違った。
何よりも、その魔法で。それから熱意で。奥様に気に入られた。
奥様は、お優しいかたではあるけれど、ご自分の内側に誰かを入れることなど、滅多にしない。
嫌だと思ったら、切り捨てるのもすぐだ。
高位貴族のご婦人としては当たり前だけど。
その奥様も、レシュマ様の魔法を見る前までは。
侯爵令息であるスティーブン様に、子爵家程度の小娘を婚約者にしなければならないなんて、屈辱だ……くらいはお考えでいたと思う。
実際に、お見合いの前までは、奥様は幾度もため息をついていた。
そんな奥様が、レシュマ様の魔法を見て、ご自分のファーストネームを呼ぶ権利をレシュマ様に与えた。
ああ、気に入られたのだな……、と、アルウィン侯爵家の使用人たちの誰もが分かった。
それだけ、レシュマ様は素晴らしかった。
奥様だけではなく、屋敷の使用人たちも、レシュマ様の魔法を口々に褒めるようになっていった。それが、スティーブン様のご不興を買うことになっていったのだけれど……。
レシュマ様は、すごい。
ご自分の力で、熱意で、スティーブン様はともかく、奥様のお心を動かした。
認定魔法使いの試験などにも、きっと合格するのだろう。
次第に、私の心の中から、レシュマ様を蔑む気持ちはなくなっていた。
レシュマ様は、たとえ子爵令嬢と侮られたとしても、ご自分の努力で困難など乗り越えていくのだろう。
魔法のシャボン玉のように。
軽々と……私には行けない場所まで飛んでいく。
羨ましい。
私は、ずっと、地を這っているだけ。
その地も、遠くまで行くことができるわけではなく……、迷路のような、行き止まりのような場所を、ずっとぐるぐると彷徨っているだけ。
ああ……。飛べたらいいのに。どこかへ。
でもどこへ?
私には、迷路から抜け出て別の場所に行く力など、ない。
自力では、動けなかった。
私を動かしたのは、旦那様のご命令もあったけれど……スティーブン様の言葉。
スティーブン様は、結局のところ、ご自分を世話してくれる誰かがいればいい。
メイじゃなくても。
ミアじゃなくても。
……私で、なくとも。
誰でもいい。
以前は、誰でもいいなら、私がスティーブン様の婚約者でも構わないでしょう……などと考えていた。
でも今は、誰でもいいのは……嫌だ。
私を、選んでほしかった。
スティーブン様に。
でも、私を選んでくれないのなら……、もう、私も、スティーブン様を選ばない。
その選択ができるまで、長い、長い時間がかかった。
結局、私は、旦那様がご提案してくださった通りに嫁ぐことにした。
夫となる人は、優しい人で。
お見合い後の婚姻とはいえ、私を選んでくれた。
しかも「貴女でいい」ではなく、「貴女がいい」とまで、言ってくれた。
それが、嬉しかった。
……とはいえ、すぐに愛が芽生えるわけではない。
スティーブン様への恋情が、今も心の奥にはくすぶっている。
だけど。
私はこの優しい人と一緒に生きてみよう。
そして、いつかきっと……レシュマ様に、手紙を書こう。
お元気ですか、レシュマ様。私は元気です……と。