★書籍化記念SS 第七弾 スティーブンの後悔
双葉社様より出版していただきました、
【 前向き令嬢と二度目の恋 ~『醜い嫉妬はするな』と言ったクズ婚約者とさよならして、ハイスペ魔法使いとしあわせになります!~】の、スティーブン視点&その後です。
書籍版準拠のSSですので、WEB版とは設定が異なります。ご了承ください。
お見合い相手のレシュマとかいう子にも「天使様……?」とか言われた。
今までの婚約者と代り映えがしない発言。
正直がっかりした。
だけど。
すぐに僕を「妖精」と言い直したところには好感を持った。
僕のことを「好きだ」と言ったことも。
……まあ、これならいいや、許容範囲。
だから、教えてあげた。
僕を大切にしてくれればいいってさ。
つまり、僕が気分良く過ごせるように、僕に気を配ってくれってこと。
レシュマの前に僕の婚約者になった女の子たちみたいに、醜い嫉妬なんてしないで、メイとミアに学べばいいって。わざわざわかりやすく言ってあげた。
お手本と、同じようにするだけ。真似すればいいだけなんだから、簡単だろう?
なのに、レシュマはそんな簡単なことすらできなくて。
そりゃあさあ、レシュマは使用人じゃなくて、婚約者っていう立場だけど。僕に仕えるって点では大した差はないでしょう?
理解力の低いレシュマ。アリスがいろいろ教えてあげて、それでようやく理解できる程度。
アリスが居なければ、レシュマは謝罪一つもまともにできない。
察しの悪さにすごくイラつく。
ボクは、魔法が、嫌い。
きちんと教えてあげているのに「どうして?」なんて、鬱陶しく聞いてくる。
あのねえ、僕が嫌いって言ったら嫌いなの。その話はもう終わり。
僕が楽しくなる別の話題を提供すればいいのに、レシュマは見当はずれのことばっかり言ってくる。
魔法の勉強なんて無駄なことに時間を割く暇があるなら、僕が好きなのは何で、何が嫌いで、何を望んでいて、今どんな気分なのかってことを、理解するべきだろ。
僕を理解する努力をする前に、どうして余計なことばかりに熱中するのかなあ。
こんなのが婚約者なのかと思うと、将来に絶望しちゃうよね。
だから、お父様に「レシュマとの婚約を破棄して、新しい婚約者を連れてきて」ってお願いしたのに。お父様からは、虫けらでも見るような目を向けられた。
なんでそんな目で僕を見るのかなあ。
ため息までついて。
僕はおかしいことなんて言っていないでしょ。
お父様も馬鹿なの?
なんて言ったら、僕を廃嫡するなんて言い出して。
あのね、お父様。
お父様の血をひいている子どもは僕だけでしょ。僕がアルウィン侯爵家の跡継ぎにならないで、誰がなれるっていうのさ。養子? 直系の血が途切れちゃうでしょ。
そう言ったら。
「アーサーがいるから問題はない」
誰、それ。
お父様は答えてはくれなかったけど、使用人たちの噂話を聞いた。
僕の異母弟……らしい。
お父様には、ずっと前から好きな女の人がいた。でも、その人は身分が低いから、侯爵夫人にはなれなかった。仕方なくお母様と結婚して、僕が生まれたけど。その女の人との間にも、子どもを作っていたってさ。
それが、アーサーってヤツらしい。
身分が低い女の人なんて、侯爵夫人にふさわしくない。だったら、その女の人の息子だって、侯爵家の嫡男としてふさわしくないでしょ。
やっぱりアルウィン侯爵家の跡取りは、僕しかいない。
それが当然なのに。
お母様は僕を連れてご実家に帰るとか言い出すし。
僕がお母様のご実家に行ってどうするのさ。そっちの家を継ぐわけでもないのに。帰りたいならお母様お一人でどうぞ。
そう言ったらお母様は悲しそうな顔をしたけど、僕には無関係。
お母様が居なくても、メイとミアとアリスが居れば、僕が困ることはない。
なのに。
メイとミアは、あっさりと出て行った。なんだよそれ。
レシュマとの婚約もなくなって、アリスは嫁ぐことにしたって。
……それで、僕はお父様に無理やり男子修道院なんてところに押し込まれた。
どういうことだよ。
僕が次期侯爵だろう?
貴族学院にも入学しないで、なんで修道院?
わけがわからない。
朝から晩まで神様に祈って。掃除とか洗濯とかして。
この僕が!
そんなもの、使用人にやらせろよ!
でも、やらないと食事がもらえない。もらえても、おいしくないけどさ。
いっそ逃げようかなって思ったけど、修道院からアルウィン侯爵家への戻り方なんてわからない。どうしようもないから、修道院で暮らして。
……どれくらい、そんな暮らしをしたのか、わからなくなる。
だって、掃除、洗濯、お祈り……。
延々と、毎日同じことの繰り返し。
畑仕事とかもあるけど、冗談じゃない。
そうしたら、書庫の整理とか、手紙の代筆とかをさせられた。
僕の書く字はきれいだから。
……まあ、いいか。
暑かったり寒かったりする畑で働くより、室内のほうがマシ。
単調な暮らしの中にもたまに変化があって。
それが、お祭りのとき。
修道院で作ったパンやジャムやお菓子なんかを、お祭りで配る。
それで代わりにお布施をもらう。
僕は顔がいいから、僕が配るとお布施が増えるとか何とか、周りの修道士たちに言われて。
仕方がなく、手伝ってやった。
☆★☆
祭りは盛況だった。
あちらこちらで笑い声が起こり、音楽が流れ、歌い踊る人たちがいる。
静かな修道院とは違う祭りの喧騒に、眩暈がしてきそうになる。
そこに大きな声がかかった。
「魔法使いが来たぞ! 魔法協会の、認定魔法使いたちだ!」
声のする方に顔を向けたら、視界一面に、無数のシャボン玉が浮かんでいた。
太陽の光を反射して、七色に輝く大小さまざまな、シャボン玉。
それが、ふわりと浮かび、風にゆらりと流される。
どこかで見たことのある風景。
どこで……?
うわーとか、きゃあとか。すごいとか。周囲から声が上がる。
うるさくて、思い出せない。
「魔法使いレシュマの特別なシャボン玉だよ! 触ってごらん、シャボン玉なのに、触っても壊れない!」
レシュマ? シャボン玉?
夏の太陽の日差しを受けて、キラキラと輝いては消えていった。
お母様が「素晴らしいわっ! レシュマさん、あなたやっぱり魔法の才能があるわね!」なんてレシュマを褒めるから。僕は不機嫌になった……。
思いだした。
じゃあ、このシャボン玉は、レシュマが作っているのか?
近くにレシュマがいるのかと思って、僕は周りをきょろきょろと見た。
いない。
見えない。
でもシャボン玉が漂ってきているから、そんなに遠くではないはず。
たくさんの人はいるけど、レシュマっぽいのは見つからない。
「うわー、本当だ! 触っても壊れないよ!」
小さな男の子が、駆け出して、大きなシャボン玉を抱えた。
それでも、シャボン玉は壊れない。
しばらくぶんぶんと振り回し、そのあとようやくシャボン玉は壊れて消えた。
「すごーい!」
男の子は、別のシャボン玉に手を伸ばし、そして、また、同じようにシャボン玉を振り回した。
別の女の子も、いや、大人も子どもも、シャボン玉に手を伸ばして笑顔になっている。
だけど、僕はシャボン玉に手は伸ばさなかった。
レシュマがいるのなら……。
もしかして、僕に会いに来たのか?
もう好きじゃないとか前に言っていたけど、あれ、強がりで、本当はまだ僕のことが好きだとか? 隣国に行くとか言ったのも、僕の気を惹くための噓だったのかも。
そうなら、会ってやってもいい。
修道院の暮らしより、子爵家の生活のほうがマシだろうから。
許してあげよう。
「なあ、でっかいシャボン玉の中に入りたいやつはいるか? あっちの広場では、このシャボン玉を作り出した魔法使いレシュマがいて、希望者には、巨大なシャボン玉の中に入らせてくれるんだそうだ」
その声に、大人も子どもも一斉に広場に向かって走り出した。
僕もそっちのほうへと向かう。
☆★☆
「はーい、巨大シャボン玉の中に入りたい人は、この列に並んでくださいね~」
「見学だけの人は、こっちですよ~」
魔法使いと思しきフード付きのロングコートを着た者たちが、集まった人たちを誘導していた。
広場の真ん中辺りがちょっと空いていて、そこに、女性の魔法使いと、それからそのそばに、背が高い赤い髪の男がいた。
顔が見えないから、レシュマかどうか、判断がつかない。髪の色は似ている。
「はーい、じゃあ、次のかた~」
母親と手を繋いだ子どもが歩いて行った。
「んー、坊やはお母さんと一緒にシャボン玉に入る? それとも一人で入る?」
女性はかがんで、子どもに聞いていた。
声は……レシュマの声に、似ている気がする。
「いっしょっ!」
「じゃあ、お母さんと手を繋いでね~。行きますよ~、はいっ!」
母親と子どもは二人いっぺんにものすごい大きなシャボン玉に包まれていた。
おおーとか、わあーとかいう歓声が上がる。
「そのまま歩いて行って大丈夫ですよ~。あ、でも十分くらいしか持ちませんからねー」
笑顔で去る母親と子ども。それに手を振る女性。
ようやく、顔が見えた。
「……レシュマだ」
楽しそうな、笑顔のレシュマ。
キラキラと輝く若草色の瞳。
「じゃあ次のかたは~」
と、レシュマが言ったら、赤髪の男がレシュマの肩をぐいと引っ張った。
「レシュマ、お前、魔法、使い過ぎ。ちっとは休め」
「えー、でも、皆さん待ってくれているし。わたしも楽しいです」
「後でぶっ倒れても知らねえぞ!」
赤い髪の男が怒鳴ったら、レシュマは嬉しそうにふふふと笑った。
「わたしが倒れたら、抱っこしてくれるでしょ?」
「お、おお……」
「あーんして、ご飯も食べさせてくれるからねー」
「あ、当たり前だろーが!」
「ふっふっふ。わたし、ウォルター先生に甘やかされているなあって、嬉しくなっちゃうの」
「だからって、ぶっ倒れるまで魔法使うな。祭りが終わったらミラー子爵家に行くんだぞ? 元気な姿を家族に見せてやれ。それから……倒れなくても、甘やかすくらいしてやるから」
赤い髪の男がそうぶっきらぼうに言って、顔をプイッと横にそむけた。
そうしたら、レシュマが赤い髪の男に抱き着いた。
……僕は、何を見ているんだろう。
レシュマが、僕じゃない、他の男に抱き着いて、しかも大好きって……。
見たものが信じられなくて、ぐらりと頭が揺れそうになった。
僕のことを、好きだっただろう……?
呆然としていたら、レシュマと赤い髪の男を、別の緑色の髪の魔法使いが仕方がなさそうに引き離した。
「はーいはいはい、バカップル劇場はどっか別のところでやってくれ」
「誰がバカップルだ!」
「ようやくゲットできたレシュマちゃんと、いちゃこらしたいのはわかるけどね~」
「ほっとけ!」
赤い髪の男が怒鳴った。
だけど、顔が赤い。照れているだけ、みたいだ。
「あとレシュマちゃん、長時間働きづめだから、交代! あとは俺がやるよ」
「え、いいんですか?」
「レシュマちゃんほどうまくはできないけど、一応オレもこのシャボン玉の魔法、使えるようになったし。はい、交代。飯でも食いに行きなさい」
「じゃあ、よろしくお願いいたします。ごはん食べ終わった後、また交代しますね」
「ほいよ、よろしく」
手を繋いで歩きだしたレシュマと赤い髪の男。
この僕がつらい暮らしを強いられているのに、なんでレシュマごときがしあわせそうなんだよ。
すごくムカムカして、思わずレシュマを追いかけた。
そして、僕は、手を伸ばして、レシュマの腕をぐいと引いた。
「きゃっ!」
後ろにつんのめりそうになったレシュマを、赤い髪の男が抱き寄せた。
「おいっ! レシュマから手を放せ!」
僕に怒鳴ってきて、それで、その赤い髪の男は僕の顔を見てはっとした顔になった。
「お、お前は……」
あれ? この男は、僕のことを知っているのか? どこかで会ったのか?
「どうしましたか? あ、もしかして、あなたもシャボン玉欲しいの?」
のほほんと、レシュマが言って、そうして僕を見た。
見た、のに……。
レシュマは、僕が、わからない……?
おぼえていない……のか?
そりゃあずいぶんと時間も経過しているし、僕には髪の毛がないから印象が違うかもしれないけど。
だけど。
僕は、レシュマに、忘れられた……?
モゴモゴと、声にならない言葉を飲み込んでいる僕に、レシュマは「はい、どーぞ」と言って、掌より少し大きいくらいのシャボン玉を手渡してくれた。
「乱暴に扱わなかったら、結構長い間、割れずにいますよ」
にっこり笑ったレシュマの笑顔は、シャボン玉みたいにキラキラと輝いていた。
まるで、お見合いのときに初めて会ったときのレシュマの顔みたいな……。
なのに。
僕を、スティーブンだとはわからずに。
他人に対するように、シャボン玉を渡してきた……。
「あ、その……、僕は……」
スティーブンだよ、おぼえているだろう?
すがろうとしたら、赤い髪の男に睨まれた。
「……行くぞ、レシュマ」
「はーい」
去り際、赤い髪の男が「お前が大切にしなかったから、壊れたんだよ」と、僕に低い声で告げてきた。
ああ……、そうか。
誰かいればいい。
気に入らなければ変えればいい。
そうやって、僕は、誰も、大切にしてこなかったから。
今度は、僕が……捨てられた。
僕が、捨てる……じゃなくて、僕はいらないって、捨てられた。
メイとミア、アリス、お父様やお母様。それから、レシュマからも……。
捨てられて、もう、おぼえてもいない……。
長く保つはずのシャボン玉。ぐっと力を籠めたら、僕の手の中で、壊れて消えた。
元には戻らない。
大切にしないと、簡単に壊れてしまう。
たった、それだけのことを、僕は、今、ようやく理解した。
理解したけど、もう遅い。
キラキラと輝く、シャボン玉の残滓。
それを見つめたまま、僕は泣いた。
☆★☆
どれくらい時間が経ったのか。空は青からオレンジに色を変えて。
もう、祭りも片付けに入っていて。
人々も、みんな、家へと急ぐ。
だけど僕は、座ったまま。
さすがにもう涙は出ないけど、立ち上がる気力はなかった。
座り込んだ僕を、訝しげに視線を向けてくる人はいるけど、声まではかけてはこない。
ここでも、やっぱり、僕は一人。
どこにも行けず、どうしようもない。
だから、ぼんやりと、夕空を見つめていた。
世界が終わるまで僕は一人きりなのかな……。
空のオレンジ色がどんどん黒さを増す。
ああ、もうすぐ真っ黒な夜が来る。
太陽も星もない。月さえも、雲や闇に隠された真っ暗な夜が。でも。
「おーいっ!」
遠くから、声が、した。
「スティーブン~、どこだよー」
僕の名前が、呼ばれた。
誰だろう?
声がしたほうに顔を向ける。
僕と同じ修道服を着た男が、僕に気が付いて、走る速度を上げた。
「こんなところにいたのか。探したぞ~」
僕を……、探した?
「もしかして怪我でもしたのか? 足、捻ったとかか?」
じいっと、僕の顔を覗き込んできた男の顔は……、なんとなくは、見覚えがあった。
名前は、おぼえていない。
同じ修道院で暮らしている誰かだとは、わかる。その程度。
「怪我は、してないよ……」
「じゃあ立てよ」
すっと、差し出された手。
僕はその手をじっと見た。
この手を取っても、いいのかな……。
迷っていたら、その手が、僕をグイッと引っ張った。
引っ張られて、立ち上がって。
ふらりと一歩、僕は彼に近づいた。
「……ありがとう」
そんな言葉が、僕の口から、出た。
「いいってことよ」
彼は、笑った。
「ほら、行こう。腹減って、へたり込んだんだろ。修道院に戻ったら腹いっぱい食おうぜ。今日は祭りで、喜捨もいっぱい貰ったから、おかずが一品増えるらしい」
「……そう、だね」
僕も、彼を真似して、ぎこちなく、笑った。
ありがとう。
その言葉を、伝えていればよかった。
ミアに、メイに、アリスに……レシュマにも。
貰う愛情を、当たり前に思わないで。
伝えれば、よかった。
……そうしたら、きっと今頃。
あの赤い髪の男とレシュマみたいに、僕もアリスやレシュマと一緒に笑いあえていたかもしれない。
だけど、それはもう遅い。
今更気がついても、もう、壊れたモノは直らない。
僕のそばにはもうみんないない。
修道士の男は、調子のはずれた歌を、陽気に歌いながら、歩いていく。
「神様~、今日の~糧を~ありがとう~♪」
僕は、彼の後ろを、とぼとぼとついて行く。
……きっともう、僕はミアにもメイにも会うことはない。アリスにも、レシュマにも。
だから、僕は……この調子が外れた歌のように、ありがとうの言葉を胸の中だけで繰り返す。
今までありがとう。
気がつくのが遅すぎた。ごめんなさい。
「神様……、今日の……糧を……、ありがとう……」
真似をして、僕も歌う。
彼女たちには、もう……届かないけど。
歌おう。
祈ろう。
僕にできるのは、きっと、それだけだ。
ぼそぼそと、そして、次第に大きな声で。彼に合わせて歌っているうちに、僕らが暮らしている修道院が見えてきた。
「あー腹減った!」
叫んで、男が駆け出す。
「行こうぜ、スティーブン!」
僕も、走った。
修道院のドアが開く。
中は明るくて、泣きたくなるくらいに眩しかった。
ただいま、
『このライトノベルがすごい!2026』
ライトノベルBESTランキングWebアンケートが実施されています。
『前向き令嬢と二度目の恋 ~『醜い嫉妬はするな』と言ったクズ婚約者とさよならして、ハイスペ魔法使いとしあわせになります!~』も加えてもらえると嬉しいです。




