★書籍化記念SS 第五弾 エルミス王国魔法学校の不文律
【 前向き令嬢と二度目の恋 ~『醜い嫉妬はするな』と言ったクズ婚約者とさよならして、ハイスペ魔法使いとしあわせになります!~ 】
発売しました‼
たくさんの皆様のお手元に届きますように‼
今回のSSは、みんなで宴会です!
「不文律」や「暗黙のルール」など、文章に記されてはいないが、慣習的に守られている決まりというものがある。
たとえば「貴族学園では、授業時の座席は特に指定はされていない。が、身分の高い者から好きな席を選び、身分の低い者は、空いている席に座るべきという暗黙のルールがある」など。
そして、来年度開校となる、エルミス王国初の魔法学校にも、そんな「不文律」「暗黙のルール」と言えるものがひとつだけあった。
それは……、
「学校長であるローレンス・グリフィン・ミルズ魔法伯を、酔っぱらわせてはいけない」であった。
***
「……認定魔法使いの皆さんは、宴会がお好きですねえ……」
そんなに頻繁に飲んでばかり……というわけではないのだけれど、いざ飲み会! となると、皆様ものすごく盛り上がる……。
食べて飲んで歌って騒いで。
そこに魔法も加わるのだから、ものすごい大騒ぎ。
今日は、魔法で作ったぬいぐるみのようなうさぎさんたちが、二足歩行で会場内を歩き回り、飲み物や食べ物を給仕している。
すごくかわいい……んだけど。
そんなぬいぐるみ的なウサギさんたちと酔っぱらって上半身裸になった男性認定魔法使いの皆様が、ラインダンスを踊っているのは……。
えっと、どうコメントしていいんだろう……。
それから水芸っていうのかな? これも水魔法って言っていいのかな? 歌に合わせて、頭のてっぺんや鼻の先、手に持っている扇なんかから、噴水みたいに水を噴き出している人もいて。
で、その歌を歌っているのがクライヴ様……。ものすごい声量と、ものすごい美声。
う、うん、楽しそう……。
「まあ……な。オレらが認定魔法使いになる前からの伝統……だから、しかたがないっつうか……。みんな酒好き……。いや、飲み会好き……。うーん、ローレンスのじいさんが昔、魔法ぶっ放して、建物を半壊にして。それを修復するのが大変だったからって、今では飲み会の前に、みんなで大規模な復元魔法を屋根とか壁とかあちこちにかけていてさ。もう何しても大丈夫って、最近ますます宴会が……、盛大に……」
「そう、なん、ですか……」
わたしは、まだお酒を飲んだことがないのよね……。ミラー子爵家で過ごしていた時も、機会がなくて。そのうち大人になったら、お酒を飲む機会もあるかなーとか思っていたけど、そのまま飲まないままで。
今日も、会場の隅っこの席で、ウォルター先生と一緒に、搾りたての果物のジュースなんかをいただいている。
エルミス王国は果物が豊富だから、ジュースがすごくおいしい。
だけど、宴会で、飲めや歌えの大騒ぎをしている皆さんを見ていると、ちょっとだけ、お酒を飲んでみたいなーなんて、気分になる。
だってね、すごい。
ます、身体強化系の魔法使いであるニール先生。
ツンツンとした髪を逆立てているような髪で、常に相手を睨みつけているような鋭い眼光。そんなニール先生が、ご自分の身長よりも大きい女神さまの彫像を、ぶんぶんと振りまわすようにして、優雅を超越したダンスを踊っている。
それから、えーと、あっちは誰の魔法かな? ジャグリング的に、大量のスプーンとフォークやコップが宙を舞っている。
不機嫌なわけではないけど、いつもしかめっ面をしているナサニエル先生が、半裸になるだけではなく、腹部に顔を描いて踊っている……。これ、腹芸っていうの?
それを見てケタケタと笑い転げているのがネイサン先生。
うーん、混沌というか無秩序というか、シュール……は、ちょっと違うかな……。
まあ、でも。こんな感じが毎回で、わたしもだいぶ慣れてきた……かな?
「ほら、レシュマ。果物」
どうかな? なんて思っていたら、ウォルター先生が、フォークにベリーを刺して、それをわたしの口元に差し出してくれた。
えへへ。わたし、甘やかされているなあ。
嬉しくて「あーん」って口を開けたところに、クライヴ様がやってきた。
「だいぶ歌いましたので、少々休憩を……」
温かい飲み物を入れたカップを手にしながら、わたしとウォルター先生の正面の席に座る。
「クライヴ様! すてきなお歌でした!」
果物を、もぐもぐごっくんとした後、わたしは言った。
「ありがとうございます、レシュマさん。歌いすぎて、少々喉が痛くなってきましたよ」
にっこりと笑うクライヴ様。
冷たい果汁とかばっかり飲んでいたから、ちょっと体が冷えてきて、あったかいのもおいしそう。クライヴ様と同じ飲み物を頼もうかな?
「それ、お茶ですか?」
「ああ、はちみつとレモン果汁と、それからブドウ……」
おお! おいしそうなホットドリンク!
目をキラン! とさせたら、クライヴ様は、カップをわたしに差し出してくれた。
「飲んでみますか?」
「え、でも、これクライヴ様のお飲み物……」
「まだ口をつけていませんし、ウォルターにテキトウな別の飲み物を持ってこさせますから」
レディ・ファーストですよ、と笑うクライヴ様。
仕方なしに立ち上がるウォルター先生。
「……ついでにツマミも追加します。あと、レシュマ用のサンドイッチとかも持ってくるから、待ってろ」
「わあ、ありがとうございます!」
うん、わたし、本当に甘やかされているなあ。
遠慮するよりも、ありがたく受け取って、わたしはホットドリンクを一口飲んでみた。
「あ! おいしいです!」
「そうでしょう」
はちみつとブドウ果汁で甘ったるいのかと思いきや、そこにレモンが入ることでさっぱりとして。でも温かいし。体が温まる。嬉しい。
くいくい飲んでいくわたしを、にこにこと見ているクライヴ様。
「口当たりはいいし、温まりますし、私は最近こればかり飲んでいて」
「そうなんですかあ」
うーん、確かにおいしい。温まる。……でも、あれ? なんかふわ~っとした気分になってきましたけど? あれれ?
「アルコール度数はそれなりに高い飲み物ですから、レシュマさんは一杯だけにしておいたほうがいいかもしれませんね」
「あるこーるどすう?」
「ええ。これ、実はブドウのホットワインですよ」
「ぶどーかじゅうじゃなくて、わ~い~ん~うにゃ~」
うふふ。ちょっとおとなになったきぶん~。あれれ? なんか、視界もふわーってしてきたようにゃ……。
「……レシュマさん? 語尾が猫みたいですねえ」
にゃあ? ねこ? どこかにいるのかなーとおもったら、ひょいっとろーれんすまほーはくがあらわれた。
「ふむ? レシュマちゃん、猫化したのかの?」
「にゃい? ろーれんすまほーはくー。ねこ、おすきなんですかあ?」
とつぜんあらわれたまほーはくに「にゃあ」と鳴いてみた、ら。
「ほっほっほ~。せっかくじゃから、レシュマちゃんに猫耳と猫しっぽをつけてあげようかの」
んー? ねこみみに、ねこしっぽお? だったら……。
「まほーはくと、クライヴさまとぉ、おそろいがいいですー」
「ほっほっほ~」
……それ以降の記憶が、わたしにはない。
どこかを走り回ったような、よじ登ったような、気は、するんだけど……。
気がつけば、職員寮の自分の部屋の自分のベッドで眠っていて。
で、ウォルター先生が、わたしの部屋のドアに寄り掛かるようにして、眠っていた……。
ウォルター先生は、目が覚めて、開口一番わたしに「大丈夫か? 頭とか痛くないか? 吐き気はないか?」って、焦った顔で聞いてきて。
えっと……。
「あの、ウォルター先生。よく覚えていないんですけど、わたし、何か、やらかしました……?」
ウォルター先生は問いには答えず、深く、深ーくため息をついた。
「レシュマ、いいか。オレがいないところでは、絶対に、酒を飲むな」
……わたし、何をしたんだろう。
気になって、いろんな人に聞いたんだけど、誰に聞いても「うんうん、可愛かったよ……」と、遠い目になるだけだった。
それで。それから。
エルミス王国初の魔法学校の「学校長であるローレンス・グリフィン・ミルズ魔法伯を、酔っぱらわせてはいけない」であった不文律は、
「学校長であるローレンス・グリフィン・ミルズ魔法伯と最年少認定魔法使いレシュマを、酔っぱらわせてはいけない」に変更となった……。




