★書籍化記念SS 第一弾 レシュマと運命
「お父様、わたし、魔法を習いたいです」
そう言ったら、お父様はよく効くけど苦い薬を飲んだみたいな顔で言った。
「……ま、まあ、初級魔法の家庭教師くらいなら……。予算は……。ああ、雇えないことも……ないが……」
魔法を習うのは、すっごくお金がかかる。
なぜかというと、うちの国だけではなく、近隣諸国を見ても、魔法使いの数が少ないから。
魔法学校はある。
あるけど、そこで教えているのは初級魔法とか魔法の理論とかだけ。
それ以上のことは、自分で研鑽して身につけるか、魔法協会に認定された魔法使いに習うしかない。
魔法協会の認定魔法使いというのは何かというと、魔法を使える人が試験を受けて合格できれば名乗ることができるという身分……みたいなものかな。あ、資格っていうほうが分かりやすいかな? 資格試験に合格して、魔法協会の魔法使いに名を連ねる感じ?
認定番号とかもあるみたい。
ちなみに認定魔法使いに家庭教師を依頼するのは……なかなかに厳しいのよね。
伝手があるとかないとかじゃなくて、子爵家程度では、家庭教師費用が高くて支払えない。
ただ、魔法学校に入学して、卒業はしたけど、認定試験に不合格で、認定魔法使いにはなっていない……という人がいて。
その人たちが、初級魔法を個人的に教える家庭教師をしている場合がある。
そんな初級魔法使いの家庭教師の先生なら、家庭教師費用はそれなりだ。
子爵家程度の資産でも、支払える。
えーと、魔法を習うのと、音楽を習うのと、同じような感じかな?
基礎レベルの先生は安価だけど、有名講師になるとすごく高い受講料。
趣味で習うには、ちょっとお高いし、本気で、プロを目指すのは……とても大変。
そのあたりも、プロの音楽家と認定魔法使いは似ているかもしれない。
音楽学校に入学して卒業して、そのままどこかの楽団の楽団員になれるとは限らない。
基本的には欠員が出ないと新たな団員の募集はないし。
王家とか侯爵家お抱えの音楽家なんて、一流の腕も持つ以上に伝手も必要。
そんな感じで、音楽家も魔法使いも、趣味ならいいけど、職業として目指すのには不向き。狭き門だ。
費用が掛かるのと、その費用をかけても、職が得られるわけではない。
趣味として習うのにはいいけどね……って感じで、魔法使いはなり手が少ない。
魔法使いや楽団員を目指すより、王城で働く文官とか、騎士団とか、そちらのほうがまだ門戸は広い。
でも、わたし、魔法が好き。
習ってみたい。
使えるようになりたい。
絵本の中の魔法。
ホウキに乗って空を飛ぶとか。
杖を振って、カボチャを馬車に変えるとか。
それからローレンス・グリフィン・ミルズ魔法伯みたいに歴史に名を残す魔法使いの逸話。
すっごくあこがれる。
魔法を使えるようになりたいなーって、子どもみたいな夢かもしれないけど。
***
そうしてお父様が雇ってくれたのは、魔法学校を卒業してから、幾人かの貴族の令息や令嬢に魔法を教えたことがあるという女性だった。
「ヘンリエッタと言います。レシュマお嬢様、どうぞよろしく」
髪の色も瞳の色も、亜麻色をした三十歳くらいの優しそうな先生。
ヘンリエッタ先生からは、わたしは、まず魔力操作の方法を習うことになった。
次に習ったのが風の魔法。
ほかにも有名な魔法使いの人達のことも教えてくれた。
「レシュマ様はローレンス・グリフィン・ミルズ魔法伯の名はご存じですよね」
「もちろんです! だって昔、ロゼンタール王国とウチの国が戦争としていた時に、その戦争を止めたっていう伝説の魔法使いだもの!」
ローレンス・グリフィン・ミルズ魔法伯は、歴史の教科書にも名前が載っているような魔法使い。一夜にして湖を作ってしまったとか、数々の伝説をお持ちだ。
魔法伯にあやかって、男の子の名前のミドルネームに「グリフィン」をつけることが多い……なんて地方もあるくらい。
もうお年を召しているはずだけど、まだまだ現役の、一流の魔法の使い手。
わたしのあこがれの人。
「では、クライヴ・ユーバンク・クリス様の名はご存じですか?」
「ええと……。その人も有名な魔法使いなの?」
「ええ。魔法学校ではいろいろな魔法理論も習うのですが。クライヴ様はたくさんの理論を確立した魔法使いです」
「わあ……」
「魔法協会には、素晴らしい認定魔法使いの方々が、たくさんいらっしゃるのですが。そうですねぇ……。他に有名な方と言えば、最年少で認定試験に合格された、若手の魔法使いのかた……でしょうか? 確かまだ二十代だとか……」
「二十代で認定魔法使いって、すごいですね……」
「ええ。お名前までは存じ上げてはいませんが、いつかお会いしてみたいですねえ」
***
ずいぶんと前に、ヘンリエッタ先生とそんなことを話したなーなんて、思い出して。
ウォルター先生にその話をしてみたら。
「出会えたのは運命かも、なんてな……」
ぼそっと、ウォルター先生が言って。
うっふっふ。ウォルター先生、耳まで真っ赤ですよ。えへへ。