最初から蚊帳の外でしたのよ。今さら騙されたと言われてもわたくしも困りますわ、殿下。
「ヒラリー、今日をもってお前の聖女の任を解く。そもそも偽物であるお前に、聖女の称号を与えたことが間違いだったのだ」
下卑た笑みを浮かべた王太子に、解任を宣告された聖女ヒラリーは驚きのあまり目を丸くした。王宮からの呼び出しに応じたところに突きつけられたまさかの通達とあって、さすがに動揺を隠せない。
「殿下、なぜでございますか? わたくしには、聖女の任を解かれるような覚えはございません」
「お前は聖女という人々の模範になるべき立場にあったにもかかわらず、俺に色目を使ったあげく、くだらぬ悋気によりクレマンスの悪評を国中に流したのだ。神殿の力を使ってな。そのような振る舞いは、聖女にふさわしいとはとても言えない。そもそも何の力もなかったにもかかわらず、父親のコネのおかげで聖女の座についたことは火を見るよりも明らか。よって、聖女としての地位を剥奪する。ひとなみに恥を知っているのならば、さっさと王都から立ち去るがいい」
(わたくしが、妃殿下の悪評を流す? 妃殿下にくだらない嫉妬をした? 王太子殿下にまとわりつかれて迷惑を被っているというのに、ここで妃殿下の悪評を流したところで何の利があるというのでしょう……。そもそも父親のコネというのも意味不明ですわ)
ヒラリーがうろたえる一方で、王太子の隣に立つクレマンスは淡い笑みを浮かべていた。自身の寵愛を鼻にかけるでもなく、追放を宣告されるヒラリーを心配するでもなく、ただ静かに微笑んでいる。そんな彼女と王太子の前で膝を折り、ヒラリーは請い願った。
「どうぞお考え直しください。そもそも聖女であるわたくしは、一生を神に捧げております。叶わぬ片恋に狂ったあげく、妃殿下を貶めるような愚行を犯すことなどありえないのです」
「俺とクレマンスの婚姻を解消させようとしていたくせに何を言う」
「そのような世迷い言が王宮の一部から出ていたことは存じております。しかし、神殿より聖女に婚姻は不可能である旨を再三お伝えしているはず。神に誓って、わたくしは殿下たちの仲を引き裂くような真似はしておりません」
(離縁がよしとされないこの国で、わたくしとの再婚を望んだのは王太子殿下をはじめとした王族のみなさまだったはず。これは、まさか)
きっぱりと否定するヒラリーを、王太子はどこか苛だたしげに睨みつけた。クレマンスがそんな王太子をなだめるように、そっとその手を自身の両手で包み込むが、すげなく振り払われている。
「強情な。己の罪を認めないつもりか」
「クレマンスさまに害意を向けた者が本当にいるのだと仮定して。それをわたくしとしなければ国が立ち行かなくなるとおっしゃるのならば、喜んで汚名もかぶりましょう。ですが、何卒、このまま王国の安寧を祈らせてくださいませ」
「それほど神殿で祈り続けたいというのであれば、還俗して俺の側室になればいい」
「何を?」
「俺は寛大だからな。お前が自身の罪を認めて、俺に仕えるというのなら許してやろう。聖女でなくとも、王族の妻であれば神殿の最奥部で祈ることが許されている。お前にとって悪くない話ではないか。恋い焦がれた男の妻になり、今までと同じように祈りを捧げることもできるのだから」
(わたくしが、殿下に恋い焦がれたですって?)
事実とはかけ離れた言い分だが、これでも世界の守りを神から預かった王族の末裔である。彼らの行動を諌めることができるとするならば、それは恐らく創世神だけ。
小さく身を震わせるヒラリーの姿は哀れを誘いつつも、男性の嗜虐心をそそらずにはいられない何とも美しいものだった。
***
聖女ヒラリーは、大神官により見出された聖女である。出自不明の彼女のことを、大神官は「創世神により遣わされたまごうことなき聖なる乙女」と紹介したが、たいていの人間はそれを眉唾だと聞き流した。それどころか、彼女のことを大神官の娘なのではないかと勘繰る輩が続出する始末。
神殿は、神官も聖女も婚姻が許されていない。神に仕える存在である以上、生涯を独り身で通すこととなる。それゆえ、大神官が聖女のひとりを孕ませ、内密に産ませた子どもなのだと邪推された。そんな噂のせいでヒラリーの暮らしは、穏やかとは言いづらいものだった。それでも彼女は下を向くことなく、懸命に聖女としての役割を果たし続けてきたのだ。
身分の貴賎を問わず平等に接し、癒しの力は超一流。何より彼女を有名にしたのはその美貌である。あまりの美しさに月は恥じらい、花は閉じ、空を飛ぶ鳥さえ落ちてしまうと言われるほど。そんな彼女に、求心力を失いつつあった王族が目をつけないはずがなかった。
聖王国はこの世界の中心。神殿が各国にあることから、政治的にも無視できない力を持っていた。
しかし近年は、その影響力にも陰りが見え始めている。王家はその流れに抗うべく、王子や王女たちを聖女や神官の血筋と添い遂げさせたが、なかなか神の声を聞ける者、神の加護を持つ者は生まれてこなかった。
このままでは、聖王国の威信は保てても王族の重要性は低くなってしまうのではないか。それはここしばらくずっと危惧されていたこと。
その上最近では、先代の聖女の実家である公爵家の令嬢と婚約を結んでいた王太子が、勝手に婚約を破棄してしまい、下町で出会った平民の出であるクレマンスと結婚する始末。王家は安くはない慰謝料を公爵家に払い、クレマンスにささやかながら神力があったことを理由に聖女候補を妻にしたのだと喧伝した。だが、実際のところは多くの人々が真実を推察できるような有様だったのである。
新たな聖女としてヒラリーが王宮に顔を出すようになってから、王太子の関心は娶ったばかりの新妻ではなく、ヒラリーに移ってしまったようだった。人目もはばからずに口説いたものの、聖女であることを理由に逃げ続けるヒラリーに業を煮やしたらしい。今回半ば強引に王宮に呼び出されたあげく、突きつけられたのは、誰もが顔をしかめる何とも傲慢な要求だった。
(まさか、王太子殿下がここまでひとでなしであったなんて……)
聖王国の王族は神殿内の人事に口を出すことができるが、これほどまでの暴挙に及ぶとは神殿側も想定していなかった。王太子の暴走は、大神官の隙をついての出来事だったのである。
***
「クレマンスさまは、それでよろしいのですか」
「……私は殿下に従うまでです。私の望みは、これまでもこれからもずっと殿下とともにあることですから」
ヒラリーの問いかけに、クレマンスは強い眼差しでうなずいた。
クレマンスの返答に周囲がどよめく。結婚後三年経っても後継ぎができない場合に限り、ようやく認められるはずの側室。それを新婚早々、夫が新しい女を迎えようとしているのに、笑顔で受け入れる女がどこにいるというのか。
婚約者であった公爵令嬢を追い出し、ようやっと手に入れた妻の座なのだ。しかも聖女であるヒラリーが王族の子を産めば、後ろ盾のないクレマンスの子どもよりもよほど歓迎されるに違いない。
まさか、身分の差を超えた運命の恋とやらはやはり幻想で、下賤の娘が金と地位に目が眩んだ結果だったというのだろうか。豊かな生活が保障されるのであれば、夫の愛など必要ないとでも? そこかしこから、下衆の勘繰りが溢れ出す。
(……クレマンスさま、そういうことでしたのね)
ここから先の未来は、天国とは程遠い場所になる。それにもかかわらず平然と構えるクレマンスに、ヒラリーは逆に納得した。彼女は最初から覚悟を決めているらしい。
「そう怖い顔をするな。一夫一婦制を定めたのは、創世神が不器用だったからだろう。あるいは、創世神の恋人が狭量だったのかもしれないな。まあ、俺はちゃんとお前もクレマンスのことも平等に可愛がってやるさ」
(あなたが創世神さまを語るなんて!)
顔を引きつらせたヒラリーを前に、王太子は待ちかねたように自身の唇を舐めた。
(もうおしまいですわ。わたくしの頑張りは無に帰りました)
王太子が言い寄った場所が神殿であれば、護衛の神殿騎士たちが駆けつけただろう。しかしここは王宮。神殿騎士たちの出入りは制限され、なおかつ手練れの近衛兵で固められている。
焦るヒラリーの頬に、王太子が手を伸ばしたその時。
「っだああああああ」
静電気でも発生したのか、突然王太子が床の上でのたうち回り始めた。
「お前、一体俺に何をした?」
「わたくしは、何も」
「嘘をつけ。見ろ、俺の手が赤くただれているじゃないか。まさかお前、聖女というのは嘘で実は魔女なのではないだろうな。おい、お前たち、この女を捕まえて牢に入れろ。裸にして、隅々まで検分してやれ!」
(なんと見苦しい)
ヒラリーが顔を歪めるのとほぼ同時に、彼女を守るように淡い光が彼女を覆った。
「ヒラリー、賭けは僕の勝ちということでいいかな。それじゃあ、こんなゴミ溜めからおさらばして天に帰ろうか」
ヒラリーと王太子の間には、息を呑むほどに美しい男がひとり佇んでいた。
***
「勝負はまだ終わりではありませんわ。この国に意味があることを証明してみせますから」
「ヒラリー、この国……いやこの世界には君が慈しむほどの価値はないのだよ。わざわざそこのクズを更生させようだなんて、無駄な労力を割くのはやめなさい」
「いいえ、この国は、この世界は、素晴らしいものです。役に立たないものなどいないのです。この世界を壊してなかったことにするなど、そんなことは決して認められません」
突如始まったヒラリーと美青年の会話に、周囲は騒然となる。けれど、ふたりはお互いのことしか目に入らないらしい。だが、そこに割り込むお邪魔虫が一匹。
「ヒラリー、どういうことだ。神に捧げた身と言いながら、どこの馬の骨ともわからぬ男を囲っていたというのか。このアバズレが! それならなおのこと、けちけちせずに足を開いても……ぐっ、あああっ」
「人間に言葉を教えたのは間違いだったか? やはり全てを一度焼き尽くすべきかもしれんな」
見えない力で首を絞められているのか、宙に浮いた状態で顔を真っ青にさせる王太子。慌ててヒラリーが止めに入る。
「まあ、いけません。この世界に必要なお方ですのよ」
「このゴミが世界に必要だと? ヒラリー、下界にずっといたせいで目が悪くなったんじゃないのかい?」
「うわあっ!」
唐突に王太子は地面に放り投げられる。肩をすくめる美青年の足元で、王太子は息も絶え絶えにヒラリーにすがりついた。
「やはり、お前は俺のことを愛してくれていたのか。想いを秘めていたことにも気がつかず、追放などと言って悪かった」
「まったく、不思議なことをおっしゃいますのね」
見当はずれの言葉に、さすがのヒラリーも苦笑した。
「わたくしは、爪の先から髪の一筋に至るまで、すべて創世神さまのもの。それなのに、どうして殿下に恋い焦がれることになったのでしょうか」
「さっきお前が言ったんだろう。俺が必要だと」
「だって、害虫にも役割がありますもの。殿下、ご存知ありませんの?」
「害虫……?」
どんな時にも穏やかなヒラリーから出てきたとんでもない言葉に、王太子の顔色が変わった。ヒラリーはなんのてらいもなく続ける。
「蚊や蜘蛛、蟻や蚤のような生き物も、生態系という大きな目で見れば必要な存在です。世界という箱庭は、この国を中心に常に変わり続けます。賢王に導かれている際には、わたくしたちが予想もできないほどの速さで進歩を遂げ、愚王を戴いた際には驚くほどあっけなく壊れていく。けれどその儚さも含めてとても美しいのです。ねえフランさま、そうでしょう?」
「僕は、愛しいヒラリーさえいれば他には何も必要ないよ」
「……何を言っているんだ。それじゃあお前は、聖女として働いていたのではなく、蟻の巣の観察でもしていたようじゃないか」
ヒラリーが創世神の名を口にしたことにさえ、狼狽する王太子は気がつかない。その名を呼ぶことができるのは、創世神の永遠の恋人である聖なる乙女だけだというのに。
「まあ、大体似たようなものですわね」
「面白いことを言うね。ヒラリー、君にとってこの国が蟻の巣と同じだというのなら、どうして必死に世界の延命を望むんだ。巣を壊しても、蟻はまた再び巣を作るよ。こちらが困ってしまうくらい何度でもね」
「ここは、フランさまが創られた世界。この国に、世界に、意味などなかっただなんて言ってはなりません。それではまるで、わたくしのフランさまが間違いを犯したかのようではありませんか。フランさまがお創りになったものは、すべて美しく、尊いのです。害虫のようにしか見えない一見不気味で気色の悪い、意味不明な何かにも、きっと大切な役目があるのですわ。たとえば、国が腐敗しないように人々への教訓となる、だとか」
頬を染め、うっとりとフランを見上げるヒラリー。今さらながらに何が起きたのか、何を言われているのかを理解し、血の気を失った顔で王太子が崩れ落ちた。
「そんな……。だったら、わざわざ出自不明の聖女に化ける必要なんてないじゃないか。最初から教えてくれていたなら、こんな不敬な真似などしなかったというのに。騙された、俺は騙されただけなんだ」
「神力や加護がある方は、みなさん薄々勘づいていらっしゃいましたけれどね。残念ながら最初から蚊帳の外でしたのよ。今さら騙されたと言われてもわたくしも困りますわ、殿下」
「ヒラリー。そんな可愛らしい顔をあのようなゴミに見せてはいけない」
冷ややかな目を向けるヒラリーの顔を、フランが笑いながら自分の方に向きなおさせた。
「まあ、フランさま。このようなクズを庇うのですか? フランさまに庇われる価値が殿下にあるとは思えませんわ」
「せっかく僕と一緒にいるのに、君が僕以外を見ていることが寂しくてたまらないんだ。ヒラリー、そこの害虫よりも僕の相手をしておくれ」
先ほどまで創世神フランから聖王国と世界を守ろうとしていた聖女ヒラリーは、唐突に立場を入れ替えて王太子をこき下ろし始めた。しかし結局のところ、言っている内容はお互いにただの惚気でしかなかったため、無力な人間たちは静かに耐えることしかできなかったのである。神殿騎士からの連絡により、大慌てで王宮に駆けつけた大神官も間近に見える二柱の姿にへなへなと腰を抜かしたのだった。
***
「さて、可愛いヒラリー。この国を焼かない、世界を滅ぼさないと約束をすれば、一緒に天へ帰ってくれるのかい」
「もちろんですわ」
「じゃあ、このお馬鹿さんはどうするのかな。野放しにしておいていい人間ではないよ」
「その点については、心配いりませんわ。ねえ、クレマンスさま」
ヒラリーの言葉に、クレマンスは深々と頭を下げ続ける。創世神とその最愛を前にしてべらべらと好き勝手なことをのたまった王太子とは異なり、彼女は弁えるということを知っていたらしい。
「温情に感謝いたします」
「フランさま。クレマンスさまは、なんと殿下のことを心から愛していらっしゃるのですよ」
創世神の最愛は、地上では愛の女神と言われている。縮こまるクレマンスに、ヒラリーは優しく話しかけた。
「殿下は、王族としても問題が多いですが、平民になればさらにあなたの足を引っ張るやもしれません。それでも彼のことを邪魔に思わずに、支えることができますか?」
「私は、王太子殿下のことを心からお慕い申し上げております。私の身分では一時の興味本位でお側にいられるだけでも、ありがたいことでございました。たとえ平民になったとしても、殿下がつつがなく暮らしていけますように私が働きます。もともと平民として生きてきましたから、元の生活に戻るだけでございます」
「まあ、地位やお金がない殿下ですら愛せるとおっしゃるのね」
「はい。この命に代えましてもお守り申し上げます」
王太子が同じようなことを繰り返したなら、自分の命で落とし前をつける。そう告げたクレマンスに、ヒラリーが艶やかに微笑んだ。王宮の中だというのに、彼女の足元から花が咲き乱れ始める。
「なんて素敵なのでしょう! きっとクレマンスさまは、わたくしの知らない殿下の素晴らしい面をたくさんご存知ですのね。ああ、ぜひお伺いしたいですわ」
「おや、ヒラリーはこの子のことが気に入ってしまったんだね」
「はい。ですからどうぞお願いです。クレマンスさまと殿下が生涯に渡り、良き夫婦として過ごせるように加護を与えてくださいませ」
「君に暴言を吐いたカスに加護を?」
「ですが、クレマンスさまはわたくしとの約束に命を差し出してくださいましたもの。それでも足りないとおっしゃるのであれば、殿下の命も足せば多少水増しできませんこと?」
「クレマンス嬢はともかく、腐れ王太子の命なんて要らないのだけれど。まあ、君が望むのならば叶えてあげよう。クレマンス嬢と王太子はいついかなるときも、苦楽をともにすると」
「まあ、嬉しゅうございます」
加護という名の呪いは、創世神の稀なる祝福として王太子の悲鳴もろとも飲み込んでいった。
***
どこまでも青い空の下、ヒラリーとフランが下界を覗き込んでいた。
「ヒラリー、あの世界で聖女として働かなくてもういいのかい。この間まであくせく頑張っていただろう?」
「だってフランさまがあの世界は失敗ではないと認めてくださいましたもの。それならば、わたくしが働きかける必要はありませんわ。彼らの手に任せます」
なぜかついしばらく前までは、下界のことを口にするとフランの機嫌が非常に悪くなっていた。挙げ句の果てに失敗作だから、いっそ一度全部壊してからやり直そうなどと言い始める始末。完璧なフランが生み出したものたちを簡単に間違いだったと片付けてしまうことが悲しくて、ヒラリーはあの世界をどうにかすべく下界に降り立っていたのだ。その足掛かりとした聖王国で、あんなことになるとは思ってもみなかったのだけれど。
「僕があの世界を壊したかったのはね、ヒラリーが僕よりもあの世界のことばかり気にかけているからだよ」
「まあ、なんということ。わたくしこそ、フランさまがあの世界のことを気にかけていらっしゃるものですから、焼きもちを焼いておりましたの。でも愛するあなたの大切なものですから、わたくしも見守ることに決めたのです。それなのに今度はフランさまが、あの世界は無意味な失敗作だとおっしゃるようになってしまいましたから、びっくりしてしまって。わたくし頑張っておりましたのに」
まさかのすれ違いに、ヒラリーとフランは顔を見合わせ、どちらともなく笑い出した。
「まあ、見てくださいまし。クレマンス嬢と殿下、それなりに仲睦まじく暮らしていらっしゃるようで何よりですわ」
クレマンスは春をひさいででも夫を養っていくつもりであったようだが、そこまで落ちぶれずに済んだらしい。夫婦ともに土にまみれながら、懸命に荒れ地を耕している。
元王太子がそう簡単に改心するとは思っていなかったフランは、驚き感心したあと、あることに気がついた。
「おや、あれはまた懐かしい魔導具だな。あれはその昔、手を焼いていた一柱を躾けるのに使ったものだったか」
「わたくし、よくクレマンスさまとおしゃべりしておりますの。けれど、殿下がそのたびに邪魔をしてくるものですから困ってしまいまして。ちょうど良いものがあったと、殿下に差し上げたのです」
「そういえば、躾け直した一柱は何をしているのだったか」
「しっかりみんなのために働いておりますのよ。久しぶりに様子を見に行かれてみてはどうでしょう」
「いや、それには及ばん。それよりも君と甘い時間を過ごそう。たった数年など、瞬きをするようなものだと思っていたのに、君がいないと僕は寂しくてたまらなかった」
「まあ。わたくしも同じでございます」
いつの間にやらふたりのまわりは、見渡す限りの花畑。口づけを交わしたヒラリーとフランは、互いのためだけに花冠を編み始めた。
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