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八、ピースは揃った

「ああ、ハロルドもう来てたんだ~」


 アレックスに連れられたフィンリーとローガンが王太子の私室に入ると、そこにはすでに一人の男性がソファに腰かけていた。


「私は表むき式典には参加していませんので。色々()()して、先に引き上げてきました」


 ハロルド、と呼ばれたその男性は、銀の髪に理知的な眼鏡をかけている。服装からして、文官のようだが。


「ふふ、その()()()()を後で教えて。フィンリー、彼はハロルド・ウォレス。ウォレス侯爵家の長男で……」


「”能無し宰相”の息子ですよ」


 アレックスの言葉を引き継ぐ形で、ハロルド自身が眼鏡のブリッジを押し上げながら苦笑して言った。

 一見すると整いすぎた容姿が冷たささえ感じさせるが、案外そんなこともないのかもしれないとフィンリーは思った。


「自分で言っちゃう? まぁ、とりあえずウォレス宰相にはそういう役回りをしてもらってるけど」


 はは、と笑うアレックスとハロルドを、フィンリーは眼を丸くして交互に見る。

 一体、目の前で何が繰り広げられているんだろう。結構重要なことを御二方は話しているような……。


「失礼しまーす! あ、もうみんな集まってた!」


 さらにノックと同時にそんな声がして扉が開き、もう一人別の男性が入って来た。


「オリバー、首尾はどうだ?」


 ハロルドが入って来た青年に声をかける。その青年はぴょんぴょん跳ねた赤い髪が印象的な、快活そうな青年だった。


「いや~、今日は商売チャンスだからね! うちの商会の新製品ばっちりアピールしてきた! 

やっぱりロメール国のものにはご婦人方も飛びついてくれるね」


 商売? 商会? また毛色の違った青年の登場にフィンリーが驚いていると、今度はローガンがフィンリーに説明してくれる。


「オリバー・ジョンストン。ジョンストン伯爵の次男だ。ジョンストン家は王都で手広く商売をしていて……特に異国との交易に長けているんだ。

オリバー自身も自ら外国に赴いて様々な品を買い付けてくる……。もっとも、オリバーの仕事はそれだけではないみたいだが」


 ローガンの言葉にオリバーと呼ばれた青年はウインクして見せた。


「お褒めに預かり光栄だよ、ローガン・ダドリー近衛騎士……あ、もうアレックス様の専属騎士になったんだっけ。

で? その子が辺境伯家の? なるほど、これでピースが揃いましたねアレックス様」


 

 ピース?

 揃う?

 まったく話に付いていけないフィンリーがアレックスを困惑した表情で見ると、アレックスはくすりと笑って皆の前にフィンリーを立たせた。


「改めてみんなに紹介しよう。この子はフィンリー・シンクレア。シンクレア辺境伯家の双子の片割れ。さっき、僕の侍従になったばっかりだから、みんな優しくしてあげてね?」


 王太子殿下のアレックス。

 近衛騎士で王太子専属騎士のローガン。

 宰相の長男のハロルド。

 伯爵家の次男で異国の事情にも通じるオリバー。


 そして。


 辺境伯家の『嫡男』であるフィンリー。


 この顔ぶれが、今日成人を迎えた王太子の個人的な私室に集まっていることが何を意味するのか。


(……え、というかこのメンツって……だいたいいつもの『運命』で揃っちゃうアレでは……?)


 背筋に冷たいものを感じながらフィンリーは顔を強張らせた。

 例の『逆ざまぁ』の断罪劇で、ヒロインを取り囲むのは大方今ここに集まっているような肩書の男性たちだった。


(何で⁉ 何で一気に「はい、逆ざまぁメンバーコンプリートー!」ってことになっちゃうの⁉)


 絶対に近づかないと決めた場所に、人々に。

 フィンリーはいつの間にかこんなにも近づいていたのだった。


(やっぱり『運命』には逆らえないってこと?)


 足掻いても、足掻いても。

 結局はこの場所に来てしまう運命なのか。


(いえ、でも……今の私は、『男』だ。ふわふわピンク頭の『ヒロイン』じゃない!)


 そう、それだけが今世で絶対的に違う点だ。ローガンには知られているとは言え、今のフィンリーは辺境伯の『息子』。決していつもの『ヒロイン』ではない。

 だとすれば、この”王太子の侍従”という『ポジション』をフィンリーは絶対に守らなければ。

 王太子やその周りの貴公子たちがもてはやす、絶対愛されヒロインにだけはならない。

 ――今後は絶対に、『女』だとバレてはならない。



「そうだね……これで僕が欲しい『ピース』が揃ったってことになるのかな。早ければ明日にでも、僕の婚約者が発表されるだろうから」


 ゆったりとソファに腰かけ、組み合わせた手の上に顎を載せたアレックスが言った。

 ハッとフィンリーは我に返る。アレックスの口調は、それまでのようなのんびりとしたどこか軽薄なものとは違っていた。


「やはり婚約者は”彼女”に決まりですか」


 ハロルドがため息を吐きながら言った。


「あー、もうパーティー会場でもすっかり王太子妃気取りだったよ、”彼女”。一応まだ秘密のはずなんだけどねー」


 オリバーも軽く肩をすくめて言う。

 二人の言葉を聞いて苦々しい表情のローガンの袖をフィンリーは引いた。


「ローガン様、その……そんなに有名な方なんですか? 殿下の婚約者に決まっているという方は」


 辺境伯領から出てきたばかりのフィンリーは、王都の貴族たちのことは全くといっていいほど知らない。今目の前に揃っているメンバーだけでも畏れ多いと感じてしまうのに。


「……ああ、まぁ……有名、と言えば有名、かな」


 ローガンにしては珍しく歯切れの悪い言い方だ。


「フィンリー、ローガンはね、”彼女”のことが苦手なんだよ」


 フィンリーを手招きして自分の隣に座らせたアレックスは、からかうように言った。


「”彼女”が得意な人間もあまりいないでしょう。何しろ”彼女”は”魔女”の娘だ」


 ハロルドの言葉にフィンリーは首を傾げる。


「魔女?」


 そう言えば先ほど、アレックスはこの王城のことを『魔王の治める城』と言っていたが。

 ”魔女”というのはそれと関係があるのだろうか。


「王都に来たばかりでこの王城のことも知らないフィンリーにも、色々知ってもらわなくちゃいけないね。

ただし。色々知ってしまうと、フィンリーはここから逃げられなくなっちゃうけど、いい?」


 えっ、とフィンリーは腰を浮かした。

 正直嫌だ。

 今すぐ辺境伯領に戻りたいくらいなのに。

 これ以上何か政治的な話に関わるのは遠慮したい。


「ふふ。もう逃がすつもりもないんだけどね? フィンリーごめんね、諦めて?

今この時期に、辺境伯家の君が一人でここに来て僕の侍従になった。それはある意味『運命』だからね。

――君はもう逃げられないんだ」


 アレックスはフィンリーの腕を掴んでソファに座らせ直す。

 強張った顔を周りに向ければ、ローガンもハロルドもオリバーも、真剣な表情をしていた。


「王太子殿下……」


「アレックス、でいいよ。ここではね。

君は言ってみれば『人質』としてここに来たんだろう。でも、君をただの『人質』なんかにしておくつもりは僕にはないよ。

僕たちに協力してほしい。その代わり、事が成ったら必ず君を帰すと約束するから」


 覚悟を決めなければならないらしい。

 逡巡の後フィンリーが小さく頷くと、ほっとしたようにアレックスは話し始めた。


 なぜここが『魔王』の治める城なのか。

 『魔女』とは誰のことなのかを。



◇◆◇



 

「僕の婚約者に決まった……()()()()()()のは、イザベラ・マクリーン男爵令嬢。

はは、出来レースならもっと高位の貴族家の令嬢だと思うだろう?」


 フィンリーは確かに、と頷いた。

 これまでの前世の中でも、王太子の婚約者と言えば侯爵令嬢やら公爵令嬢やら……他国の王女だったことも一度あったか。とにかく、高位貴族の令嬢だったはず。

 男爵令嬢なのは、どちらかと言えば『ヒロイン』であった自分の方だった。


「彼女はね、ある意味最強なんだよ、この国の令嬢たちの中では。何せ彼女の母親は魔女……マクリーン男爵の未亡人で、国王陛下の公然の愛人だからね」


 またしても驚愕の事実にを知らされてフィンリーは眼を丸くする。


「えぇ⁉ では、イザベラ様はアレックス様にとっては……」


 母親が国王の愛人だというのなら、異母妹、ということになってしまうのだろうか。

 さすがにそれはまずいのでは……とおそるおそるアレックスを見上げると、アレックスは苦笑していた。


「ああ、違う違う。イザベラ嬢と僕に血のつながりは全くないよ。エレノア・マクリーンはイザベラ嬢を産み、夫と死別した後で父上と知り合ったことになっている。

まぁ、もしもその前からの恋人だったとしても僕より年下のイザベラ嬢は絶対に父上の子じゃないんだ。

父上……現国王陛下の実子はこの世にただ一人、僕だけ。

なぜなら、王妃であった母上に僕が宿っている時に父上は病を得て、それ以降子を成せなくなった。まぁ言ってみれば子種がなくなったってことだね」


 あっけらかんとアレックスは言うが、それ結構重大機密では……とフィンリーは思った。


「そんなわけで、母上にも、他の側妃たちにも僕以外の子はいないんだ。嫌になっちゃうよね~! 他にも兄弟がいればこんな厄介な立場すぐにでも放り出すのにさぁ!」


 アレックスは肩を竦める。


「僕は絶対に『王太子』になるしかなかった。でもねぇ、君も知っている通り父上は猜疑心の塊のような人で。息子とは言え『王太子』が有能すぎても絶対に潰される。

あの人は自分しか信じていないから。

だから僕は、軽薄でちゃらんぽらんで阿呆な王太子でいることにした。あの人にとって『取るに足りない』存在であるためにね」


 ふっとアレックスが真顔に戻った。

 それまで見ていた『気さくでどこか軽薄な』表情はそう見せていただけなのだと分かる。

 苦悩と使命感に満ちた、それが本来の彼の持つ表情なのだとフィンリーは知る。


「婚約者の選定をするなんて言って国中の貴族の令嬢を集めておきながら、自分の愛人の娘を僕に宛がうことは決まっていた。

これで娘が王太子妃になればマクリーン夫人の地位は上がり、さらに彼女が権力を持つことになるだろう。正式な王妃である、僕の母上よりも。

そしてこの国はどんどん腐っていく。猜疑心が強く臣下を信じない、愛人の言うなりの国王と、奢侈を好み権力を欲する魔女の元ではね。

――僕はこの国の王太子として、それを止めなくちゃいけない」


 アレックスはフィンリーの手を強く握りしめた。


「そのために、こうして僕の力になってくれる者たちを集めたんだ。

”能無し宰相”と呼ばれながらその実、国を憂えて奔走しているウォレス宰相の息子で有能な官吏であるハロルド。

近衛騎士団長の息子で、王都騎士団での人望もあり武勇に優れたダドリー侯爵の嫡男、ローガン。

交易を通じて外国の事情に明るく、この国の金の流れについても把握しているオリバー。

……そして、シンクレア辺境伯家の子息で、辺境伯領に詳しい君、フィンリー。


君たちに改めてお願いする。どうか僕を……この国の未来を救って欲しい」


 そう言うとアレックスは頭を下げた。

 王太子にそんな真似をさせてはと、四人が焦る。


「アレックス様、顔を上げてください! 私たちとて思いは同じ。王太子殿下に忠誠をお誓いし、御身がこの国の王位に就かれるためならばこの命を懸けましょう」


 ハロルドが言うと、他の三人も揃って頷いた。

 アレックスは顔を上げ、ほっとしたように微笑む。


「ありがとう。まずはこの王宮で味方を増やすことから始めなければね。

……明日からは、イザベラ嬢が妃教育と称してここに乗り込んでくることだろう。何せ”魔女”の娘だからね……おそらく一筋縄ではいかないだろう。

フィンリー、よろしく頼むね」


 不意にふられたフィンリーは怪訝な顔をした。


「え? は? なぜ僕が……?」


 言うなればイザベラは『悪役令嬢』というポジションになるのだろう。ならば、今は一応『男』であるが『ヒロイン』でもあるフィンリーが一番避けなければいけない相手ではないか。


「だって君、僕の侍従でしょ? 身の回りの世話とか客人対応とか、そういうの全部君の仕事だからね?」


 何でもないことのように言ってにっこりと笑うアレックスにフィンリーは茫然とした。


「えー……いやいや無理ですっていうかそんな魔女の娘の相手とか絶対嫌……」


 立ち上がりあとずさりしようとしたフィンリーの肩を、アレックスががっしりと掴む。


「た の む ね フィ ン リ ー」


(誰か助けて!)


 涙目で周りを見回してみたけれど。

 どうやら魔女の娘が苦手なのは皆同じらしく、さりげなく視線をそらされる。


(ひどい! みんな裏切者!)


 楽しそうにアレックスが笑う声が響く室内で。

 フィンリーは一人絶望に陥るのだった。


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