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七、ようこそ魔王城へ

 果たして三日後。いよいよ王太子殿下の成人の儀当日となった。

 祝儀の口上を述べる予定のフィンリーも貴族の令息としての正装をし、緊張で強張った顔を鏡に映している。

 装いだけ見れば貴族の令息に見えるが、やはりせいぜいは『貴族の坊ちゃん』程度だ。辺境伯の名を負って口上を述べるには頼りなさすぎる。


「フィンリー、用意はできたかい? 

お……うん、かわ……えーと、凛々しい!」


 フィンリーの部屋に入って来たローガンは近衛騎士の正装をしていた。白い騎士服が目にも眩しい。

 『凛々しい』というのはローガンにこそ相応しい言葉だろうとフィンリーは苦笑した。


「無理しなくていいですよ、ローガン様。頑張って正装しても、私……僕じゃ子供にしか見えないってことわかっていますから。

せめて侮られたくはないんですが……」


 きゅっと唇を噛むフィンリーの肩にローガンは手を置いた。


「俺は今日、ずっと君の傍についているから。決して誰にも君を侮らせはしない。堂々と胸を張って行こう」

 

 その手のぬくもりに、ほっと肩の力が抜けたような気がして。

 フィンリーは鏡の中のローガンに向かって微笑んだ。


「はい! よろしくお願いします、ローガン様」


 二人を乗せた馬車はほどなくして王城へ向けて出発した。



†⁑†⁑†⁑


 

 初めて訪れた王城は、華やかさに満ちていた。

 色とりどりに着飾った令嬢や婦人たち。威厳に満ちた貴族の紳士や騎士たち。まるで、先日の公園で見た花壇のようだとフィンリーは思った。


「今日は国中から貴族やその夫人、令嬢が集まって来ているからな。――集められた、ともいうが」


 小さな声で隣のローガンが呟く。


「……僕みたいに、ですか」


 フィンリーはふっと皮肉気に唇を歪ませた。

 今日は貴族たちの『忠誠心』が試される日なのだろう。年ごろの令嬢がいる貴族は『王太子妃候補』として娘を参加させる。

 だが、令嬢のいない家はどうするのだろう。ざっと見たところ、フィンリーのような『令息』が参加しているところは他にいないようだった。


「大抵の貴族は今王都にいて監視の目も行き届くからね。……かの方が警戒しているのは辺境伯お一人。だから君にはどうしてもここに来てもらわなければならなかった」


 フィンリーの内心を読んだかのようにローガンが答えた。


(そっか。『人質』が必要なのはうちだけなのね。

 ……だとすれば……私はやっぱり、当分は帰れない)


 王都に着いてから……いや、その少し前からフィンリーも気付き始めていた。

 一旦王都に入り、辺境伯家の子息と周囲に知られてしまえば――フィンリーは『人質』として王都を離れることは許されなくなるのではないかと。

 父や兄には「祝儀の口上を述べたらさっさと帰ってくる」なんて嘯いたが、多分二人とも分かっていた。フィンリーが行けば、しばらくは王都に留め置かれるだろうということは。

 だからこそクインも無理をしてフィンリーの後を追っている。王都に着いたら、彼がフィンリーに成り代わるために。


「すまない、フィンリー。その……言えなくて」


 ローガンがすまなそうに頭を下げた。

 旅の途中、ローガンが何度かフィンリーに何か言いたそうにしていることにもフィンリーは気付いていた。


「いいんですよ。やっぱり、『おめでとうございます! じゃあ帰ります!』ってワケにはいかないですよねぇ。

ローガン様には王都見物にも連れて行っていただきましたし、十分です」


 到着後すぐにローガンに王都見物をねだったのも、すぐに帰るからではない。

 成人の儀が終わってからでは、自由に動けなくなるだろうとフィンリーも察していたからだ。


「今日が終わったら、出来るだけタウンハウスでおとなしくしています。そのうちクインも来るでしょうし……。

とにかく、『秘密』が漏れないように頑張ります」


 そう決意を新たにするフィンリーの髪をローガンの指がさらりと梳く。


「……そうだな、俺も協力するから。さあ、まずは王太子殿下へご挨拶しようか」


 国王と王太子へ挨拶をするための列に並ぶよう促しながら、ローガンはフィンリーの手を取った。

 ――さながら、騎士が令嬢をエスコートする時のように。



◇◆◇



「い、いよいよですね」


 フィンリーの順番は次に迫っていた。フィンリーは口の中でぶつぶつと口上のおさらいをする。

(シンクレア辺境伯が一男、フィンリー・シンクレアが国王陛下並びに王太子殿下にお祝いを申し上げ……あれ、ご挨拶申し上げ? 

 やっぱり紙に書いて隠し持ってくるべきだった……っ)


「よし、フィンリー行くよ。……落ち着いて、ね」


 ローガンに促され、フィンリーは緊張して一歩を踏み出す。

 深紅の絨毯の先に、その二人はいた。

 威厳に満ちた初老の男性――国王陛下と。

 その隣に佇む、にこやかな明るい金の髪の――――。


「へっ⁉」


 思わず小声が漏れて慌ててフィンリーは手で口を押えた。


 なぜ彼がここに?


 数日前の公園でフィンリーを助けてくれた美青年――アレックスが、そこにいた。


 フィンリーは隣のローガンをばっと見上げる。ローガンは申し訳なさそうな顔で視線だけで謝ってきた。


(確かに! 上司のような方っていうか上司そのものだけど! 言ってくれれば!)


 焦るフィンリーだったが、国王陛下と王太子殿下の御前であることもまた思い出し、慌てて礼を取った。


「シンクレア辺境伯が一男、フィンリー・シンクレアでございます。国王陛下並びに王太子殿下にお祝いを申し上げ……」


「なぜ其方がここにいる。シンクレア辺境伯家は男女の双子と聞いた。辺境伯は娘を王太子の婚約者に出すつもりはないということか」


 低い声で国王がフィンリーの言葉を遮る。険しい視線がフィンリーを射抜いた。


「も、申し訳ございません! 妹は体が弱く、今日までにこちらに来ることが叶いませんので、私が代わりに――」


「男では妃候補にはなれまい。娘がいながら出さぬとは、辺境伯は儂を軽んじているのだな」


 フィンリーは顔を上げ、強く首を振った。


「決して! 我が父が陛下を軽んずるなどそのようなことは決してございません! ただ妹の体が弱い故に……」


「ふん。瀕死でもなんでもとにかく寄越せばよいものを」


 嘲笑するかのごとく王が吐き捨てる。さすがにその言葉はフィンリーにとって許せないものだった。


(なんですって……! クインが死んでも構わないっていうの⁉)


 怒りのあまりフィンリーが声を上げようとした、その時だった。



「いいじゃないですか、父上。令嬢が来られないって言うなら、この子を僕の侍従にしたいなぁ。こんなに可愛い子だし。ねえ、いいでしょう?」


 ふんわりと。

 国王とフィンリーの間に入るようにして言ったのは、王太子アレックス殿下、その人で。


「侍従に、だと?」


「ええ。僕の近くで使います。それなら構わないでしょう。ついでに、ローガンも僕の専属騎士にください。

それで十分、()()()()()()()()()()()


 フィンリーを、王太子のすぐ傍に仕える侍従に。

 それは『人質』として留め置くには十分すぎる場所だった。


「ふむ……では王宮に置くということだな」


「もちろん、僕の侍従とするのですから、いついかなる時も傍に置いておきます。フィンリー、君もいいよね?」


 にっこりと。

 誰をも魅了する笑顔で、アレックスはフィンリーに確認という名の決定事項を告げる。

 この状況ではそれを断ることなどとても出来なかった。


「は、はい。身に余る仰せ、ありがたく……っ」


 アレックスはフィンリーを助けてくれたのだった。あのままではフィンリーが……シンクレア辺境伯家が王の不興を買うことは必至だったから。

 

「ではそのようにせよ。……フィンリーと言ったか、父に伝えておくのだな。儂は裏切りを決して許さぬと。今回は貸しにしておいてやるが必ず返せ、とな。下がれ」


 それきり王はフィンリーに興味を無くしたように顔を背けた。

 フィンリーはローガンに腕を取られたまま、半ば茫然として王と王太子の御前から下がる。



(どういうこと? アレックス様が王太子殿下で、私が侍従に⁉ え、ちょっと待って展開が早すぎて理解が追い付かない!)


「……大丈夫か、フィンリー」


 人目につかないところまで下がると、心配そうにローガンが声をかけてくる。


「だ、大丈夫じゃないですよローガン様! アレックス様は王太子殿下だったんですか! ていうかローガン様も専属騎士ってどういうこと⁉ 

私はこのまま王宮にいることになるんです⁉」


 混乱するフィンリーを落ち着かせようとローガンが腕を強く握った時だった。


「ごめんねぇ、フィンリー。あの時は一応『お忍び』ってやつだったから、ローガンも気をつかってくれたみたい。

はい、僕が王太子のアレックスでーす。これからよろしくね? 僕の可愛い侍従さん」


 ローガンからフィンリーを奪い取るように、その手を掴む。その有無を言わせない強さは、『王太子』としての力を見せつけるもので。


(ああ……こんなにも早く、近づいてしまった。『王太子』様に)


 前世の……そのまた前々……前世の記憶までもが蘇る。

 あの断罪劇の中、つねに『ヒロイン』の傍にいた存在。

 彼女に執着し、婚約者を蔑ろにして結局逆ざまぁされることになる『王太子』。


 今世では徹底的に避けようとしていたその相手の……『侍従』にされてしまうなんて。


「ローガンもよろしく。何か勢いで君を専属にもらうって言っちゃったから、まぁ諦めて。僕、君も欲しかったんだよね」


 ふふ、と笑うとアレックスはフィンリーの手を取ったまま歩き出した。


「殿下! フィンリーをどこに……! 挨拶はまだ続いているようですが⁉」


「決まってるでしょ、例の僕の私室。あと、フィンリーの部屋も用意してあげなきゃだし。ローガンも一緒に来てよ。今後のこと色々打ち合わせたいからね。

ああ、挨拶はおしまい。令嬢たちには全員会ったし……それに、婚約者ならもう決まってるんだ」


 え、とフィンリーとローガンの声が重なる。今、アレックスはさらりととんでもないことを言わなかったか。

 今日は婚約者の選定のための顔見せではないのか。ここから婚約者選びが始まるものだと思っていたのに。


「出来レースってやつ。まぁ、そのことも含めて色々話したいからさ。

フィンリー、歓迎するよ。ようこそ、魔王の治める王城へ」


 アレックスは笑っているが、目は笑っていない。

 魔王とは? 国王陛下のことだろうか。


 自分がとんでもない場所に来てしまったことを今更ながらに思い知らされつつ、フィンリーとローガンはアレックスに従うしかなかったのだった。

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