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六、王都にて

「さあ……ここが、我がアリオット王国の王都、レグルスだ。

ひとまず君を、俺の……ダドリー侯爵家へ連れて行こうと思う。シンクレア辺境伯家のタウンハウスの準備が整うまでそうするようにと、君の父君にも言われているからね」


 アルデバラを出て実に八日目の夜。心身ともに疲れ果てたフィンリーは、ローガンの言葉にありがたく頷いた。

 初めて訪れる王都で、立ち入ったことのないタウンハウス、見知らぬ使用人たちに囲まれる気力が今のフィンリーにはなかった。

 それならば、ここまで旅を共にし、フィンリーの『秘密』を知る唯一人の人――ローガンの世話になる方が気持ちとしても楽だった。


「ありがとうございます、ローガン様。お言葉に甘えさせてください」


 ぺこりと頭を下げたフィンリーの髪をローガンが優しく撫でながら小声で訊いた。


「……『令息』ということで周りにも徹底するから。あ、侍女を付けた方がいいのかな」


フィンリーは慌てて首を振った。


「いえ! 私……僕は、何でも自分で出来るようにしていましたから。着るものもこれですし、助けが必要なこともありません」


「そうか。何か必要なものがあればいつでも声をかけてくれ。君は我が家の大切な客人だからね。不自由なく過ごせるようにしたい」


 そう言うローガンの瞳は優しくて、この人は信用出来るとフィンリーは改めて思う。



 馬車はほどなくしてダドリー侯爵家に到着し、遅い時間ながらフィンリーは温かくそこに迎え入れられたのだった。



†⁑†⁑†⁑



「ローガン様! 王都を案内してください!」


 そして翌朝。朝食の席に着くなりきらきらした目でそう言ったフィンリーに、ローガンは飲んでいた茶を吹き出すところだった。


「……フィンリー君? 長旅で疲れているだろうから、今日は一日ゆっくりするように、と昨夜伝えなかったかな?」


「一晩ゆっくり寝たら元気になりました! だって、成人の儀はもう三日後なんですよね? 終わったらすぐに帰るつもりだし、今のうちに王都をよく見ておきたいんですよ!」


 屈強な騎士であるローガンでさえ辺境伯領への往復はなかなかに堪えたというのに。

 フィンリーは本当に『令嬢』なのか? と思いかけてローガンはしっかり見てしまったフィンリーの裸を思い出し、勝手に赤面してしまう。


「ローガン様?」


「~~~~分かった。分かったから少し待ってくれ。今日は俺も休暇を貰っているから君が行きたいところに案内する。だが、本当に休まなくて平気なのかい?」


 フィンリーは小首を傾げてローガンを見上げてくる。その角度が壊滅的に可愛らしくて、ローガンは心臓を押さえた。


(可愛すぎるだろう! その顔! 仕草! 男の子として見られるわけがない……っ)


「全然、平気ですけど? 強いて言うなら馬車に揺られ続けてお尻が痛いくらいかな。

あれ、ローガン様の方がお顔が赤いですよ? もしかしてお熱でも? それなら、僕一人で……」


「いや! 一人でうろつくなんてダメだ! 王都は危険な場所がたくさんあるからね。俺なら大丈夫、ちょっと……その、逆上せただけだから」


 逆上せた原因は目の前の君だと言えるわけもなく、ローガンはこほんと咳ばらいをした。


(これは……この先が思いやられるな) 


 向かいの席に着いたフィンリーは、そんなローガンの気も知らず、並べられた豪華な朝食に目を輝かせている。

 すっかり冷めてしまったカップのお茶を飲み干しながら、ローガンはまた一つため息を零すのだった。



†⁑†⁑†⁑




「ローガン様! あれは? あれは何を売っているんです?」

「あっ、あの人たちが食べているのは何でしょう? 見たことがない食べ物です!」

「うわぁ……っ! 公園、ですか? 広い……!」


 王都見物に出たフィンリーは、はしゃぐ子供そのものだった。

 きょろきょろとあちこちを見まわし、興味を持ったものすべてを質問してくる。


「少し落ち着きなさい。ほら、この公園で休憩しよう。あの人たちが食べているのは……ああ、最近王都で流行り始めた菓子だよ。果実に甘い飴を絡めて串に刺しているんだ。食べてみるかい?」

「はい! ぜひ……っ!」


 宝石のような翡翠の瞳を煌めかせて。陽に輝く髪は鬘のプラチナブロンドだが、ローガンはフィンリー本来の髪色である、あのストリベリーブロンドの髪を陽の下で見てみたいと思った。


「じゃあ買ってくるから、ここでおとなしくしていること。勝手に動き回ってはいけないよ、いいね?」

「了解です、騎士殿!」


 突然敬礼、の格好をしたフィンリーはやはり浮かれている。口元がにまにまと緩んでいるのだ。


(まったく……可愛いな)


 ローガンは苦笑しながら、フィンリーに合わせるように指先をこめかみの横に軽く当てて『敬礼』を返した。



 ローガンが屋台に向かっていく後姿を見送りながら、フィンリーは広い公園を見渡した。

 中央には大きな噴水があり、色とりどりの花も幾何学的な模様に見えるよう花壇に植えられている。さすがに王都の公園、管理が行き届いているなぁとフィンリーは感心した。

 辺境のアルデバラにはこのような公園はない。噴水に贅沢に水を使うことも出来ないし、咲く花の種類も限られている。

 けれど。

 アルデバラにはここにはない温かみがあったような気がする。

 行き交う人も、たいていは顔見知りで、フィンリーを見れば親し気に声をかけてくれたものだ。

 

(やだ……もう、アルデバラが恋しいなんて)


  花壇の花を見ながらぼんやりとフィンリーは故郷を思い出していた。中でも真っ先に浮かんでくるのはやはりクインで。



『……分かった。じゃあお父様に頼んで、僕もフィリの後を追うようにする。休みながらゆっくり行くなら多分大丈夫だよ。

だから、僕が王都に行くまでフィリ、絶対に無茶をしないって誓える?』



 多分クインは本気でこちらに向かう気だ。もうあちらを発っているかもしれない。クインの体のことを考えれば、フィンリーたちの倍以上の日数はかかるだろう。

 

(ごめん、クイン。無茶……はしてないけど、もう秘密がバレちゃった)


 まさかこんなに早く露呈してしまうとは。フィンリーはあの夜のことを思い出して頭を抱えた。

 全部見られた。ローガンに。

 自分を凝視して固まっていたローガンを思い出すとフィンリーは赤面してしまう。


(でも……バレたのがローガン様で、よかったかも)


 ローガンは約束通り、フィンリーの秘密を洩らさないどころか彼女を『少年』として扱い、守り通そうとしてくれている。誰も知る人のいない王都に来て、味方が一人でもいるということがどれだけ心強いか。

 今日も、自分だって疲れているだろうにフィンリーのわがままに付き合ってくれている。


(本当にいい人なんだよね、ローガン様)


 最初に感じた堅物一辺倒というわけでもなく。

 鍛えられた体躯に整った容貌は女性の心を騒がせるようで、今日も何度かすれ違う女性たちが顔を赤くしてローガンについて噂し合っているような場面を何度も見たが、ローガン自身はまったく気にもせず、軽薄なところもない。


(近衛騎士のローガン・ダドリー様……)


 これまでの『運命』ならば。

 彼もまた、避けなければならない対象である。

 確か今までも『ヒロイン』を取り巻く男性たちの中にいたはずだ――”騎士団長の息子”は。


(でも、ローガン様は……何か、違う気がする……のよね)


 『ヒロイン』であった自分を無条件にちやほやして妄信していたような彼らとは。


(とにかく、これからはいっそう気をつけなくちゃ)


 そう、フィンリーが決意を新たに顔を上げた瞬間だった。



「うわっ!」


 ドン、と突き飛ばされてフィンリーはその場にしりもちをついた。


「あぁ? こんなところでフラフラしているなよガキが。俺の服が汚れただろうが」


 見上げれば、派手な服を着た若い男の一団がフィンリーを見下ろしていた。


「おおかた、儀式見物に来た田舎者だろ? おい、俺の服を汚した迷惑料払えよ」


 どう見ても男の服に汚れはついていない。言いがかりだった。フィンリーの服装が都の貴族らしくなかったのでいちゃもんをつけて金をとろうというのか。


(……クズ貴族が)


 フィンリーは立ち上がって男たちを睨みつける。


「なんだその生意気な目は! 俺はマーティン伯爵家の者だぞ!」


「へー、わざわざこんなみっともない言いがかりをつけてくクズだって名乗ってくれるんですね、マーティン伯爵家の方は」


 フィンリーが挑発的に言うと、目の前の派手服男は真っ赤になった。


「お前……っ! 誰に向かって……っ」


「え? だから、わざとぶつかって転ばせた挙句迷惑料とか巻き上げようとしているクズのマーティン伯爵家の方ですよね?」


 あえて家名を大きな声で連呼する。騒ぎに集まってきた野次馬たちも、男を見てひそひそと言い合い、くすくすと笑いあっているのが分かる。


「田舎者が俺を侮辱しやがって……!」


 男はそんな周りの反応にも煽られたのか、真っ赤な顔で拳を振り上げた。面倒なことになったなと思いながらフィンリーが避けようと(なんなら殴り返してやろうと)構えた時だった。



「うわ~、こんな子供に言いがかりをつけた上に暴力振るおうとしている~! 

えーと、君は確かウィリアム・マーティン君だね。マーティン伯爵家の次男坊で、士官学校をクビになった後やさぐれて派手でダッサイ服を着てこうして王都をうろつきながらカツアゲしまくっている、ウィリアム・マーティン君だ!」


 男の手を振り払ってフィンリーを庇うように誰かがフィンリーの前に立つ。

 フィンリーに増して大きな声でそう言い放ったのは、明るい金髪を一つに結んだ蒼い瞳の青年。


(綺麗な人……)


 フィンリーが息を吞んでそう思ったように、彼は非常に美しかった。洗練された服を纏い、からかうような表情をクズ男に向けている。


「なっ、おまっ、なんっ」


 クズ男のウィリアムは今度は蒼白な顔でその美青年を指さしてはくはくと口を動かしている。


「全部事実だから反論も出来ないねぇ? あのさ、一応君もまだ貴族の端くれなんだよね? 自分でそう名乗っていたもんね?

こんな目立つ場所で、この国の貴族がこんなにクズだって喧伝されちゃうと、本当に迷惑なんだよねぇ」


 にっこり、と。

 美青年は迫力のある笑顔で言った。


「もっとも、もうすぐ貴族でいられなくなるかもだけど。とにかく、君たちがここにいると美しい公園が台無しだから。早くどこかに行ってくれる?」


 美青年は公園の出口を指して、シッシッと追い払うように手を振ると、ひと際凄みのある笑顔を男たちに向けた。

 周りの取り巻きたちが、腰が抜けたようなクズ男を引きずるようにして公園を出て行くのを、美青年は「あはは、腰抜けちゃってる~」と朗らかに笑った。



「あ、あの……。ありがとうございました」


 フィンリーが遠慮がちに声をかけると、美青年は振り返る。


「うん、怪我はない? 君もね、気を付けた方がいいよ。ああいうの下手に挑発するとホント何するかわからないから。逆にあっちに怪我でもさせちゃうと今度は『訴えてやる!』とか騒ぎ出すからね。

目を付けられたのは災難だけど、ああいう時は逃げる一択。ていうか、君一人? 護衛は?」


 名前も知らない美青年に滾々と諭されていたその時。


「フィンリー! すまない、遅くなった……! 何かあったのか?」


 両手に果物の飴を持って戻って来たローガンは、人々に遠巻きにされているフィンリーと彼女の前に立つ美青年を見てびくりと足を止める。


「フィンリー……と、アレックス……殿⁉」


 どうやらローガンはその美青年を知っているらしい。


「やあ、ローガン。なんだ、この子は君の連れだったのか」


そうアレックスと呼ばれた美青年は言って、気安そうにローガンの肩をたたく。


「え、ええ。こちらはシンクレア辺境伯のご子息で……フィンリー・シンクレア殿です。

フィンリー。この方は……俺の……上司、みたいな方で……アレックス殿だ」


 妙に歯切れが悪い紹介の仕方だな、と思いながらフィンリーは、ローガンの上司なら身分の高い方だろうときちんと貴族の礼をとった。


「先ほどは助けていただきありがとうございました。フィンリー・シンクレアと申します」


「ふぅん……フィンリー君って言うんだ。よろしくね?」


 アレックスはフィンリーに向かって手を差し出した。

 艶やかに微笑んだ美青年と握手を交わしながら。

 フィンリーは彼に対して、どこか既視感のようなものを感じていた。


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