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五、ローガン・ダドリー

ローガン視点の話となります

 ローガン・ダドリーは代々近衛騎士団の団長を務めるダドリー侯爵家の嫡男として生まれた。

 恵まれた体躯に、漆黒の髪、琥珀色の瞳。かつて社交界の花として名を馳せた母の面影を継いだ容貌は、早くから貴族令嬢たちの胸を騒がせていた。

 士官学校を出た後は当然そのまま近衛騎士となるかと思いきや、ローガンはダドリー家の嫡男としてではなく一騎士見習いとして王都騎士団の方へ入団したのである。


 ダドリー家に生まれた以上、どこまでもその名は付きまとい、将来的には近衛騎士団の団長になるルートが待っている。

 ローガンはそれに乗るのをよしとせず、まずは自身の力を試したいと、ダドリーの名を使わずに入団したのであった。

 王都騎士団で鍛えられること四年。実戦経験も積み、剣の腕も磨いたローガンは頭角を顕し、若いながらも次期副団長にも目されるようになっていた。

 本人もこのまま王都騎士団に身を置いたままでいいと考えていたのだが、21の誕生日当日、父親から突然『今日から近衛騎士団に異動せよ』と命じられた。


「父上、急すぎます! 俺にも今担っている任務が……」

 いずれは、と考えてはいたが、まだまだ先のことだと高を括っていた。何より、王都騎士団の方がローガンの性に合っているのか非常に居心地もよかった。

 突然の辞令に、近衛騎士団長である父の命とはいえ素直に承服はし難い。


「緊急任務だ。お前は明日、近衛騎士として王都を発て」

 ローガンの意見など意にも介さずに父侯爵は続ける。

「有無を言わせぬ緊急任務ですか……なぜ俺に? 近衛にも騎士はたくさんいるでしょう」

「”ダドリー侯爵家の嫡男”であるお前にしか出来ぬ任務だ。下手な人間を辺境伯領に遣わすわけにはいかぬからな」

 厳めしい父の顔を見ながらローガンはその言葉を反復する。


「辺境伯領……アルデバラですか」

「そうだ。陛下が近ごろとみにかの地を気にかけておられる。『シンクレアが他国と通じているのではないか』とな。辺境伯はそのような御仁ではないと我らも申し上げたのだが……」

 父は深いため息をついた。

 現王が猜疑心の強い方であるというのはローガンも耳にしたことがあった。少しでも叛意を持つ者がいれば容赦なく”処分”される。

 今度は武勇で知られ、領主としても領民に慕われている優れた領主であるシンクレア辺境伯に目をつけたのだろう。かの地は王都より遠く、目が行き届かないのも王の不安を煽るのであろう。


「辺境伯家には16になる男女の双子がおられるそうだ。来月の王太子の成人の儀に伴う婚約者選定に、双子の令嬢の方を寄越すように、との仰せだ」

「……つまり、人質を出せ、ということですか」

 渋面のまま頷いた父にローガンはため息をついた。

 婚約者候補という名の人質を集めなければ安心できないほど、王の心は猜疑心で凝り固まっているのだ。王が臣を信じねば、臣の心とて離れるというのに。


「お前には、その辺境伯家の令嬢をお迎えに行ってもらいたい。先触れも出さず、直接伺え」

「逃げられては困りますからね」

 皮肉気に嗤うローガンに、父は眉間の皺を深くする。父とて、このような命に従いたくないと思っているのだ。

 だが、王の近く仕える近衛騎士団長が命に背くわけにはいかない。

「拝命いたしましょう。明日の朝すぐに発ちます。辺境伯領までは早馬でも5日……他の騎士たちを率いて行くのであれば7日はかかるでしょうから」

 今の今まで王都騎士団に所属していたローガン自身には、近衛騎士団に部下などいない。父は王都騎士団の団長に話をつけ、そちらからローガンに付いていた一個隊を率いて行けるように手筈を整えていてくれた。


 気の重い任務だ、とローガンは思った。

 辺境伯家の双子は生まれた時からアルデバラを出たことがないという。それだけ王都から離れて暮らしているのであれば、王太子妃など望んではいまい。それを無理やり人質として連れて来ねばならないのだから。

 ローガンの一存で逃がしてやることも出来ない。ローガンはローガンで、家族を王都に残して行くのだ。

 「アルデバラ……か」

 ぽつりと呟き、ローガンは長旅のための準備をすべく、自室へと戻った。



†⁑†⁑†⁑


 そしてローガンは出会った。フィンリー・シンクレアとクイン・シンクレアに。

 正直、初見ではどちらが令嬢かわからなかった。二人はそっくりの顔に髪色、そして二人とも少年の格好をしていたからだ。


「それで……あの、誠に失礼なことをお伺いいたしますが……その、お二人のうちどちらがその……『ご令嬢』なのでしょうか」


 そう訊ねるしかなくて。

 困惑するローガンに挑発的な瞳を向けたのは、一歩前に出ていた方……フィンリーだった。


「アルデバラではドレスなんて不要なんですよ、騎士様」


 強い意志を秘めた翡翠の瞳に、ローガンは息を吞んだ。そんなローガンに向かってフィンリーは自分が兄だと名乗り、警戒心を隠さなかった。

 当然だ。穏やかに暮らしている一家を脅かしに来たのは自分なのだから。


 結局、妹であるクイン・シンクレア嬢は病弱で王都までの旅には耐えられないということで兄のフィンリーが祝儀の口上を述べるためにローガンと同道することになったのだが。

 すぐに帰るというフィンリーに、ローガンは言えなかった。王都に着いたらしばらく、彼は故郷に戻れないということを。


 気の重い任務だと思ったが、意外にもフィンリーとの旅はローガンにとって楽しいものとなった。

 アルデバラから初めて外に出る彼は、何もかもが珍しいようで、あれこれローガンに訊ねては興味深げにしている。

 フィンリーは頭の回転が速く、年上の騎士であるローガンとも物怖じせずに話し、よく笑った。

 ローガンにとっても、そんな風に話が出来る相手は新鮮で話が尽きなかった。


 馬車の旅の途中、会話がふっと途切れることがある。

 そんな時フィンリーは窓の外をじっと見て形の良い唇を噛んでいた。快活な彼の表情に、ふっと切なさのような哀切のような影が過ぎるのだ。

 それは、故郷に置いてきた家族……特に双子の妹を想っているのかと思ったが。それだけではないものも、ローガンには感じさせて。

 あれだけ強く「王都には行きたくない」と言っていたフィンリーの、秘められた理由がそこにはあるのだろうか。


(美しいが、悲しい顔だ)


 フィンリーの横顔にいつしか見惚れながら、ローガンは胸が微かに軋むのを感じた。

 フィンリーにはそんな表情をさせたくないと考えている自分に驚く。


(いや……彼のことは、弟のようだと、思っているから。悲しい顔はさせたくない、ただそれだけで)


 自分自身への言い訳をするように、慌てて胸の軋みを打ち消そうとする。けれど、フィンリーの横顔に浮かぶ影を見れば見るほどに、胸は痛んで。


(守ってやりたいなんて……彼は、男の子だぞ?)


 「……さま、ローガンさま? どうしました?」


 ハッと気づくと、フィンリーがローガンの顔を覗き込んでいた。


「うわっ! や、いや! 何でもないぞ!」


「なんだか難しい顔をしてらっしゃいましたよ。あ、もしかして酔いました? 馬車に」


 からかうように言ったフィンリーの顔には、もう憂いは浮かんでおらず。いたずらっ子の少年の表情を取り戻していた。


「今更酔いはしないだろう。……君の方こそ」


 何故、あんな顔をしていたんだ?

 そう問いかけた言葉を飲み込む。まだ、彼には踏み込んではいけない場所がある。ローガンもそれは察していたから。


「いや、何でもない。ああ、そろそろ日が暮れそうだがこの辺りは何もないな」



 ――そして。

 日が完全に落ち、野営をすることとなり――。


 フィンリーの秘密が一つ明らかになった。


 少年と呼ぶには細すぎる腰、控えめではあるがしっかりと主張している胸の膨らみ。

 松明の灯りに曝されたその体は、明らかに――女性のもので。


(……女の子、だった!)


 少年への切ない想いを抱きかけ、どうしようかと思っていたローガンは内心それが少女へのものだったと知り、安堵して。さらに喜びにもにた感情を抱く。


 けれど、初恋すら経験していない残念騎士は、その想いの正体にはまだ気づけず。


(俺が、彼女を……フィンリーを、守らねば)


 その想いだけは、一層強く抱いて、王都への旅を続けたのだった。



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