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三十、婚約式③―アレックス、立つ―


「やれやれ。泥棒の次は詐欺師呼ばわりかい? イザベラ嬢、君は今王太子の婚約者でもなんでもない、ただの男爵令嬢だということを忘れていないかな。正式な私の侍従に、しかも彼は辺境伯家の子息だ。君よりずっと身分も立場も上の人間に対してその言い様、彼への侮辱だし、ひいては私に対する不敬罪に当たると分かっているのか」


 アレックスはもはや、今までかぶっていた温厚で人当たりの良い王太子の仮面を捨てていた。

 冷淡ともとれる態度にしかし、イザベラも怯みはしなかった。


「ええ、かまいませんわ。わたくしにだってプライドというものがございますの。そんな、男と偽って王太子殿下に纏わりついて篭絡するような女にわたくしは自分の地位を脅かされているのです。侮辱でも不敬罪でも何でも問えばよろしいわ、今さら罪状が一つ二つ増えたところでもうかまいませんわよ。それより、そんな脅しでわたくしを誤魔化せると思ったら大間違いですわ!」


 イザベラもまた、崖っぷち状態だったのだ。もう居並ぶ貴族たちの面前でアレックスに婚約はしないと宣言されてしまっている。どうせ堕ちるのなら、あの憎らしい侍従も共に堕としてやろうと思った。


「イザベラの申すことももっともだ、アレックス。その辺境伯の小倅が女でありながら男だと偽ってこの王宮に入り込んだというのなら――。そもそも、辺境伯が『令嬢を王都に寄越せ』という儂の命に背いたことにもなるな」

 

 形勢逆転の機会を窺っていた王がにやりと嗤って言い添える。


「そうですわ、王宮を預かる女官長のわたくしとしても黙ってはおれません」


 眉を顰めてエレノアも続く。追い込まれているエレノアも、内心必死だった。

 何よりまだ……本物の『王妃の首飾り』が出て来ていない。エレノアの最大の目的は、あの首飾りなのだ。この場に本物を引き出すまでは、自分も引けなかった。

 

 

 アレックスはそんな三人の姿を見ながらやれやれと肩を竦め、辺境伯に向き直る。


「シンクレア卿、貴方が王都に送ったのは、ご子息に間違いはないかな?」


 辺境伯はアレックスの傍に控える『フィンリー』をじっと見つめながら頷いた。


「はい。ご存知のように我が家の娘は体が弱く、王都までの旅には到底耐えられなかった。よって息子が王太子殿下の成人の儀の祝儀を申し上げるために迎えに来られた近衛の騎士のダドリー卿と王都に上がったのです」


(……ごめんなさい、その『病弱な娘』はピンピンしてここにいますけれど)


 フィンリーは苦笑を漏らしそうになり、慌てて表情を引き締める。


 アレックスは護衛に控えていたローガンも呼んだ。


「ローガン・ダドリー、今の辺境伯の言葉に間違いはないか」


「はっ。間違いございません。私がお連れしたのは、シンクレア卿のご子息である『フィンリー・シンクレア』殿です」


 アレックスは二人の証言者を従え、王らに向き合ったが彼らは薄笑いを浮かべたまま。


「……ということですが、お信じにはなられていないようですね」


「ふん、そちら側の一方的な証言など何の証拠にもならんわ。

その侍従が真実男だというのであれば、今、ここで。皆の前で明らかにしてみせよ」


 つまり王は、この場で『フィンリー』が男である確かな証拠を見せろと言っているのであった。


(うわぁ……。もしあそこにいるのが私だったら、皆の前で衣服を脱がされたりして性別確認されてたってこと?)


 ぶるりとフィンリーは身震いした。未婚の貴族の令嬢がそんな辱めを受けるかと思うと、ぞっとする。

 そのようなことを強制しようとする王やエレノア、イザベラらをフィンリーは心底軽蔑した。民の上に立つ者のすることではない。


「皆が納得するような形で、ですわよ? アレックス様。確たる証を見せていただかないと皆納得しませんわ」


 再び勝ち誇ったようなイザベラが言った。アレックスも険しい表情でイザベラを睨みつける。


「君は、君たちはどこまでも下劣な人間だな。君と結婚など、怖気(おぞけ)が走るよ。

いいだろう、では彼が確かに男性であると皆に分かるような形で証明すればいいんだな? 『フィンリー』、君はそれでいいのかい?」


 すると『フィンリー』は真摯なまなざしでしっかりと頷いた。


「ええ、構いません。僕としてもはっきりさせておきたいですから」


 当事者である『フィンリー』の承諾を得たアレックスは高らかに言った。


「それでは、互いに何名か立会人を選んで確認しようじゃないか。そちらからは……エレノア・マクリーン男爵夫人、貴女にお願いしよう。そちらからは誰を指名する?」


 指名されたエレノアは王と顔を見合わせていたが、やがて頷いて答えた。


「……こちらからは、宰相のウォレス侯爵にお願いしたいと思いますわ。宰相閣下は中立なお立場、皆もウォレス卿のお言葉なら納得いたしますわね?」


(いくら『能無し宰相』であっても、それくらいの役には立つはずね)


 エレノアは内心で嘲りながらそう思っていた。日和見主義で王の機嫌を窺ってばかりの『能無し宰相』も、一応重臣を束ねる立場にあるのだ。この場で偽りを口にすることはあるまい。


「誰か、衝立を持ってきなさい。この場での確認をお望みということだから、仕方がない」


 アレックスの指示に、すぐに衝立が運ばれて来た。四方を囲まれたそこに、『フィンリー』とエレノア、そしてウォレス宰相が入ることになる。


「『フィンリー』、すまないね。こんな見世物のような真似を強いてしまって」


 悔し気に唇を噛んだアレックスに、『フィンリー』は微笑んで見せる。


「アレックス様のお役に立てるのであれば、このようなこと何でもありませんよ。それに、僕自身の潔白の証明にもなりますからね」


 気丈にもそう答えた『フィンリー』の頭を一度撫でて。アレックスは大事な侍従を送り出す。


「では確認を始めてくれ。なるべく速やかに」


 衝立の影で、『フィンリー』が服を脱いでいく気配がする。大広間に集った者たちはごくりと固唾を吞んでその光景を見守った。

 もしかすると、今この場で服を脱いでいるのは令嬢かもしれない。そう思うと、不謹慎ながら好奇心が抑えきれない者も多くいた。


「……えっ⁉」


 ほどなくして、小さな叫びが上がる。それはエレノアの声だった。

 

「ふむ……間違いないですな」


 続いてウォレス卿の声も。

 

 身繕いをする『フィンリー』を残し、先にエレノアとウォレス卿が出てくる。


「どうであった⁉」


 王が身を乗り出すようにエレノアに問う。


「……()()、でした」


 茫然としたエレノアの答えを、王とイザベラは聞き違えたのかと思ったほどだ。


「何と?」


「ですから……あの侍従は、確かに男でしたのよ……」


 イザベラは悲鳴を上げた。


「嘘よ! 確かにわたくし聞いたのよ、あの侍従が女だって! 男装しているって!」


 しかし、母のエレノア自身が確かめたのだ。その『フィンリー』は間違いなく男性であると。


 そしてにこやかに微笑んだ宰相、ウォレス卿も言葉を重ねる。


「間違いなく、アレックス殿下の侍従、『フィンリー・シンクレア』殿は男性でしたぞ」


 おお、と会場から歓声が上がった。中には、少し残念そうな響きも混ざってはいたが。



「さて、これで気が済みましたか? 私の侍従は性別を偽ってなどいなかった。彼は本当に優秀で私の政務を支えてくれるかけがえのない存在なのですよ。そんな大事な侍従を侮辱し、詐欺師呼ばわりするなど……本当に許し難い。

イザベラ嬢、私はね……こう見えてかなり怒っているんだよ?」


 ひっ、とイザベラが小さく悲鳴を上げる。彼女の切り札だと思っていたものは、とんだジョーカーだったのだ。イザベラのしたことは、自分たちをさらに追い込んだだけだった。

 



「茶番はこれくらいでいいですね? 私は正式にこの婚約を白紙に戻し、イザベラ・マクリーンを相応の罪に問います。母親のエレノア・マクリーンも同様。

そして、父上。貴方もです」


 アレックスは凛として立ち、父である国王と真っ向から対峙した。


「帝国側……皇帝陛下直々に今回の件をお調べいただきました。勝手にアルデバラ領への侵攻を目論み帝国内での力を増そうとしていた皇弟殿下と、表向きの交渉はエレノア・マクリーンであったが、国王オズワルド・アリオットの御璽が押された親書を携えていたと。そこには、『リカルド・シンクレアが帝国に攻め入ろうと軍備を増強している。そちらがアルデバラを攻めるのであれば、こちらからも兵を出して挟み撃ちにする準備がある』などと書かれていたようです。これは立派な内通罪……いえ、内乱罪にあたりますね。

 こちらは父上が責任を取って退位し、私が代わって即位することで。あちらは件の皇弟殿下の皇位継承権を剝奪し、王族から追放することでお互いに手打ちということになりました。私が即位すれば、今後も友好国として関係を継続してくださるそうです。


 と、いうことで。


 王太子、アレックス・アリオットの名においてここに『弾劾権』を行使する! 現国王、オズワルド・アリオットの退位を求めるものとする」


 すぐに宰相をはじめとする重臣や、主だった貴族たちがアレックスのもとに集った。

 ハロルドが掲げた宣誓書に、アレックス以下多数の署名があった。


「すでに過半数以上の賛成は得ております。速やかにその座から降り、退位されよ」


 

(アレックス様……!)


 フィンリーは、凡庸な王太子の仮面を外して、堂々と王に立ち向かうアレックスの姿を見て強く感動していた。

 アレックスは自分を軽薄で取るに足りない者として振舞いながら、この時を待っていたのだ。


 国王・オズワルドの圧政と独裁には皆もう耐えかねていた。そこに来てエレノアを使って帝国と内通し、アルデバラ領を攻め落とそうとしていた事実に、完全に人臣の心は離れる。こんなことを許せば、いつ自分の領地も同じ目に遭うか分からない。


 一方で王太子のアレックスは、この婚約式の一連の騒動を見事に収めて見せた。さらには、王とエレノアがやらかした帝国との揉め事も自ら交渉に乗り出し、解決したという。帝国との戦争か、愚王の退位かと言われれば、どちらを選ぶかなど言うまでもない。アレックスが次代の王に相応しいと、皆も確信していた。



「『弾劾権』だと……? 生意気な、儂は認めんぞ! ならば其方を廃嫡する! 廃太子に弾劾の権利などないわ!」


 醜く足掻く王を、アレックスは呆れたように見やる。


「廃太子? それこそ貴方の一存でこの場で決まる問題でもありませんよね。それに、私を廃嫡したとして次の王太子には誰を据えるおつもりか。貴方の実子は私一人、遠縁の王族すらいないのに」


 すると王はアレックスと自分の隣に座す王妃を交互に見やって蔑むように嗤った。


「ふん、其方が儂の唯一の子だと? 分からんではないか、それこそグレースがあの辺境伯と密通して産んだ子に違いないわ!」


 その言葉を聞いて、アレックスと王妃は同時に深いため息をついた。


「……母上。もう、よろしいでしょう?」


「ええ、アレックス。あなたの思うようにしなさい。

ですが、わたくしもここで宣誓いたしますわ。わたくしは辺境伯と密通などしておりません。アレックスは真に陛下のお子です。その証明のために、本物の『王妃の首飾り』を使わせていただきたく思います」


 すっと王妃が立ち上がる。皆の視線が王妃に集まった。


「『王妃の首飾り』とは、代々の王妃もしくは王女が受け継いで来た首飾り。けれど、それはただ継いできたというだけではないのです。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 王妃の言葉に、皆が息を吞み、そして王妃を見つめる。

 今、王妃は首飾りを着けてはいない。

 それの意味するところは――。


「ええ、わたくしはもうその首飾りを着けてはいませんわ。首飾りは次代の主をすでに選び、その者の元にあります。わたくしがアレックスの妃選びに首飾りを持ち出さなかったのはそのため。正確に言えば持ち出せなかった、と言った方がいいのかしら」


 フィンリーもその言葉を聞いて驚いていた。首飾りが王妃の元にないということは知っていたが、すでに次の主を選んでいたなんて。だから王妃は、『……でもね、わたくしには分かっているの。次代に選ばれるのはイザベラではないことは。試すまでもなく、ね』と言っていたのだろう。


 でも。

 『次代の主』とは一体誰――?


「そんな、口から出まかせを王妃様。次代の主を選ぶなどとお伽噺のようなことをおっしゃいますのね。

どうせ、王妃様がどこかに隠し持っていらっしゃるのでしょう? 出しなさい! あの首飾りの正統な持ち主は、わたくしエレノア・マクリーンなのよ!」


 それまでの冷静さはどこへやら。エレノアも、冷たい”魔女”の仮面を自ら剝ぎ取って逆上していた。そのギラギラした姿に皆が驚き、引いている。


(これが”魔女”の本性……)


 『王妃の首飾り』に……あのヴェルライトに執着し、人生を狂わされた女の末路が、ここにあった。


「控えよ、エレノア・マクリーン! 其方は首飾りに、あの石に選ばれなかった。其方の娘もね。いい加減諦めなさい」


 離宮に籠り、滅多に人々の前に姿を現さなかった王妃の恫喝に皆は驚く。


「いいえ! いいえ! だったら本物の首飾りを! 今すぐここで見せなさいよ!」


 エレノアの咆哮に王妃はため息をついてアレックスを見た。


「アレックス……この愚か者は、やはり見ないと納得しないようです。見せておやりなさいな」


 アレックスは微笑み、エレノアの前に立つ。

 そして、おもむろに自身の上衣の釦を一つずつ外し始めた。


(え? アレックス様、何を……)


 静かに胸元まで外し終えると、アレックスは大きく襟を広げた。

 そこに目をやって、会場内の誰もが――王妃以外は――驚いて声を上げた。


 中でも悲鳴に近い声を上げたのは、間近でそれを見たエレノアだった。


「なぜ⁉ なぜあなたが……『王妃の首飾り』を着けていらっしゃるのです⁉」


 アレックスのくつろげた胸元に、ひときわまばゆく輝くヴェルライト。それはまさしく『特級』の名にふさわしい特別な石だと一目で分かる。

 本物の『王妃の首飾り』がそこに在った。ずっと、アレックスの元にあったのだ。


「それは、私アレックス……いえ、アレクサンドラ・アリオットこそが次代にこの首飾りを受け継ぐ者だから。

()()である私に、妃など最初から必要なかったということだよ」


 予想外の事実に、誰もが言葉を失っていた。

 父親である、国王本人ですらも。


というわけで、今回のラストシーンは書きたかったシーンの1つです。予想されていた方はいらっしゃったでしょうか?

もう少しで完結いたします。いいね・ブクマをいただけますと最後まで走る励みになります。よろしければお願いいたします。

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