二、双子の逆ざまぁ回避プラン
「いったい、何を考えているのさフィリ」
いったん双子はクインの部屋へ下がった。ドアを閉めた瞬間怖い顔でクインがフィンリーを問い詰める。
「あんなに王都には行かない、王太子だの貴族の息子には近付かないって言ってたくせに。
しかも、君が『子息』として行くだって? いつから僕の妹は兄になってしまったんだろうね」
普段穏やかで温厚なクインがこんなにも感情的になるのは珍しい。
それだけフィンリーのことを案じているのだと、フィンリーには痛いほど分かった。
「……だって、そうするしかないじゃない」
プラチナブロンドの鬘を外すと、鮮やかなストロベリーブロンドの髪が現れる。あれだけ前世の最期にふわふわピンク髪には生れませんようにと願ったのに、結局今世も髪色は変わらなかった。
けれど、それ以外は。
今世こそ、すべてを変えてやるのだ。運命なんてものがあったとしても、足掻いて抗って蹴り飛ばしてやる。自分の力で。
「それなら、僕がフィリとして王都に行くよ。あの騎士様に宣言したのは、『辺境伯の子息』が王都に行くということだ。僕が行けば名前以外は事実だからなんの問題もない」
「ダメよ。ここから王都まで何日かかると思っているの? クインの体には耐えられないわ。しかも今回は王太子殿下の成人の儀に間に合わせるために、かなりの強行軍になるようだし」
フィンリーの言葉にクインは唇を噛む。クインも自分が虚弱体質で、何日も馬車に揺られる旅には耐えられないだろうことはわかっていた。
だが、それでも。
自分の大事な半身が、危険と分かっている場所に自ら突っ込んでいこうとしているのを黙って見てはいられない。
「……分かった。じゃあお父様に頼んで、僕もフィリの後を追うようにする。休みながらゆっくり行くなら多分大丈夫だよ。
だから、僕が王都に行くまでフィリ、絶対に無茶をしないって誓える?」
健康な体が欲しかった、とクインが思い知らされるのはこんな時だ。自分の所為で、大事な妹が無茶をしそうな時。彼女が犠牲になってしまいそうな時。
ほんの小さな頃から、フィンリーは前世の……そのまた前々前世以上の記憶を蘇らせていた。
『どうしよう……どうしようクイン、わたし、またくりかえしてしまう。ぎゃくざまぁされて、ついほうでしょけいなのよ!』
(『ぎゃくざまぁ』ってなんだろう?)
怯えたようにわけのわからないことを言って泣く妹を何度なだめたことだろう。
もう少し大きくなってから、フィンリーは記憶を整理し、クインに改めて自分が辿るであろう『運命』について語ってくれた。
『つまり、このままで行くと君は婚約者のいる男に見初められて、罪をなすりつけられて、断罪されてしまうということ?』
にわかには信じがたい話をクインが要約すると、フィンリーは青い顔で頷いた。
自分たちが暮らすのは王都から離れた辺境の地。フィンリーが言うような王族や高位貴族の令息たちと知り合う機会などもない。それなのになぜ、フィンリーはそんなにも怯えているのか。
まるでそれが、確定事項でもあるように。
クインはフィンリーの話を戯言だとは笑うこともなく、考え込んだ。
フィンリーの言うことがこれから確実に起きる未来だというのなら、それを阻止するにはどうすればいいだろうか。
クインは体が弱い分、勉学に励み難しい本もたくさん読むようになっていたのだった。
『とりあえず私、令嬢でいることをやめようと思うの』
考え込むクインに、フィンリーは言った。
『私もこれから男の子として過ごす。ドレスなんて着ないし、髪も切る。それで、絶対に王都には近付かないの』
身分のある男性から婚約者を奪うような『令嬢』でいなければ。あの忌まわしい運命から逃れられるかもしれない。
そう考えたフィンリーは今世、男装して生きることを決めたのだった。
『なるほど……。確かに、僕たちはどっちの名前も男女で通じるものだし、一応男女の双子で届けは出されているだろうけれど、どちらが男か女かなんて同じ格好をしてしまえばわからなくなるよね。
よし、じゃあ僕の髪の毛を貯めて、君の鬘を作ろう! 僕たちが違うところなんてこの髪色だけだし。君は……嫌なんだろう? そのストロベリーブロンドが』
クインの言葉にフィンリーは大きく頷いた。
『大っ嫌い。私もクインみたいな髪がよかった。……というか、これ以外なら何色でもよかったのに』
忌々しげに自分の髪を引っ張るフィンリーにクインは苦笑する。
『僕は大好きだけどね。その髪色も”逆ざまぁヒロイン”とやらの条件になっちゃうなら仕方がない。家族以外の人に会う時は、その髪を隠しておけるようにしなくちゃ』
こうして。双子たちは、周到に『逆ざまぁ回避』に向けて動き始めた。
突然髪を切り、男の子の格好がしたいと言い出したフィンリーに両親は驚いたが、フィンリーがクインの分まで強く在りたいと言ったことで、辺境伯であり日々国境線を護る役目に就く父は感動して泣いた。
このまま何事もなく、アルデバラで生きていけると思っていたのに。
やはり、運命はフィンリーを放っておいてはくれないらしい。
「大丈夫、絶対に無茶はしないから。その成人の儀とやらで挨拶だけして、あとは王都の邸に引き籠ってクインが来るのを待っているわ」
兄を安心させるように、フィンリーはクインの手をしっかりと握って言った。
「フィリはしっかりしているようでどこか抜けているから心配なんだよ。いいかい、王都はこことはまるで違うんだ。常に誰かの目があると思っていなくちゃいけないよ」
「わかってるって。本当にクインは心配性なんだから!」
――そう、兄の心配を一笑に付したことが私にもありました。
ごめんなさいお兄様。
私、やっちまったようです。
「ふ、フィンリー、くん? え? 君は……女の子、だったのかい?」
真っ赤な顔をして私の裸体を凝視する近衛騎士――ローガン・ダドリーに。
私の秘密は早々に露見してしまったの、だった……。




