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一、辺境伯家の双子

「フィンリー! どこにいるの、フィンリー!」


 草原に自分を呼ぶ声が響く。

 それが自分の半身のものだと知ってフィンリーは登っていた木から飛び降りた。


「クイン、ここ! あ、走っちゃダメだって」


 ゆっくりとこちらに近づいてくる人影に向かってフィンリーはまっしぐらに走り出す。

 草原の中ほどで、二人は手を取り合った。


「また木に登っていたでしょう、フィンリー。ほら、髪に葉っぱがついてる」


 くすくすと笑うプラチナブロンドがフィンリーの髪に触れた。


「だってあの木、遠くまで見渡せて気持ちがいいんだもの。それより、どうしたの? クインがここまで来るなんて」


 クインはフィンリーの双子の片割れだ。健康優良児で活発なフィンリーに対し、クインは生まれつき病弱で邸の中にいることが多かった。

 こんな風に外までフィンリーを迎えに来ることは珍しい。


「王都からお客様が来たんだって。わたしたちも一緒にいなさいってお父様とお母様が呼んでいるから、迎えに来た」


「王都から?」


 ここ、アルデバラはアリオット王国の辺境に位置する。

 シンクレア辺境伯が治める地で、フィンリーとクインはシンクレア家に生まれた双子だった。

 王都からの客人など滅多にあるものではなく、フィンリーは訝しんだ。


「何の用だろうね。私たちに同席しろだなんて」


 二人は16歳になったばかり。辺境の地にいるため社交界へは出ておらず、また今後も出る気はなかった。

 一つにはクインが病弱であること。そしてもう一つは――。


「お客様に会うのならフィンリー、これが必要でしょう?」


 クインは持ってきたそれをフィンリーの頭にかぶせる。

 ()()()()()()()()()()のフィンリーの髪が、クインと同じプラチナブロンドへと変わる。


「ありがと。

……はぁ……なんだか、途轍もなく嫌な予感しかしない」


 フィンリーはため息をついてその鬘の中に丁寧に自身の髪を入れなおした。ピンクブロンドなど、決して見えないように。

 

「行こうか、クイン。走らないで、ゆっくりとね」


 クインの手を取ってゆっくりと歩きだす。二人は、髪色以外はそっくりな容姿の双子だった。



◇◆◇


「お初にお目にかかります。フィンリー・シンクレア様ならびにクイン・シンクレア様。

私は近衛騎士団に所属しております、ローガン・ダドリーと申します。この度はお二人を王都にお連れするよう王命を賜りお迎えに参りました」


 正式な騎士の装束に身を包んだ、まだ若いその男の言葉に二人は驚いて顔を見合わせた。


「私たちを……王都に?」


 両親を振り返ると、父は眉間にしわを寄せて険しい表情、母は困惑しきった表情で二人を見返した。


「この度、王太子殿下の成人の儀が執り行われることとなりました。同時に婚約者の選定も始まります。

我が王は、王太子の婚約者となりうる貴族の令嬢すべてに参加せよとの仰せです」


 フィンリーは息を吞んだ。


 ――ああ。今世もまた、その()()が発動しようとしている。

 

『王太子の婚約者』


 絶対にそこに近づいてはいけない、フィンリーの脳内で警告音が激しく鳴った。


「それで……あの、誠に失礼なことをお伺いいたしますが……その、お二人のうちどちらがその……『ご令嬢』なのでしょうか」


 ローガンは困ったように二人を見比べて言った。


 目の前にいるのは肩までの同じ髪色・同じ顔をした双子。二人とも可憐な顔立ちで少女と言っていいだろう。

 しかし、身に着けているのはドレスではなく、少年が着るような白いブラウスと乗馬ズボンのようなトラウザーズだ。

 ローガンは、辺境伯家の双子は一人が『令嬢』と言われて迎えに来た。しかし、二人はローガンの知る『令嬢』とはかけ離れている。


「アルデバラではドレスなんて不要なんですよ、騎士様」


 挑発するように言ったのはフィンリーだった。


「申し遅れました。私……僕が()のフィンリー・シンクレア。後ろにいるのが()のクイン・シンクレアです。

ですが、妹は生まれた時から病弱で到底王都までの旅には耐えられません。よって、我が家は二人とも王太子殿下の成人の儀には参加できないかと思います」


 ひゅっと。

 フィンリーの背後で息を吞む音が三つ。

 何か言いだそうとするその三人を抑えるようにしてフィンリーが前に出る。


「このような辺境までご足労いただいたのにお応えできず申し訳なく思います。シンクレア家には王太子殿下の妃になりうるような令嬢はいなかった、陛下にはそうお伝えいただけますか?」



 王都になんて行きたくない。

 今世こそ逆ざまぁヒロインの呪いから解放されるのだ、私は。

 せっかく今世はこの辺境伯家に生まれることが出来たんだから、自ら王太子になど近づいてなるものか。



 だから、自分が『息子』になる。

 そのために兄……クインの髪を少しずつ貯めて鬘まで作ってストロベリーブロンドを隠した。そしてドレスは着ず、少年のような恰好ばかりをして自分は『令嬢』ではないと周りに思わせている。

 当然、両親はフィンリーが娘でクインが息子であることを承知しているが、フィンリーが幼いころから令嬢らしくなかったのも、本人の活発な性質と、病弱な兄の分まで『息子』であろうとしているのだと理解していた。

 両親には子供たちを高位貴族などと婚姻を結ばせようという野心はなく、ただこのアルデバラの地でのびのびと育てばいいと思っていたので、フィンリーに令嬢教育を強いることもなかったのだった。


 シンクレア辺境伯夫妻は、唐突に理解する。

 娘のフィンリーが『令嬢』であることを拒んできたのは、今日この時のためだったのだと。

 双子であり、フィンリーの前世の『呪い』を彼女から聞いて知っていた兄のクインも、妹の言う通りの運命が本当に訪れたことに驚きつつも彼女を護ろうと手を握る。


「騎士様、すみません……わたくしが健康な体であれば良かったのですが……。

このような体では王太子殿下のお妃さまになることなど無理でございます。

どうか、陛下にわたくしがくれぐれも申し訳なく情けなく思っていること、お伝えいただけませんか」


 クインもフィンリーに重ねるように言葉を紡ぐ。可憐な少女に見える双子は、互いの手を握り合い決して王都には行かないという決意を新たにしていた。




「しかし……。そうなると、シンクレア辺境伯家に謀反の意ありと陛下に受け取られかねませんが」


 渋面を作ったローガンの言葉にフィンリーは気色ばんだ。


「なぜです⁉ 父は、辺境伯はアリオット王国のために日々この過酷な地で勤めております。忠誠心は他の貴族たちに劣ることなどありません!

私……いえ、令嬢を出さないなら謀反なんてそんな……! 王都にはもっと美しく優れた令嬢たちがたくさんおられるでしょう?」


 

「であるからこそ、です。辺境伯は領民にも慕われ、武勇にも鳴らした方。王はそんな辺境伯を恐れておいでです。辺境伯はいずれ兵を率いて王都に攻め入るつもりに違いない、と」


 ローガンは苦々しげな口調で言った。その表情で、ローガン自身はそのようなことは辺境伯に対して思っていないことが分かる。

 近衛の騎士という立場であれば、王に絶対の忠誠を捧げているに違いないと思っていたフィンリーにはそれが少し意外だった。


「……なるほど、『人質』を出せということですか」


 そう言ったのは父だった。深いため息をつき、フィンリーの頭に手を載せる。


「王太子の婚約者選びというのは口実でしょう。私が謀反など起こさぬよう、『人質』を王都に置いておきたい。そういうことですな?」


 辺境伯の言葉に、ローガンは僅かに頷く。

 父が命を懸けて護っているこの国の王が、そんな猜疑心の強い人間であったなんて……。フィンリーは失望する気持ちでいっぱいになった。



 行きたくない。

 王都へなんて。あの『呪いの運命』になんて、近づきたくない。

 

 けれど、シンクレア家から『人質』を出さねば父は捕らえられ、シンクレア家は取り潰されるだろう。

 身弱な兄を行かせることは出来ない。

 ――ならば。


「では、僕が。王太子殿下の婚約者候補にはなれませんが、成人の儀にお祝いを申し上げるために参りましょう」


 フィンリーの言葉に、クインが悲鳴を上げる。


「ダメだよフィンリー! 君は……君だけは、王都に行っちゃいけない!」


「いいんだよクイン。だって僕は男だよ? だから、大丈夫。殿下にお祝いを言って、早々に戻ってくるから」


「でも……っ」


 互いを抱きしめあう双子を見ながら、ローガンは思った。


(……早々には、帰れまい)


 なんの理由があってか、王都には行きたくないと頑なに拒んでいたフィンリーには気の毒だが、一度王都に参ってしまえば、簡単には戻れまい。

 王が欲しているのは忠誠の証――人質、なのだから。

 立場上それをフィンリーに伝えることは出来ず、辺境伯に視線を移すと彼は息子が簡単には戻れないことを理解しているのか沈痛な表情をしていた。



「騎士様」


 決意を秘めた瞳で、フィンリーがローガンを呼んだ。


「僕……いえ、私フィンリー・シンクレアが辺境伯の子息として共に参ります。それでよろしいでしょうか?」


 ローガンは片膝をつき、最上級の礼をその健気な少年へと捧げる。

 


 『運命』は、今世も彼女の元で廻り出そうとしていた。


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