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十四、魔性の侍従

「フィンリー、今日は私と『デート』とやらをしましょうか」


 離宮から帰り、アレックスに報告をした翌日。

 いつも通り王太子の執務室に出仕したフィンリーを待っていたのはハロルド・ウォレスだった。


「はっ? ハロルド様? ええ? デート?」


 『氷の貴公子』なんて呼ばれることもあるハロルドは、ローガンとは別の意味で女性たちとは距離を置いている。ハロルドに憧れる女性も多いのだが、ハロルドは女性に対して素っ気なさすぎる態度をとるので相手の心が折れてしまうのだ。

 フィンリーがこの王宮に来てまだそれほど経っていないが、それでもハロルドに話しかけようとする勇気ある女性は何人か見かけたことがある。そのたびにつれなくされて、がっくりと肩を落としていく姿までもセットで。


「はい。聞けば君はまだ王都をよく知らないとか。私が案内しますよ」


 確かにフィンリーは王都に着いた翌日にローガンに王都を少し案内してもらったきりだ。それも、公園でクズ貴族の息子に絡まれた後はすっかり観光する気も失せて、ローガンの邸に帰ってしまった。

 ちらりとローガンとアレックスを見ると、ローガンは苦々しい顔、アレックスは笑顔で手を振った。


「いいんじゃない、フィンリー。昨日は遠乗りして疲れただろうし、今日はハロルドと『デート』しておいで。王都のことをよく知っておくのも侍従としては大事なことだよ」


「で、でも……」


「この朴念仁騎士は気の利いたところにも連れて行ってやっていないんだろう? 

――まぁ、ハロルドだっていい勝負かもしれないけどさ」


 おかしそうに笑うアレックスに、ハロルドは眼鏡を直しながら「心外です」と答えた。


「ローガン卿よりは『デート』らしい場所を心得ております」


「なっ……! そんな、俺だって知っていますよ!」


 気色ばむローガンをどうどう、といなすアレックス。そこにフィンリーはため息をつきながら割り込んだ。


「皆さんお忘れかもしれませんが、僕は男の子ですよ? そもそも『デート』の前提が……」


 フィンリーの正体を知っているローガンはともかく、アレックスやハロルドにまで気付かれているのかと、一瞬フィンリーは背筋にひやりとしたものを感じたが。


「フィンリー、知っているかい? 最近の王宮で一番アツい話題が何なのか」


 アレックスがにやにやしながら言い出した。


「え? 何です?」


 フィンリーが首をかしげると、ローガンの顔がますます渋いものになった。


「『王太子殿下の新しい侍従をめぐる禁断の花園! 美少年の心を射止めるのは誰だ!』

……っていうやつ。僕とローガン、ハロルドとオリバーが君をめぐって恋の鞘当てをしているらしいよ? 

僕やオリバーはともかく、女嫌いで有名だったローガンやハロルドが、”そういうこと”だったのかって、王宮内の一部女性たちの間でそりゃもう盛り上がっている」


 ……そういうこと、とは。

 どういうことだ、とげんなりとした表情になってフィンリーが大きなため息をついた。

 男装して男子として振舞っているのに、結局あの『ヒロイン』のような立ち位置にいるではないか。


「どのカップリングもそれぞれに熱くてねぇ。派閥まで出来る勢いみたいだよ? 

僕は婚約者が内定してしまったけれど、相手が君ということで二重の『禁断の恋』推し派に人気。ローガン派とハロルド派が同じくらいで、大穴がオリバーだったっけ?」


 呆れてものも言えなくなっているフィンリーはその場に膝をついた。

 

「これまではアレックス様の婚約者問題が一番の話題でしたが、まぁ”アレ”に内定してしまいましたので。

そこに君が飛び込んで来て、私たちと何やらいつも一緒にいる……ということで、格好の話題を提供してしまったようですね」


 ハロルドの冷静な声がそこに降ってくる。


「娯楽のネタになるつもりないんですけど! というかハロルド様、よろしいんですか? そんな風に言われてしまって。縁談、減っちゃいますよ?」


 じと、とフィンリーが睨むとハロルドは薄く笑った。


「私はまだ結婚するつもりは微塵もないので、願ったり叶ったりですね。いい風よけになってありがたいです」


「風よけ! 人を勝手に防御盾扱いしないでもらえますか⁉」


 するとハロルドは口元を手で押さえて小刻みに震えた。


「……くっ……『鞘当て』に『風よけ』……君は可愛い生物兵器……」


「はい⁉ 何でそこツボに入るんですか? というか生物兵器扱い酷くないです⁉」


 くってかかるフィンリーを、ローガンは渋面のまま立たせる。


「ハロルドと同じくらいとは……もっと努力せねば……」


 ぶつぶつと呟くのを耳にしてフィンリーの眉がさらに上がる。


「ちょっと何言ってんですかローガン様、そこは噂を払拭しないと、ですよね⁉」


「いや、俺は別に構わない。目指すは最大派閥だ」


「あ、ダメだこの人話通じない」


 助けを求めてアレックスを見れば、朗らかな笑顔でフィンリーに向かってサムズアップしている。


「というわけで僕らの愛しの子猫ちゃん、今日はハロルドと一緒に『デート』して王宮と城下をさらにアツくしておいで」


 本当にダメだこの人たち……と愕然としながら。

 フィンリーは、まだ小刻みに震えているハロルドによって、町へと連れ出されたのだった。



†⁑†⁑†⁑



「ハロルド様、もう大丈夫ですか?」


 城下に二人で降り、若干引き気味のフィンリーが訊くとハロルドは大きく息を吐いて頷いた。


「はい、もう大丈夫です。申し訳ありません、こう……何かしらツボに入ってしまうと、なかなか抜けなくて」


 いつものクールな表情が嘘のように、ハロルドは申し訳なさそうに眉が下がっている。

 一応お忍びらしく、眼鏡を外し髪を無造作に流した姿はなかなか新鮮だった。


「まったく! 皆さんモテるんですから、僕との噂なんて早く否定しちゃってくださればいいのに!」


 城を出るまでも、何やら侍女たちからおかしな視線を感じた。田舎者の新入りが珍しいのだろうと今までは思っていたが、まさかそんな噂の中心人物にされていたなんて!

 憤慨するフィンリーにハロルドは苦笑した。


「すみません、私もオリバーも、ローガン卿も山のように持ち込まれる縁談に辟易していたところで。そこに都合よく君が現れたものですから……ここは乗っておこう、と」

 

「みんなでよってたかって乗らないでくださいよ! つぶれますよ僕! 

はぁ……出来るだけ目立ちたくなかったのに……」


 王都に留まることになったのは仕方がないとしても。

 極力目立たずひっそりと過ごそうと思っていたのに、気が付けば誰よりも目立つ存在になってしまっていた。

 

(ごめん、クイン……。クインが来るまで無茶はしないって約束したのに……。いや、私は無茶はしていないんだけどね?)


 王都に向かっている(と信じている)クインに向かってフィンリーは懺悔した。

 クインが王都に来れたらひっそりと入れ替わるつもりだったが、このままではクインは『王太子とその側近たちを虜にした魔性の侍従』になってしまう。


「ぶふっ……魔性の侍従……」


 どうやらフィンリーの心の声が漏れていたらしい。それを聞きつけたハロルドのツボにまたしても嵌ってしまったようで。


「もー! ハロルド様、『デート』するんでしょう⁉ とっとと案内してくださいよ、この『魔性の侍従』を!」


 開き直ったフィンリーに、ついに耐えきれなくなったハロルドは腹を押さえて壁にもたれてしまう。


「勘弁してくださいフィンリー、私を殺す気ですか?」


 その場合、死因は『笑い死』になるのだろうかとどうでもいいことを考えながら、フィンリーは虚無の顔でハロルドを急かしたのだった。




「あれ? ここは……」


 ハロルドがフィンリーを連れて来たのは、城下町でも一等地にある大きな建物だった。


「あ、いらっしゃ~い! 待っていたよ、フィンリー」


 ハロルドがその建物の裏口へと回ると、そこでフィンリーとハロルドを出迎えたのはオリバー・ジョンストン。


「フィンリー、ここがジョンストン商会の本店です。君にはここで確認していただきたいものがありまして」


「え? じゃあ、『デート』っていうのは……」


 二人の会話に、興味津々、といった表情でオリバーが割り込む。


「なになに? 今日って二人の『デート』だったんだ? こんなところで密会だなんて、ハロルド派が頭一つ分飛びだしたかな?」


 どうやらオリバーも王宮内の『噂』を承知しているらしい。にやにやと笑って言うから、フィンリーは大きなため息をわざとらしくついて見せた。


「はあぁ……。でもここはジョンストン商会ですからね。オリバー様は『大穴』らしいので、僕がここに来たことが分かればオリバー派も盛り返すんじゃないですかね」


 半ば自棄になって吐き捨てるとオリバーは声を上げて笑う。


「あはは! 確かに! よーし、僕大穴狙っちゃうぞ~! 

いや、待てよ……これ、もしかしたらビッグビジネスチャンスなのでは⁉ 僕らとフィンリーの絵姿販売とか……最終的なオッズは……」


 ぶつぶつと何やら計算し始めたオリバーに、フィンリーはさらに呆れかえった。


(あ、ダメだこの人も。ダメダメだ)


「肖像権を主張します。勝手に売り出したりしたら訴えますよオリバー様。

それより、僕に確認してもらいたいものって何ですか?」


 商会の中、奥まった部屋に案内されたフィンリーが問うと、ハロルドとオリバーが何か目配せをしあった。


「そうそう、そのことだけど。フィンリー、君ヴェルライトの鑑定って出来る?」


 太陽光の入る窓際の机に向かって座らされたフィンリーの目の前に、大粒のヴェルライトが置かれた。


「え? え、ええ……。シンクレア家の者として、幼い頃から鑑定は仕込まれてきましたから。

この石を鑑定すればいいんですか?」


 目の前に置かれたのは、大きなヴェルライト。オリバーは鑑定に使うルーペも持ってきてくれた。


「うん。これが『特級』と呼べる石なのかどうか、鑑定してほしいんだ」


 オリバーは笑いを引き込め、真剣な表情でフィンリーに告げた。


「特級⁉ この石が、ですか?」


 改めてフィンリーは石に向き合う。だが、フィンリーはルーペを使うまでもなく言った。


「これは、『特級』ではありません。それどころか上級とも……ううん、そもそもランク付けすら出来ません。

この石はヴェルライトですらない、紛い物です」


 怪しい光を放ち、色はヴェルライトに酷似している。大きさも一見圧倒されるほどに大きい。

 だが、それだけだ。

 ヴェルライトとしての品も美しさもない。単なるイミテーション。

 アルデバラに生まれ育った者として、シンクレア家の人間として、こんな石がヴェルライトを名乗っているのであれば腹立たしいこと限りない。


「ふぅん……そうか、やっぱりね。『特級』なんてそんなに簡単に用意出来るものじゃないとは思っていたけれど、まさかヴェルライトですらない石を用意してくるとは」


 僕らも舐められたものだね、とオリバーはその顔に似あわぬ酷薄な笑みを浮かべる。


「あの、オリバー様。この石は何なんです?」


 オリバーは無造作にそのイミテーションの石を掴み上げると皮肉気に言った。


「これを使って、『王妃の首飾り』を作って欲しいという極秘の依頼が来たんだよ。うちの商会の宝飾店にね。

『特級』に相応しい見事なものを……って依頼だったけど、こんな石を持ち込んで来る時点で馬鹿にしているよね?

さて、ここでフィンリーに問題です。こんな馬鹿げた依頼をしてきたのは誰でしょう?」


 フィンリーは考える。

 昨日の、グレース王妃から聞いた話も思い出しながら。

 このタイミングで『王妃の首飾り』を作って欲しいなんて言い出すのは……。


「……エレノア・マクリーン……ですか?」


 王妃の首飾りに……『特別』なヴェルライトに魅せられて執着している魔女。

 フィンリーが思い当たる人物は、彼女しかいない。

 導き出した答えを口にすると、オリバーはにっこりと笑った。


「はい、ハズレ。

実はね、この依頼は……王妃様からの依頼、なんだ」


 意外な『答え』にフィンリーは息を吞む。

 まさか。

 そんなことは――。


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