十二、離宮の王妃
「君は馬に乗れたんだな」
「はい! 小さい頃から、馬に乗るのは大好きです」
王都の郊外を二人で馬を並べて走りながら、フィンリーは久しぶりの乗馬に胸を躍らせていた。
結局、王妃に謁見するのに突然うかがうのは失礼だろうということで、アレックスが先触れを出した。
アレックスが会いに行けと言い出してから三日後の今日、こうしてフィンリーとローガンは王妃の住まう離宮に向かっている。
「アレックス様は馬で行けとおっしゃっていたが、もし君が乗れなければ馬車か、俺と二人乗りか……と考えていた」
その場合馬の上で二人の体が密着することになる……とふと考えてしまったローガンの顔が赤くなる。が、フィンリーはそんなことには気づかず笑い飛ばした。
「あはは、せっかくの馬に乗れる機会をふいにする気はないですね!
急に王妃様に会いに行けと言われた時には、またアレックス様の無茶振りか……と思ったんですが、こういうことなら大歓迎です」
フィンリーの声が弾んでいるので、ローガンもふっと表情を和らげる。
アルデバラを発ってから今日まで。フィンリーの気が休まる時はほとんどなかっただろう。王宮に上がってアレックスの侍従になってからは猶更。
最初の襲来以来、イザベラも何度も執務室に突撃しており、フィンリーはその対応に苦戦させられていた。王宮を出られるのはさぞ心が浮き立つことだろう。好きな乗馬が出来るなら余計に。
「まぁ、でも王妃様にお会いするのは緊張しますね。ローガン様はお目にかかったことがあるんですか?」
弾けるようだった笑顔を少し引き締めてフィンリーが言った。
「ああ、直接お話ししたことはないが式典の折などにな。元々王妃様はあまり王宮にいらっしゃらないんだ」
そこでフィンリーはかねてより疑問に思っていたことを口にした。
「あの……どうして王妃様は、離宮におられるのですか? 王宮には王妃様のお部屋だってあるのに……」
「俺も詳しくは知らないんだが……結婚当初から王と王妃殿下の仲はあまりよろしくなかったそうでな。アレックス様がお生まれになる頃から、王妃殿下は離宮に移られていたらしい。
だから、アレックス様も離宮でお育ちになられて、王宮に入られたのは三年ほど前だ。
その頃にはもうマクリーン夫人が王宮で幅を利かせていたからな……余計に王宮に戻ろうとは思われなかったのだろう」
その言葉からフィンリーは、王妃は存在感が薄く、か弱い女性なのだろうという予想を抱いた。
そしてアレックスも離宮で育ったということに驚く。
「アレックス様も離宮で? 意外です、王宮に隠し部屋まで作られているから」
「ああ見えてアレックス様も苦労されておいでだから。おっしゃっていただろう、味方が必要だ、と。王宮はアレックス様にとって敵の巣窟なんだよ。『魔王の城』などと茶化しておられたが、事実その通りなのだろうなぁ。
だからこそ三年の間に王宮内を調べ上げ、あの部屋を手に入れられたんだ。あの部屋はいざという時に外に出られる隠し通路に繋がっているんだよ。アレックス様はお忍びに出られる時や戻って来られる時にその通路を使われている」
軽薄に、遊び人のように。国のことなど何も考えていないように、無能に見えるように”演じて”いるアレックス。
その実、誰よりもこの国の行く末を憂いているのはフィンリーも分かっていた。
アレックスがこれから、何か大きなことを成そうとしていることも。
こうしてフィンリーが王妃に会うことも、きっとそれに必要なことなのだろう。
「さあ、もうすぐ離宮が見えてくるぞ。王妃殿下の住まわれる離宮は、『碧空の城』と呼ばれるほど優美で壮麗な城なんだ」
ローガンの指さす先にうっすら、碧色の城塔の先が見え隠れしていた。
†⁑†⁑†⁑
「いらっしゃい! あなたがフィンリーね? よく来たわねぇ!」
離宮に着いてすぐ、王妃の待つ応接室に通されたフィンリーは、明るく張りのある王妃の声と笑顔に面食らって立ち尽くした。
隣のローガンが恭しく騎士の礼を取ったので、慌ててフィンリーもそれに倣う。
「あらぁ、そんなに畏まらなくていいのよ? ここは気の置けない者たちしかいないの。楽にしてちょうだい」
フィンリーの予想していた女性と、目の前の王妃とはかけ離れていた。
アレックスと同じ明るい金の髪に、この城を映したような碧い瞳。快活な笑顔がアレックスに似ている。
そして――。
フィンリーは王妃、グレースにどこか既視感を抱いていた。
(どこかでお会いしたことがある……? でも王妃様にお会いするのは今日が初めて。
……あ、違うわ。誰かに似ていらっしゃる……?)
アレックスではなく、別の誰かの面影が目の前の王妃にはあるような気がして。目を眇めたフィンリーに、王妃はくすくすと笑った。
「わたくし、誰かに似ているかしら?」
いたずらっぽい口調にフィンリーがこくこくと頷くと、王妃はフィンリーに近づいてその手を取り、アレックスがよくそうするように片目をつぶった。
「リカルドおにいさまはお元気? フィンリー」
「……え……えぇっ⁉ リカルドって……父上のことですか⁉」
フィンリーの父、辺境伯はリカルド・シンクレアという。
そう言われてもう一度王妃の顔をよく見ると、確かに父の面影が彼女にはあって。
「おにいさま⁉ いえ、でも父に姉妹はいなかったはずで」
焦るフィンリーに、王妃は微笑んだ。
「リカルドおにいさまは、わたくしの従兄弟にあたるのよ。しかも、わたくしとおにいさまの母親は双子の姉妹でね。だからかしら、昔はよく兄妹に間違われるくらい似ていたの。
うちの母方はよく双子が生まれるから、あなたとクインもその血を継いだのかもしれないわね。わたくし、あなたたちにずっと会いたかったのよ!」
全く知らなかった事実にフィンリーは唖然とした。隣にいるローガンも驚いた顔でフィンリーと王妃を見比べている。
「それではフィンリーとアレックス様は、再従兄弟にあたるということですか。そう言われれば二人とも少し似ているところがあるような……」
そういえば、とフィンリーも思い出す。
王都に来てすぐ、あの公園で。お忍びだったアレックスと出会った時に感じた既視感を。
あれは、たった今王妃に感じたのと同じものだったのか。
「まったく存じませんでした。まさか父と王妃様が従兄妹の関係であったなんて……」
茫然としながらつぶやくフィンリーの肩を抱いて、王妃は母親のように優しく言った。
「だから、今この城を護ってくれているのもおにいさま……シンクレア家が手配してくれた兵たちなのよ。侍女や仕えてくれている者たちも皆、ね。言ったでしょう? 気の置けない者たちしかいないと」
ほっと肩の力が抜けるのをフィンリーは感じていた。王妃の言葉で、王宮よりもこちらの離宮の方がよほど慕わしいものに感じられる。
ようやくフィンリーは安心して、王妃に勧められるままソファに腰を下ろしたのだった。
◇◆◇
「アレックスからの手紙にあったわ。『王妃の首飾り』を見せてやって欲しい、と。あなたたち、『王妃の首飾り』のことは知っていて?」
侍女の入れてくれたお茶を飲みながら王妃が問う。フィンリーはあいまいに、ローガンははっきりと頷いた。
「王妃の証として戴冠式の際に授けられる首飾りですね。代々の王妃、もしくは王女殿下のみに受け継がれてきたという」
ローガンの言葉に王妃は微笑んだ。
「そうね。だから次はアレックスの妃に継いでもらうことになるわねぇ。でもわたくし、あの魔女の娘には絶対に渡したくないわね」
ふぅ、とため息をついて王妃は言う。それは、王妃は王太子の妃にイザベラ・マクリーンを認めてはいないということだ。
「フィンリーはどうかしら? 『王妃の首飾り』のことは何かリカルドおにいさまから聞いている?」
「僕は……アルデバラで採れた、特級のヴェルライトが使われているということしか」
アルデバラでも滅多に採れない『特級』のヴェルライト。父から聞かされて以来、フィンリーも一度見てみたいと思っていた。
「そうね、それは見事なヴェルライトが使われているわ。大きさも、色も……『特級』の名に恥じない見事な石よ。首飾りとしての細工も見事で、まさに国の宝よ。
アルデバラから来たあなたにこそ、見せてあげたいのだけれど……」
そこで王妃は言葉を切り、それまでの笑顔とは違う、どこか凄みのある笑みを浮かべて言った。
「ごめんなさいね。『王妃の首飾り』はここにはないのよ」
予想外の言葉に、フィンリーとローガンは同時に息を吞み、そして叫んだ。
「「えっ……⁉ ない……⁉」」
国の宝が。
王妃の象徴でもある首飾りが。
――ない、と。
困惑するフィンリーとローガンを見つめながら。
王妃は優雅に微笑んでいた。




