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十、一方そのころ

 フィンリーが魔女の娘相手に孤軍奮闘している頃、アレックスとローガンの姿は王都の下町にあった。


「そろそろ衛兵が突破された頃かな? フィンリーが彼女にどんな対応しているのか見てみたかったけど」


 くすくすと笑いながら言うアレックスに、警護として着いてこざるを得なかったローガンは苦々しい顔をした。


「ならば逃げだすようなことはされなければよろしかったのでは? 事前情報も何もなくアレをぶつけられては、フィンリーが可哀想です」


「侍従としての最初の試練ってヤツだよ。それに僕だってアレの相手をするのは出来れば避けたいからね。

……まぁ、婚約者に内定してしまった以上、これまでのようにのらりくらりと躱すのは限界かな」


 ふぅ、と憂いを滲ませた表情でアレックスは息をついた。憂い顔も美しく、先ほどから男女問わず無数の視線が彼に向けられていた。

 お忍びということもあり、王太子の時のような華美な服装ではなく、一般的な貴族の子息のような恰好はしているが、シンプルなだけにアレックスの中性的な美しさが引き立ってしまっている。


「お忍びも今後は少し控えめにお願いしたいところです」


 傍に険しい顔をしたローガンが控えているので、アレックスに近づいて来ようとする人間はいないが。

 自分が目立つ存在だということもいい加減理解してほしいとローガンは切に思った。

 成人の儀を迎えたことで、アレックスの姿かたちを見知る人間も増えているのだから。


「はは、色々調べたいことがあるんだよねぇ。人を使おうにも、僕にはまだ信頼出来る人間が少ないから、自分でやるしかないんだ。

あ、でもこれからはローガンやフィンリーにも協力してもらおうかな」


 ローガンは王宮で魔女の娘相手に苦闘しているであろうフィンリーの顔を思い出して首を振った。

 成人の儀が終わればすぐにでも帰りたいと言っていたフィンリー。王太子の侍従にされてしまったことは彼……彼女にとっては、不本意なことだっただろう。

 フィンリーがなぜ男装し性別を偽っているのか、結局ローガンは知らない。だが、女子と知られた時にいっそここで斬り捨てろと思い詰めるくらいには深刻な理由があるのだ。ローガンはあの時、何があってもフィンリーの秘密と彼女自身を護ろうと決めた。

 そんなフィンリーが、王宮の中でたくさんの人間に接しなければならない侍従を務めねばならないことは……さぞかし、負担だろうと思う。


「私なら構いませんが、フィンリーに関してはあまり巻き込まないようにお願いしたい。彼は……すぐにでも、辺境伯領に戻りたいと望んでいます」


 『令嬢』であるという秘密が守り通せるうちに。

 王の御前で王太子が願って侍従にしたのだから、すぐには解任してやることは出来ないだろう。だからせめて、彼女の兄が王都に着くまでは、彼女が平穏に過ごせるようにしてやりたい。

 ――すでに”平穏”とは程遠い事情に巻き込んでしまっているのだが。

 彼女を想って苦悩しているローガンを、アレックスは興味深げに眺めていた。


「ふぅん……”王都騎士団の鉄仮面”とまで言われた君が、そんなにも誰かを気に掛けるなんてね。

あ! もしかしてローガン……フィンリーに、惚れちゃった?」


 両手の親指と人差し指を使って♡マークを作るアレックスに、一瞬ローガンの思考回路がストップした。


 惚れ……?

 フィンリーに……?

 この、ローガン・ダドリーが……?


「んなっ……! ななな、なにをおっしゃっているんですかアレックス様!」

 

 顔が一気に熱くなる。熱でもあるのか? とローガンは近くの壁にもたれかかった。

 頭のてっぺんから「ぷしゅー」と音がして湯気が噴き出そうなローガンを、アレックスはおやおやと苦笑する。色恋ごとに疎く、あちこちの女性から向けられる秋波に気づきもしない朴念仁が。

 初めて恋した相手が、『男の子』だなんて、と。


「ああ、僕は男同士がどうとかそういう偏見はないから、安心してね。うん、いいんじゃない? フィンリー可愛いし」


 『男同士』という言葉にローガンの熱が一気に下がる。そうだ、対外的にはフィンリーは『少年』なのだ。自分がフィンリーに想いをかけるということは、周りからは男同士の恋愛だと思われるわけで……。


「ええええぇっ、いやいやいやいや! ですから違うんですアレックス様! フィンリーはその、そういうアレではなくあくまでも俺はかの……彼を無事に辺境伯領に帰してやりたいという、それだけでっ!」


 いつの間にか一人称も素の『俺』に戻っていることすらローガンは気付いていなかった。

 焦りまくるローガンに、アレックスは生暖かい眼差しを向ける。


「うんうん、そうだね、恋は最初は気に掛けるところから始まって、気付けば落ちているものだからねぇ! でもなぁ……フィンリーは僕も気に入っているんだよね……」


 アレックスが意味ありげな視線を向けると、ローガンは今度は青ざめた。


「えぇ? いやでもかの……彼は、辺境伯家の令息で!」


 だが、実はフィンリーは『令嬢』だ。

 万が一アレックスがその事実を知り、フィンリーを欲したら?

 彼は王太子、望めば叶えられないことはないだろう。


「だから言ったろ? 僕はそういうことは気にしないって!」


 アレックスが魅惑的な微笑を浮かべた。

 そうか、アレックスはそっちもいける口か……いや、そういう問題ではなく!


「気にしてください! とにかくフィンリーはダメです、手を出さないでください!」


「そう言われると余計に気になっちゃうんだよねぇ、僕としては」


「アレックス様!」

 


 顔を赤や青に変化させながら焦るローガンをひたすらからかうアレックス。その二人に、呆れたような声がかかった。


「遅くなりました……って、何やってるんですかお二人とも。やけに目立ってますよ」


 そこに現れたのはオリバー・ジョンストンだった。城下で営む商会で仕事をしているオリバーと、アレックスはよく下町で待ち合わせているらしい。


「いや、ローガンにもついに春が来たっていう話をね」


 くすくす、とアレックスが笑う。ローガンはもはやがっくりと肩を落として「チガウチガウチガウ」と繰り返すだけの人形と化していた。


「それはおめでたい話ですけど、こちらはあまりおめでたくない話です。

――ロベルタ宝飾店に極秘の注文が入ったようです。しかも、特級のヴェルライトを使った、ね」


 その言葉に、アレックスの表情がハッと引き締まる。


「……このタイミングでヴェルライト、か。当然注文主は……」


「間に何人か入っていますが、言わずもがな”魔女”でしょうね」


 魔女、ヴェルライト。王太子の婚約者が内定したこのタイミングで。

 ”彼ら”が何をしようとしているのか考えて、アレックスは逆にこれは好機ではないかと閃く。


「ローガン、呆けている場合じゃないよ。王宮に戻ろう。オリバー、君も一緒に」


「そのつもりです。んじゃ、王宮でゆっくりローガン様の青い春についてお聞きしましょうかね」


 にやりと笑うオリバーにアレックスも意味深な笑みを浮かべて歩き出す。


「それはいい。もうとびっきりに甘酸っぱい春みたいだからね!」


「ですからぁあ! そういうのではないと!」


 慌ててアレックスを追うローガンの背中を見たオリバーは。


「ああ、遅く来た初恋が重症だっていうのは本当なんだなぁ」


 と訳知り顔に頷いていたという。



†⁑†⁑†⁑



 ――その頃、アルデバラ辺境伯領――


「父上! まだ王都には発てないのですか⁉ 早く行ってやらないと、フィンリーが……っ!」


 クイン・シンクレアは焦った声で父親の辺境伯に迫っていた。

 フィンリーが近衛騎士のローガン・ダドリーと共に王都に発ってからすでに十日以上。本来ならすぐにでも後を追おうと考えていたのに、辺境伯はクインにそれを許してくれなかった。


「落ち着きなさい、クイン。

……残念だが、今こちらを離れられない事情が出来(しゅったい)した。

隣国の動きがどうもきな臭い上に、鉱山に何者かが入り込んだと報告があったのだ」


「鉱山に? けれどあの場所は簡単には入り込めないはずでは?」


 クインも辺境伯家に生まれた者だ。貴重な資源であるヴェルライト鉱山のことはよく知っている。厳重に辺境伯家が管理し、アルデバラの領民でなくては鉱山に入ることすら許されないと。


「上手く戸籍を偽ったようだな。だが、すでに調べはついていて今は見張り付きで泳がせている」


 辺境伯は厳しい顔で両手の指を組み合わせる。


「……泳がせている?」


「クイン、聞け。今この辺境伯家には大きな罠が仕掛けられようとしている。シンクレア辺境伯家の存亡に関わるような、大きな罠だ」


 父親の言葉にクインは息を吞んだ。


「我が家の存亡……⁉ 父上、一体どういうことですか! 

まさか、フィンリーもそれに巻き込まれているんじゃ……」


 王都に向かった娘を想い、辺境伯は痛ましげな表情を浮かべる。


「そうだな、あの子も否応なしに巻き込まれることになるだろう。

クイン、お前ももうしばらくしたら重要な任を負って王都に向かってもらう。そのつもりで体調を整えておきなさい」


 クインは強く頷く。

 もう体が弱いだの病がちだの言っている場合ではない。

 大事な双子の妹が、そしてこの家自体が大きな波をかぶろうとしているのだ。

 自分だけが安穏としているわけにはいかない。


(フィンリー……どうか、無事でいて)


 生まれた時から共にいた双子の妹。こんなにも離れているのは初めてのことだった。

 自分の身を引き裂かれたように、フィンリーと離れているのは苦しい。今すぐにでも、彼女の許に飛んでいけたら。

 彼女の秘密を知るのは自分だけ。フィンリーがたった一人で『男』として王都の人々の中で苦労しているだろうと考えただけで気が狂いそうになる。


(フィンリー……!)


 祈る形に組み合わされた手の中には、フィンリーが残していったストロベリーブロンドの髪がひと房、あった。


久々のクイン登場でした

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