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元侯爵令嬢が、村外れで薬草摘みをしているワケ

 元冒険者の俺は、異様なものを見た。

 村はずれで少女が薬草を積んでいたのだ。それ自体は珍しいものではなかったが、問題は少女にあった。


 三角巾に隠れていた髪は美しく、手や肌の艶が普通の村娘のものではない。農作業や野良仕事をやっているのならもっと荒れていないとおかしいのである。

 なんだこいつは、まさか魔女ではないだろうな!?

 今の俺は冒険者を辞めた身だが、この先にある村にはずいぶん世話になった。もし魔女だったとしたら、村人たちがひどい目に遭わされる。確かめてみるとするか……


「おい、娘……」

 そう話しかけると少女はこちらを振り向いた。緊張しているようだ。

「何でしょう? もし、薬をお買い求めでしたらもう少しお待ちください」

 薬使いか。俺は冒険者として20年生きてきた。こう見えても薬にはうるさいぞ。

「待たせてもらっていいかな?」

 そう話すと、少女の表情はパッと明るくなった。

「もちろんです! あそこに私のお店がありますので、少し休んでください」

 ん、今の喋り方。独特のなまりだったな。

 

 俺は、少女の店に入る前にドアノブを睨んだ。

 魔方陣やマジックトラップの罠なし、ゆっくりとドアを開けて中に入ると、ハーブを乾燥させた匂いがするくらいで特に罠らしいものもなかった。

「ふむ……戻ってくるまで待つとするか」


 およそ10分くらい経つと、少女は戻ってきた。

「お待たせしました!」

「いい店だな」

 そう褒めると、少女は恥ずかしそうに笑った。

「ありがとうございます。冒険者さんはどのような薬をお求めですか?」

「傷に即効性のあるハーブを3セットほどもらおうか」

「……かしこまりました」


 俺はじっと少女がハーブをすりつぶして、ペースト化させる手つきを眺めた。

 このハーブは長く触っていると手の肌を偏食させる薬草だ。これで肌が変色しなければ魔女と言われる判別方法なので、注文数が多いと薬師によっては怒りだす失礼な注文でもある。

 じっと手肌を眺めていると、少女はちらりと俺を見た。

「お客様。私は魔女ではありませんよ?」


 どうやら彼女のプロ意識は本物のようだ。

 この、傷に即効性のあるハーブは作ることに技術も必要なので、冒険者の常連客を作るチャンスでもある。だから1個の注文なら薬師なら腕まくりをし、2個なら頷く、3個ならやや失礼にあたるという具合だ。


 少女の手はすっかり変色しているので、俺は彼女が悪魔や魔女ではないと結論付けた。しかし、そうなると妙だ。どうして彼女は肌はこんなに美しいのだろうか?

「いや、失礼した……君は本物の人の子のようだ」

「疑いは晴れましたか?」

「君の肌や髪があまりに美しかったものでな。この通り俺も年なので、どうしたらそこまで美しくなれるのかご教授願いたいものだ」


 少女は手を止めるとチラチラと俺を見てきた。何かを言うべきか悩んでいる表情をしている。

「ん、どうしたのかな? 何か俺に相談したいことでもあるのかい?」

 少女は思い切った様子で聞いてきた。

「……実は私、元侯爵の娘なのです」


 何だか凄く納得してしまった。髪が肌艶が村人とは思えないくらい美しく、さらに王都の言葉を使うのだから嘘は言っていないだろう。

 だとしたら、新たな疑問が出てくる。なぜ侯爵令嬢がこんな村はずれにいるのだろう。普通はメイドのような従者がいるのではないだろうか。それに、貴族の娘にしてはたくましすぎるところも気になる。

「最近よくある、婚約破棄か?」


 侯爵令嬢と名乗った少女は、しっかりと俺を見た。

「いいえ。国全体が大規模転移術に巻き込まれまして……」

 その噂なら聞いたことがある。何者かが小国に対して大規模な魔導テロを起こし、国中の人間が消えてしまった……という類の話だ。

 彼女の言っていることが正しければ……あちこちに強制的に移動させられたという説が正しかったことになる。


「もしそうなら君の判断は正しいな。例の小国は今……3つの大国が領有権を主張して、入り乱れるように争っている。ここで静かに暮して迎えを待った方がいい」

 そういうと、少女は浮かない顔をした。

「しかし、私は領主の娘です。少しでも路銀を集めてから同郷の者を保護したいのです。でも、この薬を売る商売も自分自身が食べていくのが精一杯で……」


 その話を聞いて、何だかこの娘はまっすぐで羨ましいと思えた。俺はしょうもないことで冒険者を辞めた身だ。

「そういう話なら協力してやってもいいぜ」

「ほ、本当ですか!?」

 少女の表情は再びパッと明るくなった。俺風情がこう言って表情が変わるのだから、相当心細かったのだろう。

「まず、商売をしている場所が悪いな。お得意さんとなる冒険者がたくさんいる場所でないと商売は成立しないぞ」

「……どこが、いいのでしょうか?」


「冒険者街の近くで、更に薬草がよく採れる場所だな。心当たりならある」

 少女は半信半疑という様子でついてきたが、俺の案内した場所は彼女が思っていた以上に薬草に溢れていたらしく、とても驚いていた。



「す、すごい……こんなに薬草がたくさん生えているなんて!」

「意外と見落とされがちな場所でな。よく穴場として使っていた」

 俺は薬草の谷の入り口を指さした。

「あそこに屋台でも立てておけば、新米冒険者もすぐに気づくだろう」

 少女は喜んでいたが、俺を見てから不思議そうに質問してきた。

「ご助力……感謝します。でも、どうして私にここまでして頂けたのでしょうか?」


 俺は遠くを眺めながら言った。

「俺さ、冒険者を辞めようと思ってたんだ」

「それは、どうしてです?」

「異世界転移者だったか。この地域に来たばかりのヤツと手合わせすることがあってさ。16・7という年頃のヤツに軽くひねられたんだよ」

「え……? お客様がですか!?」

 彼女は、俺の首元に書かれたAの文字を指さした。

「Aランク……冒険者ですよね?」

 俺は頷いた。冒険者ランクは辞めても一生消えないのである。


「ああ、10の頃から戦士としての修業を始めて、14でやっと三下として認めてもらって、21でBランク、Aランクに上がれたのも32……去年の話さ」

 遠くを眺めると、10前後の子供が汗を流しながら素振りをしていた。

「こう見えても剣の腕には自信があったんだが、その異世界からやってきた戦士に軽くあしらわれたよ。それも、木剣を持ったことがないということは構え方を見ただけで分かった」

 少女の表情は曇ったが、俺は話を続けた。

「だけど戦ってみると、異世界戦士は俺の攻撃を軽々と交わしたんだ。それだけでなく背後まで取った。俺には才能がないということははっきりと……」

「何を言っているんですか! 冒険者さん……あれを見てください!」


 少女の指さした方向に目を向けると、物陰から俺たちの様子を窺っていたモンスターがそそくさと逃げ出していく。そういえば俺は豊富な経験を積んでいるから、その辺にいるモンスターは近づくことさえできないのだった。

「あのモンスターたちは、私たちのような一般人が日々怯えるような相手ですよ! それが恐れをなして逃げ出しているというのに……才能が無いと言えるのでしょうか?」


 思わず苦笑してしまった。

「これは一本取られたな。わかったよ。俺は異世界からやってきた戦士にできないことをすればいい……そういうことだろう?」

 少女は少しだけ表情を和らげた。

「それだけでなく、異世界からやってきた戦士にももっと優しくすべきでした。彼だって私のように右も左もわからない状況でしょうから……」

「そうだな。今後は気を付けるようにしよう」



 しばらくの間、このお節介な少女の護衛をすることにした。

 異世界からやってきたという戦士に会ったら、しがないオッサン冒険者はここで続けていると伝えてくれると嬉しい。俺がこの道から背を向けたとき、とても気にしているようだったのでな……

 ここまで読んで下さりありがとうございます。

 もし、気に入って頂けたら【ブックマーク】や広告バーナー下の【☆☆☆☆☆】に評価をよろしくお願いします。


 また、長編恋愛小説『2400メートルの求愛 ~最も愛しい彼女から、最も嫌なライバルと思われたい男の仔の物語~』も合わせてお読みいただければ幸いです。

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