なつまつり 7奴隷目
数々の作品の中からこの物語に触れてくれてあざす。ブクマくれた人、あなたは神です。
夏のクライマックスと、言っても過言ではないだろう。
夏祭り。やはり、これに尽きる。
プールは嫌いだが祭りは大好きだ。
待ち合わせのドキドキ感。日本的なエロスの象徴、浴衣。
人ごみに近づくと匂ってくる油と砂糖の混じった独特の匂い。歩くたびに、身に染みるその躍動感が何とも言えない感動を夏の夜空の火の花とともに与えてくれる。
これほどまでに充実したイベントは他にないだろう。
……ということで、待ち。
おれは今、まさに夏祭りの当日。
待ち合わせ、その時である。
猫海市、猫海駅。
県内では城下町だとかなんだとか結構有名な観光地、その中心に位置する駅には色とりどりの浴衣が行き交う。
駅の入り口には、観光地らしい心遣いだろうか。何十個と鈴なりに風鈴が並び、涼しい響きが駅の無機質な電子音をかき消してくれていた。
街はすっかり祭気分、足取りは皆同じ。県境にたゆたう草无川の方向に向かっている。
おれはその人の流れにつっかえたように、彼女をーーーー篠宮 翠果を待っている。
待ち合わせは19:30だったが現在19:50。
どうやら少し遅れているようだった。
なんとなく、スマホで彼女とのLINEのやりとりを眺める。
『ごめーん。ちょい遅れる』
『りょ。気をつけてこいよ〜』
ちょい遅れるって、20分ってそれってちょいなのか?沖縄かな?
まあ待つのは嫌いじゃないし、うちなータイムだと思えばまだセーフ。
噂をしていれば、人混みの流れに逆らって走ってくる少女が独り。
朝顔の花がらの入った、紫縦縞の浴衣を優雅に揺らしながらこちらにパタパタとかけてくる。
いつもは下ろしている長い黒髪も、今日はポニーテールのように後ろで結んですすきの穂のように和を感じさせる雰囲気に。
普段のダルっとした雰囲気とは一風変わったその美しさにおれは思わず息を飲んだ。
「ごめんごめ〜ん……はぁ……遅れた。もぉ、着付けに戸惑ったんだけど〜……やっぱ浴衣めんどい」
艶やかに染まった頬、浴衣から覗く彼女のほっそりとした首元、たまに見える鎖骨。
水着とは違った体のラインを見せないエロスが、まさにそこにはあった。
やばい……めちゃくちゃかわいい。
ヤバすぎる、語彙力が消失してなんかもうすごくヤバいです。
「翠果……」
「なに? ……もしかして、浴衣へん?」
自分の浴衣をひらひらと見直す彼女。
背中には大きなリボンのように輝く帯が。
「100億万点……やばい泣きそう」
よかった、おれにかわいい女子の知り合いがいて……マジで。
「……そぉ? よかった。花火はじまるから、いこ」
「そ、そうだないつまでも動揺してられなって……お、おい」
初めてかもしれない。
あんなにも気だるそうでおれに命令ばかりする彼女が、おれの手を無理やりつかんで引っ張る。
どこか甘くて心地よい、そんな彼女の匂いがふわっと鼻孔をついた。女の子の匂いだ。
それがなんとも言えない本能を刺激するぞわっとする感覚を呼び起こしてなんというか……うん、改めて女子とまつりに行ってるんだなおれ。
頭一つ低い彼女の後ろ姿、何故か歩調をおれよりも早めていて、露骨に顔を見られたくないようなそんな感じがした。
駅を飛び出して、屋台の並ぶ道へ出て。
あたりの暖色の街頭のせいだろうか、彼女の耳が赤く染まっているようなそんな気がした。
「あらたのために着てきたんだから、褒めるのはあたりまえ」
「え? なんて?」
ぼそっとつぶやかれたそいつは。
祭りの歓声にしっとりと、蒸し暑い祭りの空気に溶けた。
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