おれたちだけの体育大会 1奴隷目
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「なんか今日あつ~……陽射しつよー。体育大会うざー。うるさい男子たちの自慢大会じゃん、こんなの」
わぁきゃぁと歓声の上がるグラウンドの端の、ちょっとした日陰に座りながら彼女はスポットライトのような晴れやかな日光に当てられたいわゆる陽キャ男子たちに冷やかな視線を向けていた。
いやまぁ確かに言わんとしていることは分かるけれども。
「今日くらいは前向きに参加したらどうだ?」
5月下旬。
毎年恒例のイベント、体育大会の幕開けだ。球技やらリレーやらなんやら楽しむことがメインのこの大会はもっぱら運動部の独壇場。もちろん、おれのような人間に出番はない。それは彼女も同じだろう。
一男子高校生としては、さしずめ体操服というアイテムの正念場といったところか。
今もおれの目の端には暗い紺色のズボンからスラッと延びたおみ足、控えめな膨らみを持つ彼女、篠宮 翠果のバランスのいい体のラインが目に入る。
なにより、いつもとは変わった雰囲気のポニーテールでまとめられた流麗な黒髪が彼女の純白の体操服に映えて美しい。
これだけは言っておきたい。人類で最初に体操服を開発した人は確実に変態だ。
特に一昔前のブルマとかもう確信犯だろ。フェチズム丸出しだ。デザインラフを描いたやつとそれを見て「これでいこう!」と判断した昔の偉い人たち、グッジョブやで(小声)。
「む……あんま見んな」
「痛ッ……スネは蹴るなや。確かに見てたけど」
流石に見すぎたのかバレちまったぜ、ぐへへ。
しかし無理もない、体操服姿の彼女は控えめに言っても可愛い。
まさにモデルのような均整のとれたスタイルで身長150センチもない彼女がちょこんと、グラウンドの砂の上に置かれた木製の学習椅子に陽射しを嫌いながら気だるそうに座るその姿はまるで青春の待望を一フレームに納めたような満足感があって、心にしみじみとくるものがあった。
「はぁーつまんないの。どっかにぷらーと出かけたいなぁ」
ぽつねんとまろび出た彼女のその一言に、おれの中に微かに根差す冒険心が刺激された。
「なら、サボるか体育大会」
「……え」
「出ようぜ、学校」
いつになく、キラキラした瞳を称えて彼女は満開の笑顔を咲かせた。
「…………うん。あのね、行きたい場所あるの」
× × ×
「はぁ。はぁ……なぁ、いい加減休憩させてくれないか?」
「え~、やだ。馬車馬のように漕いで~もっと早く」
青春の代名詞のような、二人乗り。
おれの腰に、彼女の細い腕が回されている。
カラカラと音を立てて回る自転車のシリンダー。地面の凹凸の度に音を立てて揺れる前かごと、背中にたまにふにゅっと当たる彼女の感触がなんとも言葉にし難い。
お互い学校の長袖ジャージ姿に着替えたから体操服よりマシとは言えど、こうやっていざ外に出てみるとなんだかこっ恥ずかしい。たまに刺さる歩行者の視線がなぜだが耐え難い。
それにこんな状況でも、ほのかに香る彼女の制汗剤の匂いに不本意にも不埒な妄想してしまう自分が度し難い。
これはそう、本能のせいだ。おれの精神の中核を成す理性では仏のように冷静なのだ。きっとおれの理性は、彼女の胸を控えめに揉むくらいでその妄想を止めているはず。仕事してねぇな、おれの理性。
「なぁそれよりさ、大丈夫なのか。遠出し過ぎると閉会式に戻れなくなるぞ」
幸いイベントごとに至ってはかなり寛容な学校なので、少しくらい出かけて姿を消していても咎められることはそうそうない。しかし、流石に閉会式にいないとなると話は別だ。クラスの男女が揃って失踪とか笑い話にもなんねぇな。地味に顔はいいこいつを高く買っている男子数名から反目を買いそうだ。
……まあ、おれがこいつに奴隷扱いされていることがクラスの奴ら知れ渡っている時点で今更ではあるが。
「別に……いいし」
「よくはないだろ」
「いいから、このまま真っすぐ飛ばして」
「へいへい、分かりましたよお嬢様」
「……お嬢でもないし」
「割と生まれは良いんじゃないのか」
だいぶ前にちらっと聞いたけど、なんか父親が県だが国家だかなんかの公務員の偉い人じゃなかったっけ。
「頭のかたい娘溺愛のおとーさんがいるだけ」
「へー、愛されてるのな」
「ただの老害予備軍だから」
「……お父さん可哀想だろ」
まあでも父親とはあたりが強い感じからして仲は良好なのだろう。
よくよく考えてみれば、おれは彼女のプライベートな話を聞いたことがなかったな。
おれが意図的に避けていることが原因だというのは分かってはいるが。
「っと、赤だ」
おれたちは、学校の近くを流れている県で一番大きな土此川沿いをずっと真っすぐ自転車で進んできた。
もう40分くらいだろうか、ウォークラリーの長いコースを川上に向かう形で進み続けている。
目の前の信号は、ここらで一番大きな公園へと続く道のちょうど折り返し地点の合図だ。
彼女の目標の公園まであと半分か……それにしても、あと40分自転車こぎっぱなしってのも疲れるんだぜ、なぁ翠果。
と、わざとらしく疲れた顔で彼女の方を見やると、超至近距離で目が合った。
……なんだよ。そう視線で問うと。朴訥とした雰囲気をまとった彼女は戸惑いながら顔を上げた。
「……わたしさ~? 小さい頃にお母さん亡くしてるの」
どこか落ち着かない拍子で、彼女にしては珍しく自分のことを語り始めた。
どこか慎重な響きを含んだその語りに、おれは静かに頷いた。
「わたしが3歳くらいのとき、ちょうどね。今から向かう公園に行く途中の……この信号」
おれの腰に回された手が、きゅっと強く締まった。
「……なんていうか、ごめん」
自分でもなんで謝ったのか分からない。強い、思いのあるこの場所に止まってしまったことを申し訳なく感じてしまったのかもしれない。
「ううん、気にしないで――――ほら、あそこ。今はガードレールがあるでしょ?わたしが今みたいにお母さんの自転車の後ろのチャイルドシートに乗せられてた時にね、そこにトラックが突っ込んだの……信号を渡り切った後にね。居眠り運転だった」
そのまなざしにはどこか、憂いにも似たものを感じた。
それが悲痛であるのか、憎悪であるのかおれには分からなかった。
「私は、助かったんだけどね。お母さんは助からなかった」
無性に込み上げてきた怒りが、おれの自転車のハンドルを握る手を強くさせた。
あまりにもその事故が不憫に思えて、気が付いたら自分の唇を噛んでしまっていたらしい。
そのことに、血の味がしてからおれは気づいた。
「――――て、言ってもほとんど私は覚えてないんだけどね。はは」
悲しいような顔をしながら、笑う彼女を。おれはとても直視できなかった。
「それからずっとね、この道だけは通れなかったの。どんなに通る必要があっても、この道だけは通りたくなかった……この先にある公園も、ずっと。小学校の遠足のときにも、ズル休みしていかなかった」
訥々と、語りを重ねる彼女は在りし日の一ページ一ページをなぞるように瞳を閉じて過去を描いた。
そこにはきっと、おれには分からない分かることのできない苦しみもきっとあるのだと思う。
「……いいのか、おれなんかと行って」
ガスを吐いて通り過ぎる、鉄の塊。ともすれば人の命を奪うそいつらは、信号が黄色に変わって速度を落としなりを潜めた。
かっこーかっこーと、安全を告げる青信号が鳴った。
それでもおれは、彼女の返事を待った。
「……ううん。あらたとだから、行きたいの」
静かに、隣に見える土此川で一匹の魚が跳ねた。ちゃぽんという綺麗な音が、雲間に差し込む陽光のようにおれたちにできた僅かなる間隙を埋めてくれた。
「え、今なんて――」
何か今すごく殊勝なことを言った気がするんだが気のせいかおいマジでいきなりデレるのやめろよマジで可愛いとかいう不埒な感情を抱くところ立ったじゃねーかばか。
「……ちょ、顔見ないで。ほんとに」
左手で顔を隠しながら、恥ずかしそうにおれをポカポカっと右手で叩き始めた。それがこれ以上責めるなという合図だというのは言われなくても分かっていた。
「分かった分かった。青は進め。だな」
おれは、左右左とテンポよくあたりを見まわし迫りくる脅威がない事を落ち着いて確認してから、信号を渡った。自分を、そして彼女を守るために。しっかりとガードレールの内側を走った。
トラウマというか何というか……触れたくない過去に自らが向き合うことに、本当は意味なんてないのかもしれない。
向き合ったところで、ただ不条理に傷ついて癒えない傷を癒えないままに、隠しながら生きる羽目になることだってあるだろう。
それでも、彼女が行きたいと。その先へ、踏み込みたいと。そう願うのなら、おれはどこまでだって行く。
なんたっておれは、彼女の篠宮 翠果の奴隷だからな。
それから、おれたちは大事なく残りの40分の道のりを漕ぎ続け公園についた。彼女にとっては初めて訪れる公園だからかもう高校生だというのに子どもみたいに遊具や綺麗な景色に興味津々で、かくいうおれも年甲斐もなくはしゃいだ。
しかし、不思議だった。
あの信号を折り返してから気のせいだろうか、いつもよりペダルが少し軽く感じた。
春風か、何かが。
きっと、おれと彼女の背を優しく押してくれていたのだろう。
ともあれ、青春の一ページ。
おれたちだけの体育大会は、恙無く終わりを迎えたのだ。
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