なつまつり2 8奴隷目
読んでくれてまじあざす
人混みに揺られる夏は、初めてではなかったが。
こんなにも、心躍る夏は初めてだ。
揺れる浴衣、揺蕩う日。
粉ものの焼ける音、祭りの景品の安っぽい笛の音。
砂糖と油の混じった祭りの芳香が漂う。
その一角の人気の少ないところでぐったりしながらおれたちは、境界ブロックの上で腰掛けていた。
というのも、屋台を一通り回るところは回って祭りの風には当たりきったからだ。
あとは、締めの花火まで待機と言ったところで。ちょうど、人気があまりない祭りの中心からは外れた川沿いのあたりに二人腰掛けている。
彼女、篠宮 翠果の手にはりんご飴。手首にはあの謎の景品、光るブレスレットが付いていた。
きれいな整った顔に、雰囲気の一風変わったポニーテル。りんご飴ときたなら、夏の理想を詰め込んだ女子のように見えなくもない。
でも祭りの景品で『あ、あらた。あれほしー、射的やろ?』と言われてあの謎の光るブレスレットを取らされるとは思わなんだ。
お前小学生かよ。と、心のなかでツッコミを入れつつも。彼女が楽しそうで何よりだった。
それに、おれもちゃっかりラムネを手にして祭気分に浸っていた。
透明な瓶、透明なサイダーを傾けて流し込む。
カランとビー玉の、なる音がした。
「ふぅ、流石にこの人混みは疲れるな」
どこかげっそりとしながら、りんご飴をペロペロとなめている彼女に問いかけると疲れた足を降ろすようにしてほっそりとした艷妖に映る白い足をのぞかせながら浴衣下駄風のサンダルをブラブラと揺らした。
「人多すぎ、人がゴミのようだ……早く帰れよこいつら」
「お前もその人ゴミの1人であることを忘れるなよ?」
おれが問いかけると、彼女は頬をぷくっと膨れさせた後に腰掛けているおれの太もも辺りに手をおいていきなり顔を近づけてきた。
ゾクリとおれの背中は強い電流が走ったかのように固まった。
ふわりと、女の子の甘い香りが鼻孔をつついた。祭りの暖色の光に照らされた浴衣姿の彼女は、やけに色っぽくておかげで童貞のおれはタジタジするハメになった。ヤバい、かわいい。
「……な、なんだよ」
おれが問うと、少し目をジトっとさせてから紅潮した頬をごまかすようにして釣り上げた。
「……もーらい♪」
気がつけば、おれの手に握られていたラムネの瓶は彼女の手に。
嬉しそうにりんご飴と合いそうだと笑ってみせた。
「おい、返せ。地味に三百円するんだぞそれ」
「ふーん……じゃあ、はい。りんご、飴一口上げる」
「……なんだこのフェアトレードなトレードオフは」
彼女が赤く艶っぽいりんご飴こちらへ向けてくる。
記憶の片鱗には、翠果が可愛らしい舌を覗かせてりんご飴を舐める姿が。
……なんだこの恥ずかしさは。
間接キスとかあんまり気にする人種じゃなかったはずなんだけどな、おれ。
「はい、あーん」
どこかからかうような、期待と優しさの混じったその眼差しにおれは渋々屈することにした。
「はぁ……あーん。ん……うまい」
「そ……よかった」
「「……」」
はい、気まずい。
なんだこの空気は、まさかラブコメか?
いやいや、二次元の見過ぎだな。翠果が何故かそっぽを向いて無言でラムネ飲んでるけど、気にしないでおこう(無理)。
小っ恥ずかしさが漂う空気の中、おれはそれを振り払うようにして立ち上がった。
「あー、おれ。飲み物買ってくるけど。なんかいるか?」
「……ん、えっと。チョコバナナ」
「お前すごいな、さっきから甘いもの三昧じゃねーか」
屋台を一応一通り回って、綿菓子とかかき氷とかタピオカとかいちご飴を食し、そして今のりんご飴に取り掛かっているはずだが。マジでさっきからずっと甘い。翠果の食い物気持ち甘すぎだろ!
「女の子には甘いものが必要なの〜」
なおのこと、りんご飴をペロペロと舐めながらのたまう彼女。いつの間にやらおれからぶんどったラムネの瓶は空になっていた。
おれはその姿を目に、はぁっと大きくため息を一つついて無言で右手を差し出した。
「ん」
「……え? なに?」
「……☆カ☆ネ☆」
「わたしカネ触るとアレルギー出るからごめん」
「お前もう帰れよ」
なんだかんだでまた奢ることになる小牧 新であった。
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