第2話「聖剣登録」
純粋な剣技に対する揺るぎない自信が俺にはある。
聖剣学院へ入学を決意したのも、実技試験で落第するような真似はしないという自負があったからだ。
なにより、王都の「王立ロルバ聖剣学院」といえば、大陸全土に響き渡る騎士候補生の育成機関。
古の時代から隆盛を極めていた魔術学校と双璧を成している上、それが僅か十年程度の成果と豪語されれば、入学の決め手にもなる。
もっとも、義父のラギスが助言してこなければ、俺は今も魔獣狩り専門の剣士だったわけだが。
「ロルバ学院はここか、思ったより早く着いてしまった」
到着した学院では新入生らしき少年少女が集まっていた。
考えは同じようで、既に俺以外にも入学手続きを済ませようと、聖剣を腰に携えた学院生達が庭園の奥にある校舎の一か所に集中している。
そして、その整列の最後尾に並ぶと、俺は一息ついた。
「とりあえず手続きは問題なく済みそうだな」
入学の手続きといっても、学院の担当者が生徒の持参した聖剣を魔力測定にかけるだけの簡単な工程だ。
順番が来るまで待機している方が億劫まである。
「鞄も邪魔になるな、聖剣の在籍登録が終わったらついでに学生寮の下見にでも行ってみるか」
だが、ロルバ聖剣学院の魔力測定室で突きつけられた想定外の状況に、俺は拍子抜けした。
「俺の聖剣が登録できない……だと? 」
聖剣登録中に告げられた言葉に、俺の全神経が理解を拒んでいた。「聖剣登録」の為に持ってきた聖剣が登録できない、とは意味不明だ。
すると、担当する学院の職員が丁寧に説明する。
「申し訳ありませんが、ゲルンタルスさんが所有する聖剣は、魔力の測定が出来ませんでした。学院が定めた規定上、これの登録は認められておりません」
「し、しかし、これは確かに俺の聖剣だ。聖剣が登録できないはずは」
「原因はこちらで詳しく調べられませんが、おそらく」
反論しようと、受付の申し訳なさそうな表情は頑なに変わらない。
明確に俺の聖剣が規格外な理由があるらしい。
「聖剣には種類が二つあります、実戦の魔獣討伐で用いられる魔力の安全性を度外視したものと、模擬戦や祭典の為に力を抑えた儀剣式」
「つまり、俺の持ってきた聖剣は実戦用というわけか」
「はい。ただこの場合、学院側で聖剣の力に一時的な制限をつける魔術を施すのですが」
「それが出来なかった……ということか」
俺は腕を組み、片手を顎につけて悩んだ。
どうすればいい。
動揺が表に出ないよう、俺はなんとか腰から崩れ落ちそうな身体を持ちこたえている。
騎士候補生の門出を前に立ち往生とは、かなり危機的な状況になった。
聖剣の登録が出来なければ入学自体が取り消しになる。
学院の合格者にそんな失態を犯す人間はいないと失笑さえしていたが、まさか俺自身が判例になるとは。
とんだ災難だ。数年前、義父であるラギスから譲り受けた代物だが、聖剣であれば問題なく登録できると碌に調べもしなかった。それが軽薄だったとでもいうのか。
「そうか、分かった」
ただ、俺にはわずかな算段がある。
ナリアと別れてすぐさまロルバ学院に向かったのは行幸だ。
俺は無慈悲に返却された聖剣を持って外に出た。そして、荷物が入った鞄を学院に置き去りにして、一度急いで城下町に戻ることにした。
そうだ、ないなら現地で調達すればいい。
王都ともなればいたるところに行商の通りがあるはず。そこで、代替となる剣を探せばいいのだ。
俺は人づてに人気が少ない路地にある武具店に辿り着いた。
剣に留まらず槍や弓矢、鎧といった基本的な装備品が壁や木台の上に網羅されている。
手っ取り早く俺は店番の男に魔力の加護を受けた「聖剣」の在り処を尋ねたのだが、やはりというべきか。
「くっ……高すぎる」
店番の男に勧められた聖剣は、俺の持ち合わせでは手の届かない金額だ。
当然だ。「聖剣」と呼称される武器はただの刃物とは違う。
魔術を効率よく発動するために使用する魔法杖を、わざわざ薄く削って鉄鋼の刃で包んだ特殊な構造をしている。
つまり手間が掛かっている。
魔力付与を介さない通常の真剣が価格60gelに対して、提示された聖剣は180gel。手持ちの硬貨は全部で120gel程度である。
聖剣の力を発揮するには、最低限の魔術的センスが必要不可欠だというが、金はそれより必要な素養だったというわけだ。笑えないな。
「これよりも安いものは? 」
「悪いが。これがうちで買える最安値だ。他を回っても同じくらいだろうな」
そう言いながら、店番の屈強な体格をした男は俺の服装を訝しんでいるようだ。
「しかし、お前さんまさかとは思うが。ロルバ学院の新入生だったりするのか」
「そうだ。どうやら手続きの為に持ってきた得物の種類を間違えたらしい」
「ハハハッ! なんて奴だ。入学登録も出来ずじまいとは、一世一代ってときにとんだヘマをしたもんだな。そうだ、ならギルドにでも行ったらどうだ」
「ギルドか。しかし、入団には試験が必要なはずだ。時間をかけてはいられない」
「そいつは安心しろ。この王都は実戦主義って面が強くてな。とりあえず事前に受注許諾証を貰って依頼をそつなくこなせば」
「王都にはそんな仕組みがあるのか」
「ああ、なんだ? 奇麗なナリしてる割になんにも知らねえのか。学院の試験は受けに来たんだろ」
「俺の試験会場は東にあるムゼラントの街だった」
「ハッ、辺境育ちかよ。なら仕方ねえか」
ほらよ、と丸められた洋紙を投げつけられる。
広げて見ると、これは王都内の区域について詳しく記載された案内図か。
「保証は出来ねえが、あそこには色んな依頼がある。野草採集から魔獣の討伐。んでもって安全から危険までな。そん中なら短時間で100gel稼げる仕事も見つかるかもしれねえ。ま、自己責任で頼むぜ」
「これなら入学式までには間に合うかもしれない、か。実力以外に必要なものは」
「とりあえず許諾証の発行費40gelと……後は、運だな」
「充分だ。報酬を貰ったらまたここに来る」
そうして俺は武具店を後にして、男の言う王立ギルドとやらに向かった。