第1話「王都到着」
「セント様、そろそろです! そろそろ王都に着きますよ! 」
ゆったりと揺れる馬車の中。俺の正面から元気で遠慮ない声が上がる。
目覚めが悪いというのに、彼女はお構いなしだ。
「ん? ああ……」
俺は覚めきれていない瞼をこする。
故郷である東の辺境地を出立してから数日間を馬車の移動に費やした。今日も俺達は日が昇るより先に宿を出た。
それは、王都にある聖剣使いの学び舎に向かうためだ。
だというのに実の俺だけが貧弱でいるかのようで困る。
「あの! 聞いていますか」
「何度も言わなくても聞こえている。王都に着くんだろ」
「そうです、外を見てください」
そういってメイド服を着た彼女は、後ろに纏めた茶色の髪を弾ませながら窓のカーテンに手を伸ばす。
一瞬、俺の視界が真っ白に覆われた。
目が慣れると、その壮大さに思わず感嘆を上げてしまった。
「すごいな……。これが」
「はい、エスカレント王国領、最大の都、王都メガルド! です」
緑の平原の奥にある巨大な石の城壁と、周辺を横切る大きな川。そして、王都の城壁へと足を踏み入れんとする人の列が街道に長蛇を作っている。
俺のいた辺境ではこうはならない。
「ふふっ」
その光景に、というよりは愚直にも驚いてしまった俺の表情に満足したのか、彼女は行儀よく正面に座りなおすと、傍らの小さな籠を取り出した。
おそらく朝食だろう。
窓に頬杖をついて俺は外を眺めながら、なんとなく言った。
「ナリアは、王都は初めてなのか」
「一度だけですね、正直、私にはああいう華やかさがないので長居はしたくないのですが」
「そういうものなのか」
「えっ、いや、それは、まあ」
唐突にしおらしくなるのだから、これも困る。
「えっと、それで本日、拵えた特製サンドです……どうぞ! 」
気を取り直して、差し出されたのは蓋が開けられた籠。
その中から朝食を取り出すと、俺は続けて言った。
「俺より早く起きたというのに大層なものを作るんだな。なんというか、たくましさは昔から変わらないな」
「たくましい……?」
「そうだ。案外ナリアのような堅実な人間が王国騎士に向いているのかもしれないという話だ」
「な、なにを言い出すかと思えば! やめてくださいセント様、冗談でもっ! 」
冗談ではない。が、恥ずかし気に顔を振って否定する大袈裟な仕草に、口から自然と意地の悪い笑みが漏れていた。
そして、俺は素朴だが肉厚なパンを齧った。
それから。
湧くような賑わいが古い馬車の薄壁から伝わってくると、俺は早くも長旅を終えた脱力感に見舞われていた。
無論、ここからが本番ではあるが。
「うはー! どうやら間に合っているようですね! 」
馬が止まるや否や、その喧騒に当てられたかのように息を吸い込んでナリアが外に飛び出ていく。
「当たり前だ。ロルバ学院の入学式は次の城鐘が鳴る時刻だそうだ」
ナリアには刺激が強すぎるのか。来るのが二度目と言うわりに落ち着きのない彼女に続いて、王都の広場に足をつけた。ここは王都の最東端だろう。
「しかし、王国領の中心なだけあって賑やかだな」
行商地区、ではない筈だがかなり町が騒がしい。レンガの石畳で敷き詰められた城下町は、住人や商人、旅人とみられる大勢が広場の奥や、目の前を通り過ぎている。
まあ、俺やナリアと同じ理由で家族ともどもお祭り騒ぎというのもあり得るが、それを差し引いても耳が休まる気配がない。
それにしても、鎧や武器を身に着けた者の姿をほどんど見掛けない。やはり、東側には王国騎士がわざわざ戦力を割くほどの脅威はないということだろうか。
と、やや退屈な座学で習った魔獣の生態系と王国兵の戦力配分を意味もなく測っていると。
「セント様! 」
「ん、なんだ」
俺が城下町の周りを凝視している間に、ナリアは馬車の荷台に移動していた。
遠征用の備蓄などを入れた布袋の中から、彼女は鞘に収まった一振りの剣を取り出した。
丁重に手渡された剣を受け取ると、すぐに腰に装着する。その後、ナリアが重そうに降ろそうとする革製の大きな鞄を支えながら地面に置く。
「粗方の日用雑貨と、歴史書もここに詰め込んでいますから。学院生活での一助になるかと! 」
「ああ、すまない。しかし」
「どうかなさいましたか」
「いや……ロルバ聖剣学院といえば、王国でも名だたる聖剣使いを輩出してきた名門中の名門だ。どこまでついて行けるか」
「できます! 私が言うんですから、絶対です! 」
両手に作った拳を、半ば興奮気味に上下させて俺に勢い込むナリア。念を押して激励してくる姿勢に俺の片足が少し気圧された。
あまりにも真っ直ぐな期待を寄せられると妙な居心地の悪さを感じてしまう。
だが、そんな明朗快活とした人が傍にいたからこそ、俺は今この場に立てて居るのだろう。
「魔術と剣術っ! 双方の長所を取り入れた聖剣技法を深めることは騎士を目指すセント様にとって近道にもなりますし。もちろん、試練は山々かと思いますが……あっ! 」
「こ、今度はどうしたんだ」
「それと、ラギス様より手紙を預かっています」
「父から? 」
手渡されたのはしっかりと赤い押印で封がされた手紙だ。
裏表を確認するが、何処にも宛先人である俺の名前すら記されていない。
「まったく、義理だというのに」
「ご主人様はそうは思われていませんよ? 」
「ふっ、そうだといいが。そろそろ向かうとするか、あとはこっちで進めるから心配しなくていい」
「そ……そうですね、それでは。ゲルンタルス家の侍女として。私も陰ながら応援しております、ご健闘を! 」
「当然だ。どこまでやれるかは分からないが、来たからには結果は残す。ここまでありがとう、ナリア。帰りは気をつけるんだ」
「はい、お元気で……! 」
そして、俺は彼女と別れ、城下町の人混みの中を歩き始めた。
ロルバ聖剣学院では入学式の前に必ず出席の手続きをしなくてはならない。時間に余裕はあるが早々に向かった方が難はない。
俺、セント=ゲルンタルスは辺境育ちの剣士だ。
だが、王都まで来たからには剣士というだけでは終われない。
これから俺は「騎士」とも呼ばれるような剣術の最高領域、「聖剣技法」への一歩を踏み出すのだ。