一生このまま
美緒に別れを告げて数日経った。
美緒のお父さんと話した日に泣いてからは泣いていない。
美緒から連絡もないし、きっと受け入れてくれたのだろう。
やっぱり中卒の俺に恋なんて難しいんだ。
俺はまだ美緒が好きだ。
多分一生このままだ。
それでもいい。
美緒以外はもう考えられない。
俺はこの想いを胸に、この先一生生きていく。
そんなことを思いつつ、いつも通り倉庫の仕事から帰ってくると、家の電気がついている。
消し忘れたか?
そう思って、自転車を止めて、家の鍵を開けると…開いてる…。
泥棒かもしれないと思い、俺は恐る恐るドアを開けた。
玄関には女物の靴が一足。
中を見ると、
母親だ。
中3の時以来だからもう5年ぶりぐらいだ。
「律、遅かったじゃないか」
「どうしたんだよ急に」
俺は家に入り、母親のいるリビングに向かった。
「元気そうじゃないか」
「ああ、まぁね。出ていくんじゃなかったのかよ」
「ああ、またすぐ戻るさ」
「んじゃ何しに来たんだよ」
「いやね、出ていくときに置いて行った50万あるだろ? あれ返してくれないか?」
「はぁ?! 俺がこれまでどれだけ大変だったと思ってるんだよ! 俺高校も行けなかったんだぞ!」
「あら、そうなんだ。それが?」
「それが? それほどのことだよ! おかげで俺は中卒だぞ!!」
「だから? 別に顔は綺麗なんだからホストでもなんでもやればいいじゃない」
物心ついてから、母親とまともに話したことなんて記憶にないけど、こんなに常識外れの人間だとは思わなかった。
いや、中3の子どもをおいて出ていくぐらいだから、昔からこうだったんだろう。
「そんな金、もうないよ」
「ってかあんた元気そうだし、少しはお金あるんでしょ? 中3まで育ててやったんだから今までの分返しなさいよ」
「全然意味わからん」
「はぁ? 親孝行ってやつだよ。あんたそんなことも知らないの? バカだね」
「親孝行ぐらい知ってるから。別に何もされた覚えもない親に孝行する必要性を感じない」
「はぁ、本当ダメな息子だわ。あんた1人で大きくなったと思ってんの?」
「そ、それはないけど…」
「だからその分返せっての」
「……いくらだよ」
「そうだね、200万ぐらいかなぁ」
200万。
今俺の貯金が150万ぐらいあるから、後50万。
何とかできそうな気がする。
「わかった。ただし条件がある」
「あぁ?」
「金輪際俺に関わらないことを約束してくれ。それを約束してくれるなら、200万やるよ」
「あー、わかったよ、んじゃそれでいいから早く持ってきな」
「今はない。1カ月ぐらい、8月最後の日に取りに来てくれ」
「はぁ、面倒くさいけどしょうがないね。んじゃ8月末に200万。それであたしとあんたはもう親子じゃない。それでいいね?」
「ああ」
そう言うと母さんは、鞄を持って出ていった。
次の日から俺は、夜間の工事現場でのバイトを追加した。
恐らく寝る時間を削って、倉庫と工事現場をフルでやればなんとかなるだろう。
「律、なんか隈がすげーけど大丈夫か?」
倉庫で検品作業をやる俺に横山さんが話しかけてきた。
「大丈夫っす。ちょっと8月末までにお金が必要で、深夜にバイト追加したんで」
「まじかよ、大丈夫か?」
「うっす」
「なんで急にそんな金が要るんだ? あーー! なんだ? 誕生日プレゼントとかか?」
と横山さんがニヤニヤしながら話しかけてきた。
美緒の誕生日11月だから、昨年は付き合ったばかりで知らなかったから1度もお祝いできなかったな。
そんなことを思いながら、
「まぁそんな感じっす」
「そりゃ頑張るしかねぇなぁ。ただあんまり無理しすぎるなよ」
「うっす」
倉庫のシフトが深夜にかからないように調整してもらって、深夜から工事現場で、朝方帰って数時間仮眠して、倉庫に行く。
倉庫の時間によっては寝ずに倉庫の仕事に行く。
体は疲れてるけど、仕事でミスをするわけにもいかないから、いつも以上に気を張って仕事をする。
そしてついに8月末、何とかギリギリ間に合った。
昼休みに銀行でおろして、事務所の金庫で保管しておいてもらった200万円入った封筒。
それを持って家に帰る。
家の電気が付いている。
どうもちゃんと来たみたいだ。
本当、くずみたいな親だ。
でも、これで終わりだ。
俺は自転車を止めて家の中に入った。
「律、ちゃんと準備できたのかい?」
「ああ、ほら」
俺はそういうとダイニングテーブルにお金の入った封筒を置いた。
「どれどれ」
母親はそういうとリビングからこっちに来て封筒を手に取り中を覗いた。
「ちゃんとありそうだね」
「ああ、銀行でおろしたんだから間違いない」
「んじゃこれで私とあんたは他人だね」
「約束だぞ」
「あーあー、わかってるよ」
「わかったならさっさと出ていってくれ」
「はいはい」
そう言うと母親はリビングに鞄を取りに行き、俺の脇を少しニヤッとしながら通り過ぎ、家を出ていった。
最後の表情が気になる。
母親は、約束通り他人とは言ったが、法律のことはよくわからないがきっと法律的には何にも変わらないのだろう。
もし何かあったら。
もしまたなんか理由をつけて金を出せと言ってきたら。
あり得る。
あんな母親だ。
大いにあり得る。
ここを出るしかない。
それしか母親が俺にたどり着く術を無くす方法がない。
美緒とも別れた。
この街に未練はない。
美緒のことは今でも愛してる。
この想いだけ持って、違う街で俺は生きて行こう。
俺はそう決めると直ぐに、大きめの鞄に最低限の着替えや生活必需品を入れた。
そして俺はマスターに電話した。




