【西条美緒視点】青天の霹靂
私はアルバイトをすることにした。
律君にアルバイトがしたいということを相談して一緒に考えた。
「それにさ、美緒、「いらっしゃませ~」とかよりも、何だったらモデルの方がやりやすいんじゃない?」
という律君の一言で、私は谷川さんに連絡しモデルのアルバイトをすることにした。
確かに、これまであまり人と喋ってこなかったから、外見が変わっても愛想のいい接客とかできそうにない。
それだったら、言われた通りに動くだけで、しゃべったりしなくていいモデルの方がましかもしれない。
谷川さんは大丈夫って言ってるけど、私なんかでいいのかが大いに不安だが…。
だってつい最近まで幽霊女だよ?
出来る限り空気になるように生きてきたあの幽霊娘よ?
そう思いつつ私は指定された都心の公園の駐車場に向かった。
「あ、美緒ちゃん!」
公園の駐車場に停められたロケバスの前で、なんか話し合いをしていた谷川さんが私を見つけて声をかけてくれた。
「よ、よろしくお願いします」
「任せて! 今日は人が少ないところだし、私もいるから、言われた通りやってくれれば大丈夫だから!」
「は、はい…うまくできるか自信ないですけど…」
「大丈夫! みおちゃん本当に可愛いんだから心配しないで!」
「は、はい…」
そして谷川さんは私の肩を持つと、その話し合い中だった大人の人の中に連れていった。
「今日はこの子! 西条美緒さん! これから結構出てもらう予定だけど、今日が撮影初めてだから!」
と私を紹介したので、
「よ、よろしくお願いします…」
と私が挨拶すると「よろしくねー」みたいな感じで皆さんが挨拶してくれた。
「それじゃまず、ロケバスの中に服準備してあるから来てもらって、その後メイクとヘアメイクするね!」
「わ、わかりました」
「んじゃメイクさんよろしくー!」
谷川さんがそう言うと、1人の女の人が「こっちだよー」と言うので、言われるがままロケバスに乗った。
その中で、指定された洋服に着替えて、メイクされてヘアメイクもされて外に出た。
すると、
「ふー! 相変わらず可愛いしスタイルいいねー!」
そう谷川さんが言ってくれた。
他の大人の人も「この子やばいっすね」とか「肌が綺麗すぎる」とか言ってくれてる。
私は恥ずかしくなりながらも、谷川さんに連れられて木陰のベンチに連れていかれた。
座るのかな? と思ったら、
「今回はねー、秋の公園デートがテーマだから! このベンチの背もたれ持ってここに立って!」
私は言われたまま背もたれに手を置いて、谷川さんに言われた位置に立った。
「そうそう! それで右足を前に足をクロスしてもらって、右手の鞄をこう腕に下げる感じで…そうそう! それで左側に少しかしげてもらって、すこーしだけ笑って!」
私は言われるがまま動いて、最後にぎごちない笑顔で笑った。
すこーし笑うというのがわからないけど、私はすっごい笑うことができないから、これでいいんじゃないだろうか…。
すると、
「ちょ、ちょっと! カメラさん!」
「え、あ、え、す、すいません! 目線そのままでー」
と言われて写真を撮られた。
その後も色んなポーズを指示され、その通りに動いて、そして一通り撮ると、ロケバスで服を着替えてメイクしてを繰り返した。
「はい、今日はこれで終わりー! お疲れ様!」
「お、お疲れ様です」
「みおちゃん完璧だったわ」
「そ、そうですかね…」
「カメラさんなんて最初撮るの忘れて見惚れちゃってたからね!」
とカメラさんの方を見ながら谷川さんが言うと、カメラマンさんが「いや、本当すんません…」と頭を掻きながら苦笑いしていた。
「皆とも話してたけど、本当可愛いから! 自信持ってね!」
「は、はい…」
「そうだ、モデルの名前どうする? 本名にする? なんかあだ名みたいなのにする?」
「名前ですか…」
どうしよう。
何となく本名は怖い。
かといって今までのあだ名と言えば、お化け女子に貞子に幽霊女…。
流石にダメだろう…。
私がうーんと悩んでると、谷川さんが、
「そしてら、アルファベットでMioとかにする?」
「あ、はい、それでお願いします」
「じゃあそうしましょう! 今日撮った写真を使った雑誌ができたら見本送るね!」
「は、はい、ありがとうございます」
そうして私の初撮影は、無事かどうかは私じゃ判断できないけど、一応終わった。
そしてもうすぐ夏休みなろうかと言う、大学の試験期間中に、谷川さんから雑誌の見本が届いた。
私が載っているということなんだろう…。
と思いつつ、人生初のファッション雑誌をペラペラめくると、特集ページにでかでかと私が載っていた…。
は、恥ずかしい…。
でもこうやってみると自分と言うより別人を見ているような感覚になる。
でも、これでお金をもらえるなら、接客業とかよりはいいかもしれない…。
とりあえず試験が終わったら律君と会う約束をしてるから、その時に見せて驚かせよう!
やっぱり律君に1番に見て欲しい!
それに、夏休みになったらどこか遠出をしようと話してる。
楽しみだ…。
まだまだ、人に慣れたわけじゃないけど、律君と一緒にいるときに前みたいな引け目をそこまで感じなくなってきて、本当に髪の毛切ってよかった。
唯一嫌なのは、あれ以降も何度かお父さんから庄司君と会ってみないかと言われており、最近では完全に私はお父さん無視してる。
正直、庄司君もそうだけどお父さんのその神経も理解できない。
私が髪の毛を切りたくなくなったのは、確かにお母さんの失敗が原因かもしれないけど、それを例え悪気がなかったとしても私に嫌だという気持ちを強く植え付けたのは彼だ。
お父さんは一体何考えてるの。
お母さんに文句を言ったら、どうもお父さんが今の仕事ができているのは庄司君のお父さんのおかげなところがあるらしく、それでなんだか立場的に断れないらしい。
なにそれ。
勝手にやって。
私を巻き込まないで。
そんなことを思いつつ、私は鞄に見本のwiwiを入れて、律君と待ち合わせをした公園に向かった。
律君驚くかな。
なんて言ってくれるかな。
公園に着くと、律君がいつものベンチに座っていた。
私は少しだけ早足で駆け寄って、声をかけた。
「律君!」
すると律君はいつもと違って少し暗い表情だった。
どうしたんだろうと思いつつ、私はいつも通り律君の横に座った。
「み、美緒…」
「どうしたの?」
「美緒、大事な話があるんだ」
「なーに?」
「俺さ」
「うん」
「好きな人ができたので別れましょう」
なんて言われたのか一瞬わからなかった。
でも真剣な律君の顔をみて、私は理解した。
一瞬で涙が出てきそうになったので、私は律君に背を向けた。
「ど、どうして」
「俺に美緒じゃない好きな人ができたの。美緒は何も悪くない」
「…」
「こんなに優しくて、こんなに可愛い美緒なのに、俺が悪いんだ。だからごめん」
「…」
「美緒にはいいところしかない。髪を切ってからも切る前も、本当に優しくて暖かくて、俺の支えだった。でも俺はそんな美緒を裏切ってしまった。本当にごめん」
「…で、でも……」
「だから別れよう」
それだけ言うと律君はベンチを立って、自転車に乗り行ってしまった。
どうして…。
あんなに好きだって言ってくれてたのに…。
どうしてどうして!
ゆ、夢! そう思って辺りを見るが、ここはいつもの公園だ。
現実だと認識すると、目から涙があふれ出た。
なんで…。
律君がいなきゃ私…。
無理だよぉ。
私には律君しかいないのに…。
どうしてどうして…。
目からは溢れ出た涙が止まらない。
私は下を向くと、少し伸びた前髪が目にかかる。
ああ、そういうことか。
やっぱり私は髪を切ったって幽霊女だ。
ついに律君もそのことに気が付いたんだ…。
逆に律君が今まで私を見てくれていたことが奇跡だったんだ…。
決めていたはずだ。
訪れるかもしれないその時まで律君を信じるって。
そして、今その時が訪れたのだ。
あぁ…。
律君…大好きです…。愛しています…。
私はそのまま公園のベンチで、律君に見せるはずだった、私が初めて載ったwiwiの入った鞄を抱えたまま、1時間ほど涙を流していた。




