意気地なし
美緒の両親と会ってから1カ月ほど経った。
いつも通り仕事に行き、タイミングの会うときに美緒と会って、時間が長く取れそうなときは家で料理をご馳走して。
この前は、2人でチャーシューを作って、美緒の家におすそ分けを渡したりもした。
そんな毎日が過ぎた。
途中なんか美緒が少し暗い雰囲気の時期があったが、今は元に戻って俺に優しく笑いかけてくれる。
今日は仕事が19時に終わったので、いつもの公園で美緒と会っている。
「ねー律君」
「どうしたの?」
「私さ、アルバイトしようと思うの」
「おお、いいね! なんのバイトするの?」
「何がいいかな…」
「谷川さんが言ってたモデルは?」
「無理無理! だって私だよ?」
「美緒だからだよ! こんなに可愛い人どこ探しても見つからないよ!」
と俺が両手を広げて力説すると、美緒は顔を赤くして下を向いた。
「り、律君は、私を見るときだけ、目がどうにかなっちゃってるよ…」
「そーんなことないよ! 時任さんや赤井さんだって言ってたし!」
「そ、そうだけど…」
「それにさ、美緒、「いらっしゃませ~」とかよりも、何だったらモデルの方がやりやすいんじゃない?」
と言うと、美緒はむーんと考えて、ムムムと言う感じになった。
「たしかに…」
「モデルは、お話しする仕事じゃないから、美緒はそっちの方がよさそうじゃない?」
「それはあるね…。やっぱり色んな人と話すのは苦手なんだよね…」
「知ってる! だから、逆にモデルの方がいいんじゃないかなと? 谷川さんも大丈夫って言ってたし!」
「でも私なんかでいいのかな…幽霊女だよ?」
「幽霊じゃないし、もう美緒がモデルやったらすごいよ! 俺美緒が来た洋服全部買っちゃう!」
「お、女物だよ?」
「そんで美緒にあげる!」
「私に戻ってくるんだ(笑)」
「そう!」
「それはやめて欲しいかな(笑) 律君のお金なくなっちゃうし」
「あはは(笑)」
「じゃあ、やってみようかな…」
「うん、いいと思うよ!」
「うん…! 谷川さんに連絡してみる」
「それがいいね! しかし美緒今日はいつも通りだね! ちょっと前少し暗かったからなんかあったのかと思ったけど」
「え、あ、うん…。もう大丈夫。ちょっと家族で色々あって…」
「も、もしかして俺のこと?!」
やばい、美緒が俺に気を遣って言ってないだけで、実は大問題になってたりとか!
「ち、違うよ! 全然違うこと! 律君のことは関係ないよ!」
「そ、そっかーーーー! よかったぁ」
「お母さんからは節度を持って付き合ってねって言われてるし」
「そっか、よかった!」
そして俺と美緒は沈黙した。
節度を持って…。
節度は持ってると思う。
だって、手を繋いだことあるだけだし…。
ただ、何もしたくないわけではない……。
俺だって一応男だし…。
チラッと美緒を見ると、美緒も同じようなことを考えてしまったのか顔が真っ赤だ。
「り、律君は、まだ、わ、私と、そういうこと…したいって思ってくれてる…?」
と美緒が恥ずかしそうに聞いた。
「も、もちろん! めっちゃしたい!」
と俺が前のめりに言うと、美緒は首まで真っ赤になってしまった。
なんで俺はいつもこうなんだぁぁぁぁぁ!
どうしてなんかもっとうまいこと伝えられないんだぁぁぁぁ!!
俺がうわーっと頭を抱えていると、
「い、いいよ」
と美緒が言って、少し上を向いて目をつぶった。
こ、これは! キ、キ、キ、キ、キ、キスしてもいいということか?!?!?!?!?!
ま、待って待って!
え、するべき?
ちょっと待って!
「み、美緒ちょっと待って! こういうことは、なんか流されないでちゃんとしよう!」
と美緒の肩を俺がつかんだ。
すると美緒は、
「もう…律君の意気地なし…」
と頬を膨らませて言った。
うおわーーーーーー、めちゃくちゃ可愛いけどぉぉぉ!
「ご、ごめん…」
「嘘だよ、そういうところも、す、好きだから…」
と言うと美緒は再び顔を赤くして下を向いてしまった。
そうなのだ。
最近たまにだが美緒が、好きって言ってくれるようになった。
正直言われるたびに、心臓を鷲掴みにされたかと思うぐらいに苦しくなるほど、嬉しい。
「あ、ありがとう美緒」
「うん」
そうして俺らはその後も少しだけおしゃべりして解散した。
そんな毎日が続き、もうすぐ美緒は夏休みになる。
夏休みになったら、2人でどこか遠出でもしてみようかと話してる。
何も決まってないが今から楽しみでしょうがない。
美緒がテスト期間中は、少し会う頻度が減ったが、毎日連絡は取っている。
俺も夏休み前は少し忙しくなるので、ある意味丁度良かった。
そう思いながら俺は出荷の検品作業を行う。
春ごろから、横山さんに変わりこのCエリアの出荷検品は俺が行うようになった。
横山さんは、大手通販会社の物流を受けているAエリアを重点的にサポートしている。
そして検品も終わり、丁度シフトが終了する時間あたりだったので、事務所に行こうかなと思ったところに横山さんが来た。
「律よ、なんかお前にお客さんが来てるぞ」
「俺にお客さん?」
「西条さんって知ってるか?」
え? 美緒?
どうしたんだろう。
「あ、はい、知ってます」
「んじゃ事務所の応接スペースに通しておいたから行ってきていいぞ」
「え、あ、はい」
「今日は残業ないかそのままあがっていいぞ」
「りょ、了解です」
そう言うと、俺は急いで事務所に向かった。




