美緒の両親
髪の毛、セットした!
服装、派手じゃない感じ!
歯磨き、オッケー!
靴、いつものスニーカー…これしかないから靴はしょうがない…。
俺は今日初めて美緒の両親に会う。
正直、死ぬほど緊張している。
人生でこんなに緊張したことない。
卓球の大会なんかとは段違いだ。
圭太にも相談して、マスターにも相談した。
そのままの俺を見てもらうしかない。
ヨシッ!
と俺は、ほほを自分で叩いて気合を入れて家をでた。
美緒から言われたのは、美緒の家の最寄り駅から少しだけ離れたところにある、少しお高い和食のお店だ。
俺は緊張しながら自転車で向かい、自転車置き場なんてないので、店の脇に自転車を止めて中に入った。
「いらっしゃいませ。ご予約は?」
「さ、西条で」
「西条様ですね。既に他の方はいらっしゃっておりますのでご案内いたしますね」
「は、はㇶ!」
緊張のあまり、声が裏返ってしまった…。
店員さんの後をついていくと、オープン席を通り過ぎ、奥の個室に案内された。
店員さんが扉をノックした。
や、やばい! 吐きそう!! なんか胃袋が押しつぶされてる気がする!!!
「お連れ様がいらっしゃいました」
そう言って扉を開けた。
俺は中に促されたので、一歩個室の中に入る。
「か、樫木律です!! よ、よろしくお願いします!!!!!!!!!!」
と言って、ガバッと頭を下げた。
「あらあら、美緒の母です。どうぞ美緒の隣に座ってください」
とお母さんが言ってくれたので、顔をあげて、死ぬほど緊張しながらテーブルに近づく。
4人席のテーブルで、ご両親と対面して美緒が座ってる。
俺が美緒の横の席に座ると、
「それでは、コースお持ちしますので少々お待ちください」
と店員さんが言ったのを、お母さんが笑顔で頷いた。
「えっと、樫木君、初めまして、美緒の父です」
「は、はじめまして!!!!!!!!」
と俺が言うと、お父さんはギョッとした表情になって、お母さんは微笑んでる。
すると美緒が、
「り、律君、こ、声が大きすぎるよ…」
とコソっと教えてくれた。
「す、すいません…。緊張して、おりまして…」
「そうよねー、でも楽にしてね。まず樫木君、この度は美緒を見てくれて、前に進むきっかけを与えてくれたこと、本当に感謝しています。ありがとう」
そういうとお母さんが深々と頭を下げた。
「ほら、あなたも」
「あの、なんだ、ありがとう」
とお父さんも頭を下げる。
「あ、いえ! ぼ、僕はなにもしてませんから!」
「いえいえ、そんなことはないわ。美緒はきっと樫木君がいたから、前に進む決心ができたのだもの。そうよね美緒?」
とお母さんが言うと、美緒は小さくうなずいた。
あ、うなずいた美緒可愛い…。
そんなことを思って美緒を見ていると、
「り、律君! こっちばっかりみないで…」
と、慌てた感じで美緒が言った。
やばいやばい、一瞬ご両親いること忘れてた。
「あ、す、すいません…」
「いえいえ、本当に美緒を大切にしてくれてるみたいね」
「はい! 地球上のなによりも大切です! 美緒に死ねって言われたら死ねます!」
と俺が言うと、お父さんが飲んでいたお茶をゴホゴホっとせき込んだ。
お母さんが「大丈夫?」と言いながら、おしぼりをお父さんに渡し、
「え、えっと…それならよかったわ。え、いいのかな?」
「まぁ、いいんじゃないか…。ちょっと今時聞かない言葉でびっくりしちゃったけど…」
「そ、そうよね」
とお母さんが言った。
すると、個室のドアが開けられ料理が運ばれてきた。
「今日はお礼だから、私達がご馳走するから遠慮なく食べてね」
「は、はい!」
そして美緒の変化に驚いたことや、近頃の美緒についてお父さんとお母さんが話して、時折質問されつつ運ばれてきた料理を食べた。
正直もう話すことに一生懸命で、味があまりわからない。
「ご両親はなにしてらっしゃるの?」
お母さんが質問してきた。
ついに、俺のことについてだ。
「父は生まれた頃からいません。母は中3の時に家を出ていきました」
「そ、そうなの…た、大変だったわね…」
「正直当初は死ぬほど大変でした」
「どうやって生活してきたの?」
「15歳から働きました。俺、中卒なんです」
そういうと、ピシッという感じで空気が止まった感じがした。
しばらくするとお母さんが、
「そ、そう…。それからはずっと今の仕事?」
「はい、拾ってもらった恩もありますし、あまりできる仕事に選択肢がないので」
「そ、そうなのね…」
「はい、ですが、生活が苦しくないぐらいには死ぬ気で働くつもりです」
「そう…」
するとお父さんが、
「しょ、将来はどうするんだね?」
「まだ明確には考えていませんが、まずはできる仕事を一生懸命やっていくことを考えていくつもりです。このままだと今の倉庫の仕事ですね」
「そ、そうか…」
「ただ、将来もし機会があれば、料理を仕事にできたらいいなとも思っています」
そう言うとお母さんが少し驚いた感じで、
「料理??」
と聞いた。
すると美緒が、
「り、律君の料理は本当に美味しいんだよ! もうお店を出せるぐらい!」
「さ、流石にそんなことはないよ…」
「そんなことあるよ。本当に美味しいもん!」
「そうかなぁ、でもありがとう美緒」
と俺と美緒が話していると、「オホンッ」とお父さんが咳払いをした。
やばいやばい、また両親いること忘れてた。
もう美緒が視界に入ってくると、俺は本当に美緒しか見えなくなる…。
「えーっとね、まぁそれはわかったんだけど、美緒? 一応お父さんたちもいるからな?」
とお父さんが言うと、美緒は顔を真っ赤にして下を向いた。
「ご、ごめん…」
「美緒からは色々聞いてたけど、本当に美緒も大好きなのね」
「う…うん…」
可愛い! 嬉しい!
でも、ここで美緒を見ちゃうと、また二人の世界に入っちゃうからここは我慢だ…。
「料理を仕事に出来たらと言うのは、あくまでもし可能ならってぐらいなので、当面はできる仕事に一生懸命取り組んでいきます!」
「そ、そうか…」
その後お母さんにマスターのことを聞かれて、お父さんは随分口数が少なくなってしまったが、スーパーテイスターの話や、有名な人がくる話をして、なんとか中卒の話題からそれた。
マスター感謝!!
そうして、美緒の両親との顔合わせは終了した。
お会計をするご両親を店の外で美緒と待っていると、
「律君、今日はありがとね」
「うん!」
「とりあえず何事もなく紹介できてよかった」
「俺も一安心したよぉ」
「私緊張しちゃって、ほとんど味がわからなかったよ…」
「実は俺も…(笑)」
2人でフフフと言う感じで笑いながら話していると、両親がお店から出てきた。
「ご馳走様でした!」
と言って俺が頭を下げると、お母さんが、
「いいのよー。本当ありがとね。美緒のことこれからもよろしくね!」
「はい!」
「じゃあ美緒今日は帰るわよ」
美緒はそう言われて、俺にバイバイと手を振りながら両親の後を着いて歩いていった。
俺は見えなくなるまで手を振って、やっと緊張から解放されて、ほっとした気持ちで自転車に乗って家に帰った。




