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マスターの実力

そして次の日、早朝勤務を終えて14時過ぎにマスターのお店に向かった。


ランチが終わったら味見をして欲しいと頼まれてるのだ。




「ちわーっす」




とドアを開けると、まだ中はカウンターが数席開いてるぐらいで満席だった。


カウンターの前で盛り付けをしていたマスターが話しかけてきた。




「あぁ、律坊、すまん、ちと予定よりお客さんが多くてまだ全然終わってねーんだわ」


「ああ、そうなんだ。手伝おうか?」


「お? んじゃ洗い物やってくれよ」


「りょうかーい!」




俺はそう言うと、鞄をカウンターの裏に置いて、腕まくりして、裏の調理場に向かった。


このお店は昔はバーだったらしいが、それをマスターが居抜きで借りて、更にマスターこだわりの調理場を作る為に、特別に横の部屋を繋げてもらって、調理場が併設されているような感じになっている。


俺は調理場で溜まりにたまった洗い物を、テキパキこなす。


こうやって味見をするタイミングで、何度か手伝ったりもしているので、もう慣れたもんだ。



すると表からマスターが戻ってきた。




「後、4皿分ももの照り焼き作って、今日はしまいだな」




というと、コンロの横に下味をつけているのであろう、大きなボールを出してきた。


そしてコンロに火をつけると、ジュージューと焼きだした。


暫くすると、何とも言えない美味しそうな匂いが辺りに漂ってきた。




「律坊、ちと味見してみっか?」


「いいの?」




するとマスターはスプーンを取って渡してきたので、フライパンの上からちょっとスプーンでたれをすくって食べてみる。




「うっまいねーー! なんだろ、醬油とかみりんの他にも出汁が入ってそう。んー、水の代わりに薄めのかつお出汁かな。んーそれにしてはちょっと弱いというか、軽やかと言うか…」


「ワハハ、マグロ出汁だな」


「マグロ出汁! これがー! マグロ出汁だけで味みたいな」


「まだあるから後で味見させてやる」


「おー、やったー!」




そして俺は、洗い場に戻って、洗い物をする。


美緒の髪型どうするのがいいんだろうなぁ…。


俺も美緒もそういうのは本当に疎いからなぁ…。




「律坊なんだ、「んーんー」言って」


「あ、すません! ちと悩んでることがあるんすよ」


「ほー、どうしたん? あ、ちとそこの蓋とって」




俺は手を拭いて、蒸し焼きにする用の蓋を取ってマスターに渡しながら、



「うっす。いや、美緒が髪の毛を切ろうって思ってくれてるんですが、ほら俺も美緒もそういうの疎くて…」


「あー、確かにみおちゃん髪長かったもんな」


「そうなんすよ。まぁ昔色々あって切れなくなっちゃったみたいなんですが、最近切ってみようかと思ったみたいで」


「なるほどなぁ。そりゃわしにもわからんわ。むしろ料理のことしかわからん」


「そっすよねー」


「そっすよねー! じゃねーよ(笑) よしこれで、あがり」


「んー…」




俺は考えながら再び洗い物に戻り、マスターは出来上がった鶏もも肉の照り焼き2皿を持って表に戻っていった。


するとマスターが表から戻ってきて、




「律坊。ちょーーーーどいい人がお客さんで来てるわ」


「ちょうどいい人?」


「あぁ、食い終わったらちょっとその人に相談してみようや」


「え、あ、うん?」




そういうとマスターは残りの2皿を作り出した。




「あ、マスターさ、さっき思ったんだけど、ほんの少し白味噌足すといいのではと?」


「白味噌…あー、なるほど、ちと入れてみっか」


「うん、ほんのり甘みが増えてよりご飯に合うんじゃないかなと」


「どれどれどうかな」




マスターは冷蔵庫から出した白味噌を小さじより少ないぐらい加え、スプーンですくって味をみる。




「あー、これありだなー、ほれ、律坊も」




そう言ってちょいちょいってやってるので、近くに行きスプーンですくって舐めると、先ほどよりもほのかに自然な甘みが加わって、酸味とのバランスがより整った感じがした。




「しっかし、もうかれこれ40年以上料理して来てんのに、20歳にもならないやつと味の試行錯誤ができるとはなぁ」


「俺は経験とかじゃないっすけどね…知らない味もめちゃくちゃ多いし」


「まぁ今後が楽しみだな、ワハハ!」




と、マスターが背中をドンドンと叩いた。


すると表から、「マスター終わったよー!」という女の人の声が聞こえた。




「お、律坊も一緒に来い」


「あ、うん?」




そういうとマスターは表に向かったので、俺は洗い物の蛇口の水を止めて、表に向かった。




「おー律坊こっち来い」




カウンターの奥の方からマスターに呼ばれたので近くまで行くと、




「谷川さん、話ってのはなわしじゃなくてこいつなのよ」




と、俺の肩を持ってマスターが言った。




「ん-? どうしたのー? ってかめちゃくちゃイケメンね!! 何歳?!」




と、谷川さんと言う女性が聞いてきた。




「樫木律です。19歳です」


「へー律君。私、谷川杏奈、wiwiって雑誌の編集の仕事をしているの」


「へー雑誌の…あ!」




と俺が気付いてマスターを見ると、マスターはニヤッとして、




「そういうことだ。なー谷川さんよー、女の子の洋服やら髪型詳しいだろ?」


「そりゃー仕事だからねー」


「こいつの彼女がさ、髪の毛切りたいんだけどいい感じがわからんのだと」


「へー今時の子なら、アンスタやらなんやらで大体わかってると思うんだけどなぁ」


「あ、あの、彼女は幼い頃に色々ありまして、これまでほとんど外で髪の毛切ったことないんです!」


「ええ?」


「それで、最近ようやく切ってもいいかもと思ったみたいなんですが、そういうのに無縁だったからわからないと…。そんで俺も15から働いてるんでそういうのわからなくて…」




と説明した。




「え、え、えっと…彼女さん、髪の長さどれぐらいなの?」


「後ろの毛は腰下ぐらいかな? 前髪はおろすと顎ぐらいですかね」


「ほ、本気?」


「はい!」


「写真見せて」




と言われた。


写真。


存在忘れてたぁぁぁ!!!!


今まで1枚たりとも撮ってない!


一緒にいれることが嬉しすぎて、そんなの頭の片隅にもなかった!!!!




「な、ないです…」


「え、彼女なんでしょ?」


「はい…」


「付き合ったばかりとか?」


「もうすぐ5カ月ぐらいになりますね…」




というと谷川さんは驚いた顔をして、




「ほ、本当に、今の時代の子…?」




と言うとマスターが、




「まぁこいつも家庭環境色々でそういう今時の若い子がっていうのはほとんど知らんのよ!」


「な、なるほど…」


「そんでよ、谷川さん詳しいでしょうよ? ちと、髪型決めてやって、あと洋服なんかも見繕ってやってよ」


「ええ、本人分からないのに無理よ!」


「一緒に来てくれればええじゃろ」


「いやいや、私仕事あるから!」


「いやいや、休日に」


「休日にぃ!!!!! 私の休日は?!?!」


「おー、そうじゃ、今度ローストビーフ作ろうと思ってんだよなぁ」


「…」


「ちととあるルートから、最高級和牛のローストビーフに適したやつが手に入ったんだよなぁ」


「…」


「いやぁでもわしも結構歳だから肉はなぁ…誰かに食ってもらおうかなぁ…」


「…ジュル……」


「ソースもお手製で作るかのぉ」


「…わかったわよ! ローストビーフ絶対頂戴ね!」


「おお、そういうことじゃったら、谷川さんに特別にプレゼントしようかのぉ!」




と、ニヤッとしながらマスターが言って、谷川さんはぐぬぬと悔しそうにしている。


ローストビーフでそんなことやってくれるの?


まじ?


俺がポカンっとしてると、谷川さんは、




「ふ、普通はこんなことやらないわよ?! マスターのローストビーフだからよ?!」


「ろ、ローストビーフってそんななんですか…」


「ローストビーフじゃなくて、マスターが作るローストビーフだからよ!」


「え、えぇ? マスターってそんなすごい人なの?」


「え、知らないでここにいるの?」


「は、はい」




と、力説する谷川さんにたじろぎながら俺が言うとマスターが、




「谷川さん、こいつ調べてみないとわからないんだけど、多分スーパーテイスターなんだわ。そんで匂いをたどってここに突撃してきたんだよ」


「ま、まじ? 匂いをたどるなんて、目の前で焼いてる焼き鳥ぐらいじゃないと無理じゃない?」


「こいつはそれができちまうんだよ。舌も一級品で、わしと味について議論できるレベルにある」


「まじで???」


「うむ」


「そ、それにもびっくりだけど、マスターを知らないことはもっとびっくりだよやっぱり」


「そうかのぉ」


「律君だっけ? この人、日本で初めて三ツ星とったレストランの総料理長やってた人だよ?」




三ツ星と言う言葉は、俺も聞いたことがある。


要はすごいってことだろ。




「は、はい…」


「なんか伝わらないねぇ! えっとね、マスターの作るローストビーフなんて、一皿5万円だしても食べてみたいって思う人がいるぐらい!」




と谷川さんが言った。




「えー?!?!?!?!? ローストビーフ一皿に?!?!?!」


「そう」


「本気ですか?」


「きっとそうね。ね、マスター?」



と谷川さんがニヤッとしてマスターを見ると、




「5万円は流石にないんじゃないかー?」


「そうかな? 例えば、よくこの店来てる山口さんとか払いそうじゃない?」




山口さんは、確か芸能人だ。




「あーーー、確かに…。なんならもっと出してくれるかもなぁ…」


「そういうこと! わかった? 律君」


「わ、わかりました」


「まぁそれはそれとして、とりあえず私が美容室から服装から全部コーディネートしてあげるから任せなさい」


「あ、ありがとうございます。で、でも写真無くて大丈夫ですか?」


「大丈夫よ。wiwiの編集長舐めないでー。その場で見れば全部決めれるわ」


「す、すごいっすね…」


「そしたら予定はマスターに連絡するから、都合いいタイミングで行きましょう」


「りょ、了解っす! ありがとうございます!」


「ふふふ、なんか今どきの子と違って気持ちいい子ね」


「そうなんじゃよー」




と言いながら2人は「あはは」と笑っていた。


そして、その日帰ってから美緒にも連絡して、マスター経由で日程を調整して、予定は3週間後の土曜日となった。

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