恋する中卒
倉庫までは、自転車で通っている。
大体30分ぐらいかかるがもう慣れたものだ。
そう思い、俺は夕方の街並みの中、いつもの帰り道を自電車で走る。
そして暫く走ると、大きな国道からそれて少し高台に上る細めの道に入り、上から車が来たので、その中腹で自電車を止めて脇によけた。
そして下に広がる住宅街の、小さな公園のベンチを見ると、いた。
横向きで下を向いて本を読んでいる女性。
少し長い黒い髪の毛で顔は良く見えないが、その女性は天気のいい夕方頃その公園のベンチで本を読んでいる。
そう、俺は1年前から恋をしている。
夕方帰宅するときにたまたま向かいから車が来てしまい、上り坂なので脇によって自転車をとめて、車が通り過ぎるのを待つタイミングで、ふと下の住宅街をみたら目に入った。
小さな公園のベンチに座って本を読んでいる女性に。
それから、何度かその女性をベンチで見かけることがあり、3カ月過ぎた頃には俺はあの人が好きなんだと恋を実感した。
なんでかはわからない。
名前も知らないし、年齢だってわからない。
なんだかその夕焼けを背景にした住宅街で、そこだけぽっかりあいたような空間の公園のギリギリここから見えるベンチで本を読む、俺にはない落ち着いた何か品のあるような、何か高貴な存在を見ているかのような、そんな雰囲気が俺の頭にずっと残ってる。
ずっと見ていてもしこっちを向いて目なんか合ってしまって、今後あのベンチに座ってくれなくなるのは嫌だなと思い、いつも決まった場所から本当にチラッと見るだけ。
そうして俺はここ1年の天気のいい夕方帰宅時のルーティンを終え、嬉しい気持ちで家に帰った。
そして俺は昨日作った味噌汁を温めなおし、炊飯器残ってるご飯をよそり、御園さんにもらった唐揚げをおかずに晩御飯を食べた。
おっ、今日のからあげはいつもより生姜が効いてる。
にんにくもいつものチューブじゃなくて、今日は生を使ってるな。
そんなことを思いながら、御園さん作のからあげを食べた。
どういうわけか、小さい頃から味の小さな違いも気が付く。
おかげで、まずいというのもよくわかってしまうのだが、まぁそこは無視して腹にいれてしまえば一緒だ。
最近では自分で料理をやるようになったが故に、味がわかる分妙に凝りだしてしまうのだが…。
そうして翌日は早朝4時からの勤務なので、後片付けをして洗濯をして、風呂に入り俺は寝た。
それから数日たって、今日は久しぶりの休日だ。
最近は大口の通販の配送が決まって、その準備やらも含めて結構忙しかった。
アルバイト契約の俺と違って、他の方は社員だったり契約社員だったりなので、出来る限り残業にならないように横山さんが調整している。
そしてそのあぶれた分の仕事は俺に回ってくる。
あまり事務所で大きな声では言えないが、俺の事情を知っているから、ある程度仕事ができるようになってからは、生活がかつかつにならないようにと回してくれるようになった。
規定以上働いた分もしっかり払ってくれているので俺としてはありがたい。
ただ、コストを下げろ下げろと本社から言われているのも知っているので、こっそり退勤処理をしてしまって働いているときもある。
そんな最近の忙しさもようやく落ち着いてきたのでと、今日は休日になった。
休日と言っても特にすることもないので、昼過ぎに起きてボーっとスマホを見ると日曜日。
今日は世の中も休日か。
シフトで働いているので、すっかり休日や祝日等の感覚がない。
今年は1月1日から働いてたぐらいだ。
今日はこの前の御園さんのからあげを再現してみようかなーと思い、スーパーに食材を買いに行こうと思い財布を見ると、札が1枚もない…。
流石にそろそろお金おろさなきゃな…と思い、スーパーの前にコンビニに向かうことにして、俺は出かける準備をした。
そうだ、まだ夕方じゃないけど、もしかしたら今日は世の中も休日だからあの人がベンチで本を読んでいるかもしれない。
これまで何度も、夕方に公園のベンチで本を読んでいるのを見かけるタイミングで、声をかけに行こうか悩んだ。
でも、中卒で社会から何の信用もないような俺が話しかけていいような人じゃないと思い、1度も実行していない。
いいんだこれで、俺は遠くからあの人を眺めるだけ。
最寄りではないけどちょっと離れたコンビニとスーパーなら、あの道を通るから、もしかしたら見れるかもしれない。
そんな淡い期待を胸に、俺は一番近いコンビニではなく、自転車に乗って少し離れたコンビニとスーパーに向かった。
そうして俺は、いつもの坂道を少し下り、期待しながら自転車を止めてそのベンチを見るが……いない。
まぁ休みの日だしな…。
どこか遊びにでも行っているのかもしれない…。
少し落胆しつつも、坂を下って目的のコンビニの前に自転車を止めて中に入ろうとすると、細めで濃い目の色のジーンズにTシャツ姿の一人の女性が中から出てきた。
俺は入口で少しわきによけて、その横を女性が通った。
横目に映ったその女性は、黒い長い髪の毛をおろしていて、少しなびかせながらスーッという感じでコンビニを出ていく。
間違いない!
絶対あの人だ!!
大きな声では言えないが、チラ見し続けてきた俺が間違えるはずがない!!!
こ、これはきっと3年間仕事を頑張ってきた俺に、神様が与えてくれたきっかけなんだ!!!!
とっさにそう思うと俺は、スーッと歩いていってしまいそうなその人に声をかけていた。
「あ、あの!!!!! ま、待ってください!!」
すると、ピタッと止まってうつむき加減のまま、チラッと体を少しだけこちらに向け肩越しにこっちを見た。
そんなに振り向く勢いがよかったわけではないが、分けていた前髪が振り向いた拍子に横からサラっと流れてきた。
前髪も長いんだなぁ。
すると彼女は小さい声で、
「…私ですか…?」
と聞いてきた。
「はい! あ、あの! えっと……す、す、好きです! 付き合ってください!!!!」
と俺が言うと、他に歩いていた人が「え?」みたいな感じ俺の方を見て、彼女は一瞬の硬直の後さっきの2倍ぐらいのスピードでスーッと行ってしまった。