【西条美緒視点】言葉が出ない
樫木君に連れてきてもらった雑居ビルの1室のお店「キッチン三枝」。
樫木君が予約したと言っていたから少し身構えてたけど、こういっちゃなんだが凄いお店みたいな雰囲気はない。
むしろなんか、普通のバーとかなんかそんな感じだ。
でも、そう言う感じがなんか小説の中に来たみたいで少しワクワクする。
「はーい、お待ちどうさまー。まずはご飯と味噌汁ねー」
そう言うと、お盆からテーブルにご飯と味噌汁を2つずつ置いて戻っていった。
そして再び料理をお盆に載せて戻ってきたマスターは、
「はい、今日のメインはアジフライだよー」
と、置いて行った。
「ソースとからしとタルタルソースはこのソーサーから好きなだけかけてねー。醤油はテーブルの上のそれね」
と3つのソーサーを置く。
そして樫木君と私は置かれたアジフライを見る。
樫木君はそれを見ながら、
「やっべーめっちゃ旨そう」
美味しそうかどうかは見ただけじゃ私にはわからないけど、私が家で見るアジフライとまず形が違うのだ。
あの扇方に開いた形をしていない。
大きな切り身のような形のフライが二つ乗っている。
「なんか私が知ってるアジフライと形が違うね…」
「マスターこれアジなの?」
とカウンターにいるマスターに話しかけると、
「正真正銘のアジだよー! でも今日は律坊が愛しの彼女を連れてくるって言うし、魚が好きみたいだって聞いてたからとっておきの一本釣りのアジ! しかもその中でも特上品!」
「へぇー、そんなすごいの?」
「そうだねぇ、昔のつてを使って特別に仕入れたこのアジ、なんと一尾4,000円! 普通だったら超高級寿司店とかに回るやつだなー」
とカウンター越しにマスターが指を4にして言った。
アジの値段を見たことなんてないけど、まず間違いなく4,000円はあり得ない。
普通にそんな値段がするなら我が家の食卓に並ぶはずがない。
「とりあえず、熱いうちに食べてみてよ。お勧めは特製のタルタルソースだよ」
とマスターが言うので、私も樫木君もタルタルソースをソーサーからかけて、一口食べた。
サクッ…!
衝撃的だった。
こんなに美味しいアジフライ食べたことない。
な、なにこれ…。
一口食べると、中にはふわふわでアツアツで、まるでサバかと思うぐらいの大きさの恐らくアジなんであろう魚。
そして、揚げた油とは違う、ほのかに甘みのある多分アジの油が中からドバっとあふれ出す。
臭みなんて一切ない。
美味し過ぎて言葉が出ないって本当だったんだ…。
そして私はもう一口食べる。
2口目すら衝撃的美味しさ。
そしてこのタルタルソースもおいしい。
思わず私は、
「こ、これ…。美味しすぎる……。いつも食べているものと全く違う………」
と小さな声で言ってしまった。
樫木君も美味しかったようで、ご飯と一緒に美味しそうに食べてる。
「マスターこれやばいね…。もう他のアジフライ食べられなくなりそう」
「ワハハ、だろー? まぁこんなアジ普通じゃ手に入らないからな」
「しかもタルタルソース、これあれだね、隠し味に味噌と…オイスターソースが少しかな?」
と樫木君がペロッとタルタルソースだけなめながら言うと、
「流石律坊だ。そうも簡単にあてられると、料理人として複雑な気分ではあるがなぁ」
「いやぁ旨いよこれは、やばすぎ。美緒もどお?」
「すごいね。びっくりしてもうなんて言ったらいいかわからない」
「ね、やばいでしょ、このお店」
「そ、そうだね…。なんか普段食べてるものがこんなに変わると衝撃がすごいよ」
「確かにねー。松坂牛が美味しいのはそうかもしれないけど、普段のメニューが美味しいってことがより凄さを感じるね!」
「うん、本当…」
そう言って私は味噌汁を飲むと、
「えっ…これも…?」
と私が言うと、樫木君も味噌汁を一口飲んで、
「おお、うっま! なんだろ、昆布とー、んー鰹節なんだろうけど…食べたことないなぁ…マスターなにこれ?」
と樫木くんが聞くと、
「これは鰹節の中でも本枯節ってやつで、更に店で削ったから香りも1級品だな」
「なるほど、これが…だって美緒」
「あ、うん…。私はそんな細かいことまでわからないけど、これもすっごい美味しいね」
「だねー。本当この店はやっぱりすげーや」
そうして私達は感想を言いながら、あっという間に完食した。
「マスターご馳走様!」
「ご馳走様です」
「みおちゃんどうだったー?」
「はい、びっくりしちゃって…こんなに美味しいもの初めて食べたかもしれません…」
「うれしいねぇー! 今日は律坊のお祝いだから頑張ってよかったよー」
「お祝い?」
「ずっと好きだった愛しの人が彼女になってくれたお祝いだよ」
とウインクしながら言われ、私は恥ずかしくなって下を向いた。
「さ、今日は律坊がご馳走するんだろ?」
「そう!」
「え、自分の分は…」
「まぁ、みおちゃん、律坊みおちゃんと付き合う前から、もし付き合ったら絶対ここに連れてきてご馳走するんだ! って本当随分前から妄想してたぐらいなんだから、ここは出させてあげなぁ」
とマスターが言った。
随分前から妄想してたって…。
私はそれを聞いてまた恥ずかしくなってしまって下を向いてしまった。
「んじゃ2人分で2,000円ねー」
とマスターが言ったので私は驚いて顔をあげた。
「え、アジが1匹4,000円だって…」
「まぁこれは、俺からのお祝いだからいいのいいの!」
「ほい! マスター2,000円!」
そう言うと樫木君は2,000円をマスターに渡した。
「か、樫木君いいの…?」
「いいのいいの! どうせ味見手伝うんでしょ?」
「そういうことだ、ワハハ」
そして私たちは店を出た。
帰り道で私は、樫木君に話しかけた。
「樫木君、ご馳走様でした」
「いえいえ! 本当に美味しかったでしょ?」
「うん、本当に樫木君が言ってた通りだったよ」
「でしょー!」
と樫木君はニコッとしながら私を見た。
「いつもあそこで食べてるの?」
「たまーにかな! あの店いつ開いてるかわからないからさ」
「そ、そうなんだ。本当小説の中のお店みたい」
「マスターも昔は有名店の料理長だから、小説に出てくる人にぴったりだね!」
「本当にそうだね」
「でも美緒が喜んでくれたみたいでよかった!」
「う、うん。ありがとう」
口数の少ない私に本当色々話しかけてくれて、色々気遣ってくれる。
どうして私なんだろうと思ってしまう。
もっと綺麗な人や可愛い人はいっぱいいるのに…。
そう思うと私は言っていた。
「樫木君は私なんかよりもっと似合う人がいると思う…」
言った後に、ハッと思って口を手でふさいだ。
そしてチラッと樫木君を見ると、ニコッとして、
「いないよ。俺には美緒しかいない」
と優しく言った。
「どうして…」
「なんでだろうね。やっぱり俺は美緒が本を読んでる姿を見て嬉しくなってたからさ、なんか心を安らかにしてくれた人って感じだったからかな?」
「私だよ…?」
「最近はより一層強く思うようになったね! 美緒が大好きでどうしようもない!」
そういうと、抱き着こうとするので、さっと私が片手を前に出すと、
「危ない危ないー!!!!」
と、両手をあげてアハハと笑ってた。
そしてその日は、2人で歩いて家の近くまで送ってもらって帰った。




