【西条美緒視点】五感がシャットアウト
まだ握られてる感触が残っている。
なんだか少しごつごつした、樫木君のその手の感触を思い出すと、なんだか私の心は安心した。
そして学務課に書類を提出して出ると、廊下を多くの人が歩いていた。
まだチャイムもなってないし、授業が少し早く終わったのだろうか。
学務課から出てきた私を見ると、その人だかりがさっとヒソヒソしながら出口に向かった。
そして私もその後にヒソヒソされながら外に出て、掲示板の前にいる樫木君がこっちを見てニコッとした。
私は小走りに近づき、
「お、おまたせしました」
「いえいえ! 掲示板見てました!」
「そ、そう…」
すると、周りの人たちがこっちをチラッと見ながらコソコソ何かを話すのがわかった。
(あの西条さんが男と話してる)
(めっちゃイケメンじゃない)
(絶対罰ゲームかなんか)
(あの人どこの学科の人だろ。連絡先知りたくない)
(西条さんが横にいるとかかわいそう)
しかも今回は内容が聞こえる。
最悪だ。
やっぱり人がいるところでなんて会うんじゃなかった。
私がどんな風に見られているかわかっちゃって幻滅しちゃったかな…。
と、チラッと樫木君を見上げると、樫木君はなんだか少し目を細めていつもとは全然違う冷たい感じの表情になって、急に私の手を握った。
私が驚いていると、
「この人俺の彼女だから!! なんかしたら許さないからね! 行こう美緒!!」
と、手を握ったまま歩き出した。
え?
なんで?
樫木君はこんな私でも守ってくれるの?
今まで何かのやり玉にあげられることはあっても、誰からも守られたことなんてなかった。
それでも生きている私は、本に逃げることで自分を保ってたのに、まさかそんな私を…。
と思うと足が止まってしまった。
「さ、西条さんどうしたの?」
「あの…」
「あ、下の名前で呼んだのごめんね?? あっちの方がちゃんと彼女っぽいかなって思って」
と樫木君が言った。
確かにさっき美緒って呼ばれた。
正直なんだか私が樫木君の特別な存在の様で嬉しい。
「あ、うん、それはいいの…むしろこれからも…下の名前で…いい」
「あ、本当! それじゃ美緒!」
そう呼ばれたので私は顔をあげると、
「え、えぇ?! おれなんかした???」
と慌てだした。
「あ、え、いや…」
いつの間にか私の目には涙が浮かんでいる。
え、なんで…
あのふさぎ込んだ頃から1度も泣いたことなんてなかったのに…。
そう思いつつ、握られた手を抜いて、目をゴシゴシした。
化粧なんかしてないから、いくらゴシゴシしてもいい。
そして私は、
「だ、誰かに守ってもらったのが初めてで…嬉しくて…」
というと、樫木君は驚愕の表情を浮かべて、しばらくすると、
抱きしめられた。
待って!
待って待って!
ここ外だから!
人もいっぱいいるから!
と思って樫木君の胸に手を当てて離そうとするが、離れない。
無理だと悟った私は、その樫木君の腕の中に隠れるように頭を樫木君の胸にあてた。
暖かい。
そして樫木君の心臓の音が聞こえる。
抱きしめられるってこんな感じなんだ。
こんなに安心できる場所があるなんて思わなかった。
少しすると樫木君が私の肩を持って離すと、ニコッと笑いながら、
「この後、ご飯食べる時間ある?」
私はまだ抱きしめられたその衝撃から抜け出せずにいて、とりあえず頷くと、
「よかった! とっておきの場所予約してあるんだ!」
そう言って私の手を握って正門に向かった。
私は下を向いたまま、樫木君の後ろを手を握られて引かれながら歩いていく。
きっと皆見ているだろう。
いつもだったら、気にしたくなくてもわかる視線が、今は全くわからない。
もう私の五感は全てシャットアウトされている。
今なら骨が折れても痛くないかもしれない。
そしてそのまましばらく歩き、駅に向かい電車に乗って、家の最寄り駅に戻ってきた。
その頃には大分落ち着いて、ちゃんと音も聞こえるようになった。
でも、この駅の近くにとっておき、何かあったかな…と思っていると、樫木君はまた私の手を握り、家とは逆方面に向かっていく。
そして、雑居ビルの前についた。
「ここ!」
と、手のひらを向けて樫木くんは言った。
いや、食べ物屋さんがあるようには見えないんだけど…。
「中に入ろう!」
そう言う樫木君に引かれて中に向かうと、中も外から見た通りの雑居ビル感満載だ。
そして食べ物屋さんがあるようには見えない。
も、もしかして、このまま誘拐! もしくは私を風俗に!
風俗はないか…。
いやでも、私、体は細身なんだが、誰にも知られていないが実は胸はEカップあるのだ。
だから、顔を見なければ…。
ま、待って!
もしかして私って、樫木君に下着姿を見られる可能性があるの?!
今まで気遣ったことなくて、いつもお母さんが頼んでる通販雑誌を見て適当に買っている。
ちょ、ちょっと待って! 今日は確か、特になんでもないベージュだ!! ブラトップの方が楽だから最近ではブラジャーもしていない!!!
と私が小説の場面から明後日の方向に思考が進んでいる中、樫木君は私を連れて2階に上り、そして一つのドアの前で止まった。
ドアには、キッチン三枝と書かれた黒板が下げられている。
「ここ、俺のとっておきのお店だから!」
と言いながら樫木君はドアを開けた。




