会心の一撃
そんな学生の街をへぇと楽しみながら、俺は西条さんの大学に向かい、正門らしきところに着いたので連絡した。
『正門につきました!』
『今行くね』
俺はコートのポケットに手を入れて正門わきの壁に寄りかかりながら西条さんを待っていると、前を通り過ぎる女の人がめっちゃこっちを見てくる。
なんだろ。
通る女の人全員とは言わないが、殆どの人がこっちをチラッと見て、友達と一緒な感じの人はそのままコソコソなにか話し出す。
なんだなんだ。
立っているだけで中卒ってバレてるのか?!
大学生すげーな!
そんなことを思ってると、正門の方から声がした。
「お、おまたせ…」
そういう西条さんは、黒いロングスカートに紺色のダッフルコートを着て、首には黒いマフラーがぐるぐる巻かれている。
か、可愛すぎる……。
なんだかぬいぐるみみたいだ。
「あ、う、うん、今日も可愛いね!」
と、俺が西条さんに近づきながら言うと、西条さんはギョッとした表情になって、
「ちょちょっと…大きな声でそんなこと言わないで…」
「どうして! こんなに可愛いのに!」
すると周りを歩いていた人が、なんかヒソヒソ話しだした。
「も、もう、いいからこっちきて…」
と俺のコートを少しつまんで引っ張る西条さん。
可愛すぎる。
もうそのつまみ方が可愛すぎる。
俺はそんな幸せな気分になりながら、西条さんに連れられて大学の敷地内に入った。
「ここが食堂だよ」
そう言いながら西条さんが案内してくれたのは、大学の学食。
小ホールぐらいありそうな広い空間に所狭しとテーブルと椅子が並べられている。
おー、これが大学の食堂か。
「今は営業時間外だけど、お昼頃とかはすごい人の量だよ」
「そうなんだね!」
「わ、私はあまり使わないけど…」
「そうなんだ…でも結構安くてボリュームがありそうでいいじゃん!」
「うん、でも…」
「あーうん、確かに匂い的にそこまで美味しいってのは期待できないかなぁ」
と俺が言うと、西条さんは驚いた顔をして、
「匂いでそんなことがわかるの?」
「うん、匂いってか匂いの味と言うか? なんか昔っから味に敏感でさ、味と匂いって連動することが多いから結構わかるようになっちゃった」
「そ、そうなんだ」
「私、提出物を出しに行きたいから、着いてきてもらっていい?」
「うん!」
そう言うと、西条さんは再びコートの端を掴んで食堂から出ていく。
こ、これは、もしや手を繋ぐチャンスなのでは!!!
でもまだ早いか?!
いやでも、男は度胸!
俺はそう思い、俺のコートの端をつまんだ西条さんの指をそっと握った。
西条さんは下を向いてピタッとその場で止まり、しばらくするとそのまま歩き出した。
これは、このままでいいということだろう!
あぁ、なんて細い指なんだ。
なんて綺麗な手なんだ。
そしてこんなに胸がドキドキするもんなんだ…。
そんな幸せの絶頂の俺に指を握られたまま、西条さんは歩いていく。
そうして、少し歩くと、外に掲示板がいっぱい並んだ、それらしき建物の前に来た。
すると、西条さんは俺に握られていた指をすっと抜くと、
「ここが私の学科なの…ちょっと提出物だけだしてくるから、ここで少し待ってて」
「わかった!」
西条さんはそういうと、下を向きながら小走りで建物の中に入っていった。
へぇ、文学部か。
西条さんらしい。
えーっと、古典Ⅱは来週休講ねぇ。
なんか中学とは違って、授業単位で結構違う感じなんだなぁ。
なんて思いながら掲示物を見ていると、中から人がぞろぞろと出てきた。
授業が終わったのだろうか?
そんなことを思いつつ、俺は掲示板を見ていると、やたらと女の人達がこっちを見る。
やはり中卒ってバレてるのか。
何を直せばバレないのだろう…。
そう思ってると、その集団が脇にさっとよって建物の中を見ながらコソコソ話し出した。
すると中から西条さんが出てきた。
「お、おまたせしました」
「いえいえ! 掲示板見てました!」
「そ、そう…」
と俺と西条さんが話すと、その集団はコソコソとこっちを見ながら話し出した。
しかも微妙に聞こえる。
(あの西条さんが男と話してる)
(めっちゃイケメンじゃない)
(絶対罰ゲームかなんか)
(あの人どこの学科の人だろ。連絡先知りたくない)
(西条さんが横にいるとかかわいそう)
と言うような内容が聞こえてきた。
はぁ?!
お前等なんかコソコソとして、人を噂するようなやつよりよっぽど可愛いわ!!
と俺はイラっとしてしまい、下を向いて俺の前に立っている西条さんの手をギュッと握ると、
「この人俺の彼女だから!! なんかしたら許さないからね! 行こう美緒!!」
そう言って、俺は西条さんの手をギュッと握ったまま、さっきの学食の方へ歩いていった。
学食の脇辺りまで戻ってくると、西条さんがピタッと止まった。
手を握ってるので俺も止まり、
「さ、西条さんどうしたの?」
「あの…」
「あ、下の名前で呼んだのごめんね?? あっちの方がちゃんと彼女っぽいかなって思って」
「あ、うん、それはいいの…むしろこれからも…下の名前で…いい」
「あ、本当! それじゃ美緒!」
と俺が呼びかけると、西条さんは上を向いた。
その目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
「え、えぇ?! おれなんかした???」
「あ、え、いや…」
そう言うと西条さんは俺の握っていた手をすっと抜いて目をゴシゴシしだした。
そして、
「だ、誰かに守ってもらったのが初めてで…嬉しくて…」
と言った。
もう、可愛すぎる。
面と向かってるから、これは暗殺じゃなく攻撃だ。
西条さんの会心の一撃が俺の胸に響いた。
これからどれぐらいの期間かわからない。
でもそれが例え明日までだったとしても、俺はその瞬間までこの人を守る。
そう強く思い、多くの人が帰ろうと通りすがる中、俺は美緒をその場で抱きしめた。




