平民と結婚したいらしい王子に婚約破棄されましたけれど、日頃の恨みを込めて返り討ちにして差し上げますわ!
「リリー・エイブラムス、貴様はここにいるエスメラルダをいじめた罪で国外追放を命じ、そして俺たちの間に結ばれた婚約を破棄する!」
……バカ王子の茶番がまた始まった。
ここはとある魔法学園の卒業パーティーだ。
リリーはエイブラムス公爵家の次女として生まれ、国の第一王子であるセドリック・キャヴィストンの婚約者の役割を果たしてきた。そしてゆくゆくは次期王妃として、王位継承権第一位のセドリックを支えるべく、王妃教育を受けて来た。
勉学だけでなく、魔法術や体術においても次期王妃として恥をかかぬように励んできたつもりだった。"社交界の薔薇"と言われた姉に似て、決して顔も悪くはないはずだ。
「殿下、何を仰っているのか分かりません」
「全てはここにいるエスメが証人だ! 貴様の愚行の数々は分かっている」
「はぁ……」
「ここまで来て白を切るつもりか?図々しいにも程があるな」
図々しいも何も、リリーには全く心当たりがないのだから当然のことである。
「そのような事実は一切ございません! 図々しいのは婚約者がいながらもエスコートに現れず、挙句の果てにどこの馬の骨かもわからない平民のエスコートをしている殿下の方では?」
「ふぇぇ、リリー様ひどいですぅ……」
「リリー貴様っ!! ……俺は彼女と真実の愛に目覚めたんだ! 誰にも邪魔はさせない!」
セドリックに張り付くようにしてぷるぷると震えるのは平民のエスメラルダだ。胸を突き出すようにしてセドリックの腕にしがみつき、涙を溜めている姿はまるで女狐。ただの平民が国の第一王子を誑かすなど普通なら有り得ない話だ。
「エスメラルダさんと仰いましたよね。貴方がわたくしにしたことは立派な偽証罪であり、犯罪です」
「うわぁ〜ん! リリー様がまたエスメのこといじめる〜!」
「いい加減にしてください!! ここはロマンス小説の世界ではありません。現実を見てはいかがですか?」
「おいリリー、現実を見るべきなのは貴様ではないか? エスメはこの国の王妃になる者だ。公爵家の小娘がそのような口を利くことは許されないぞ!」
標的をエスメラルダに変えたところでこのザマだ。馬鹿には馬鹿がお似合いだし、リリーも婚約破棄を受け入れたいところだが、公爵家の体面を考えるとここで引き下がるわけにはいかない。
「そうだっ! リリー様ぁ、ここでエスメに謝ったら許してあげなくもないですよ? セドリック様の側妃として置いて差し上げますっ」
「エスメは優しいなぁ。こんな堅物女、国外追放でいいと言ったのに! おいリリー、彼女の慈悲に感謝するんだな! さぁ、頭を垂れて謝れ!」
名案だとでも言いたげにエスメラルダが飛び跳ねる。
……アホ王子の側妃!? そんなものこっちから願い下げよ!
流石にこの2人の世界に誰も着いていけないのか、会場は静まり返った。誰もがリリーの次の発言に注目していた。
「あらセドリック様、ご機嫌麗しゅう」
沈黙を破ったのは扉が開く音。カツカツと近づくハイヒールと凛としたその声に、リリーは安堵を覚えた。
その主を認識した途端、観衆がざわめき始める。
「ねぇまさか……」
「何故ここに?」
「あの人ってもしかして……『社交界の薔薇』!?」
「皆様お久しぶりです、お邪魔だったかしら?」
「ロ、ローズお姉様……」
――ローズマリー・エイブラムス。ふわりと深紅の髪を靡かせた彼女こそ"社交界の薔薇"であり、リリーのただ1人の姉だ。
「ローズマリー? 馬鹿な、お前はこの国にいないはずじゃ……」
「ええ、確かに私は隣の帝国に嫁ぎに行きましたわ。今日は可愛い妹の晴れの日ですし、私の結婚前でこの国に来られる最後の機会だったから顔を出してみれば……このザマとはねぇ」
ローズマリーは、隣国であるイルバート帝国から一時期来ていた交換留学生からの熱烈なアプローチを受け、魔法学園の卒業と共にこの王国を去った。
流石にリリーの親族が登場するとは思ってもいなかったらしく、セドリックは動揺を隠しきれていない。
「こんなバカバカしい茶番見ていられないわ、妹の婚約者がこんな単細胞だなんて考えられない」
「お姉様そこまで言っては……!」
「無礼者め! 貴様、不敬罪で牢獄にぶち込まれたいのか!?」
「あら?おかしいですわ」
自身の発言にセドリックが食いつくのを見越したように手を口に当てる。
「あなたは、先程私の妹がそこの泥棒猫に苦言を呈した際『公爵家の人間が未来の王妃となる者にそのようなことを言うなど許されない』と仰いましたわね?」
「あ、あぁ! そうだ! エスメこそこの国の王妃であり、逆らうことは不敬だ!」
「ならば"小国の国王"と"大帝国の皇后"ではどうでしょう」
口の達者なローズマリーの攻撃を受けたセドリックは固まっている。単にその勢いに押し負けているのか、それとも彼女の言葉の意味を理解したのか。幼稚な彼のことだからどうせ前者だろうとリリーは笑った。
流れに乗ったローズマリーはさらに砕けた口調で畳み掛ける。
「……誰のことを言っているんだ?」
「まだ分かりませんの? 貴方と私の話でしてよ」
「ハッ、貴様が大帝国の皇后だと? 笑わせるな! ……おい、いい加減この女共を連れて行け!」
「残念ながらそれは出来ないな」
ワインを片手に持った正装の男性。彼の胸に刺繍された紋章はこの国のものではない。しかしリリーはこの顔を知っている。
彼の正体を知っている上級生たちは途端にざわめき始める。しかし、表情を見るにセドリックはその男ついて知らないようだった。
「初対面にも関わらず無礼だな、一体何者だ?」
「旦那だよ、そこにいるローズマリー・エイブラムスのね」
ローズマリーの腰を引き寄せると観衆から黄色い悲鳴が上がる。
ぽかんとしているセドリックに、リリーは声をかけた。
「……殿下、態度を改めた方が宜しいかと」
「なぜ俺が命令されなければならない!!」
「この方はイルバート帝国の皇帝、クロード・マクスミリオン様です」
「ク、クロード・マクスミリオン!? な、ならばお前の姉は……」
「イルバート帝国の皇后になる者だよ。全く、うちの妻と義妹に無礼を働くなんてどういうつもりだ?」
彼――クロード・マクスミリオン――こそ隣国から来ていた交換留学生……つまりはローズマリーの婚約者だ。そして、イルバート帝国の現皇帝という肩書きもある。セドリックよりも余っ程地位が上だ。
ようやく状況を理解したらしいアホ王子は顔を真っ青に染めている。いい気味だ。
「君の理論で言えば君は皇后を侮辱したことになるのだが、つまりそれは、僕や帝国への侮辱と取ってもなんら変わりはないよな?」
「あ、いや、それは……」
「僕の現段階の権力では戦争を起こすことも容易い」
クロードは美しい顔でニコリと笑うが、目の奥までは笑っていなかった。戦争を起こすなど彼にとっては冗談ではないはず。
「な、なぁエスメ、リリーにいじめられたという事実は……」
「あ、ありません! 私ったらおっちょこちょいだから間違えちゃったの!」
「ほう、そうか。ならばこの件は僕から国王陛下に報告しておこう。……あとはリリー、君の好きなようにするといい。僕とローズがなんとかするさ」
「ありがとうございます」
ローズマリーの方を見ると投げキッスが飛んできた。
……今は私が殺しでも起こさない限り何をしても許されるということだ。こんな機会滅多にない。というか一生内ないに決まってる!!
「殿下」
「な、なんだリリー?」
「婚約破棄はわたくしの方からということにさせていただきます」
「そんなことか」
……あら、残念でしたわね殿下。つまり「慰謝料はクソほどぶんどります」という意味です。
「あとは……」
リリーはハイヒールを踏み鳴らして壇上に上がる。視線は2人の男女から逸らさなかった。
「……っ!」
「いったぁい!!」
ぱちん、と乾いた音が二度響く。
「これで結構です」
「リリーったらやるじゃない!」
「お姉様には及びません」
アホ王子と女狐による自爆断罪劇は、リリーの華麗なるビンタによって締めくくられたのだった。
◇
卒業パーティーの後、国王陛下に呼び出されたリリーたちは必死に謝罪された。エスメラルダと結婚はしたもののセドリックは廃嫡とされ、平民同士今は雀の涙の金で暮らしているらしい。
「あの王子、働けるのかしら」
「"真実の愛"があるから乗り越えていけるんじゃない?」
「ふふ、そうですね。……それにしてもお姉様のウエディングドレス姿、本当にお綺麗ですわ」
ローズマリーとクロードは式を挙げ、夫婦となった。これから会うことは滅多に無くなるのは寂しいが、2人で幸せな家庭を築いてほしい。
「リリー、貴方は今まであの王子に囚われていたけど、もうこれからは自由の身。思いっきり恋愛するのよ!」
「うーん、恋愛は当分御免ですわ……」
……いつかわたくしも、お姉様のように、愛する人と結ばれることができますように。
遠くで風になびくウエディングドレスを見てリリーは願った。
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