学生たち
第8章
1皇子はバサン領に娘のセイサも同行していた。
1年前に王妃が亡くなり、喪に服している1皇子は、王宮を離れここバサン領で療養していた。
1皇子の連れて来た使用人たちは少なく、何故か、身近にメイドなど、女性はいなかった。
唯一の側近の女性は、セイサ王女になる。セイサは比較的おとなしい女の子で、国王、1皇子共にセイサを可愛がっていると言ってもいいだろう。しかし貴族学校ではその微妙な身分の故に友達はできなかった。
バサン領でも、家庭教師による授業等が軽く行われている状況で、楽しみは特にない。
毎日、お父様が一日でも早くお元気になる事を願っていた。
シルベラルは優しい父親と、少し厳し母親、陽気な兄上を持つ、おっとり系の女の子だった。
突然、ベル伯爵が断罪され、貴族学校から公立の学校に転校を余儀なくされて、不登校になったのは、シルベラルのせいではないと、家族全員からいつもさり気なく言われる事に、少し苦痛に感じていた。
今のシルベラルの望みは、兄と一緒に私立学校に通うことが一番の望みで、兄が大好き少女だった。
そんな二人が、このバサン領で毎朝、楽しみにしているのは、サンが、グスグスを連れて散歩をしているを見る事だった。
サンはお母さんに頼んで、散歩に行く為のサロペット風の繫ぎのズボンを、このバサン領の革製品で作ってもらった。
ブーツや手袋も革製品、帽子、耳当は毛皮でお願いして、オマケにサロペットにはグスグスとお揃いのシッポもつけてもらった。
始めて、その風貌を見た全員は大爆笑していたが、サンはこれが一番暖かくて、動きやすいと力説して、グスグスとの散歩係を何とか手に入れた。
グスグスは、サンの奇妙な姿を見た時は少し、引いたが、サンが手を出し、臭いをかがせると、サンを認識できたようで、楽しそうに散歩に行くようになった。
サンの散歩は優雅な散歩ではなく、グスグスと走り、ボールを追いかけ、グスグスに色んなことを教えている。
フリスビーはお父さんに手伝ってもらって、木製の物を作り、取りに行かせて、また、サンに届けさせる。上手く出来た時には干し肉を少しだけ与え、次は障害物に挑戦させたり、サンの歩調に合わせて歩かせたりして、早朝1時間は必ず、外で過ごしていた。
その様子を朝、周りの人達はいつも一緒に暖かい部屋から見ている。
心配した父親のキアルが呼びに来ると、ダル家の朝食は終わった合図だ。
サンはそれから、暖かいお風呂に入って、お母さんの軽食を食べ、午前中は、屋敷内の学習広場に出向く、学習は、各々にあった学習方法で勉強するが、1皇子の連れて来た優秀な家庭教師たちが立ち合い、説明や考察をして、いい方向に導いてくれる。
休み時間は、サンとサブスネは通常通り、キャンベラルの勉強に付き合い、ちっとも気を緩めない。
その姿は教師や二人の少女には異様な姿に映ったのか、3日目に、シルベラルはついに質問する。
「あなた達の通っていらっしゃる学校は休み時間はないのですか・・・?」
サンとサブスネは顔を見合って、
「そう言えば、移動や予習、復習に使っているので、休んだことはありません」
その返事を聞いて、ますます、自分の兄を尊敬する。
「お兄様・・スゴイ、転校なさって、直ぐにその学校に馴染まれて、勉強に打ち込むことができて、きっと、お母様も今のお兄様を誇りに思うでしょう」
「・・・・・・」
その時、サンが、
「でも、今、休み時間であるのなら、セイサ様の髪を少しだけ、直してもよろしいでしょうか?」
「え?」
「--ほんの少しだけ髪が落ちてきています・・・」
毎朝、セイサは自分で簡単に髪をまとめていた。
「ええ、お願いします」
サンは前世で、有り余った入院中の時間を、色々な事で暇を潰していた。その中には髪をいじる事や、物を作る事などの、動画やテレビ、ネットに1日中お世話になっていた。
元気になったら、友達と色々なおしゃれをすることも夢見たこともあった。
だから、こんなに美しい王女様の御髪が乱れているのは、気になって仕方がなかった。
サンがいつも持っているポーチから、小さい櫛を取り出し、綺麗に美しい髪を編みこんでいった。
「はい、出来ました。鏡が無いので、あちらの窓に少しだけ写っています。いかがでしょうか?」
「スゴイ! サン、優雅で美しいです。セイサ様」
「ありがとう、サン」
「いいえ、だてに、ダル家の使用人の子供ではありません。なんて・・・、あっ! キャンベラルさん、ここ間違っています」
「サン、僕は、こういう休み時間の使い方を推奨するよ。お茶でも飲んで、ゆっくりするのはどう?」
「勿論、大丈夫です。皆さんは午後もありますので、しかし、私は午後から仕事があります。この午前中で、すべての学習を終了させないと、夕食の後に電池切れになりますので・・・どうぞ、皆さんはゆっくりお休みください」
そこにいる、他の4人は本当に感心している。サンは午後には、町にグスグスと買い物に出かけ、自分の両親の夕食を作り、それが終わると部屋でそのままダクリックの書類整理などの事務を手伝う。
その後、自分で食事を取り、勉強や日課の新聞を読みながら、電池切れで眠りに着く。たまに、食べながら眠っている事があるので、マリは心配して、必ず一度は、部屋を覗きにくる。
「サン、町はどう?品物はある?」とキャンベラルは質問する。
「はい、王都に比べたら品数はないけど、ここは海が近いのか、魚介が新鮮で、野菜は随分前から貯蔵してあるらしく、食料には困らなそう。それに、町は沢山の人が歩くから、雪もこんなにない」
「そうなんだ、面白そうだ」
「うん、すっごく面白い。だから、全然、苦にはならないです。ふふふふ・・」
「------」
サンは、グスグスと午後の買い物に出かける。
毎日、出かける必要はないのだけど、サンの輝く顔を見ると、両親は小さなお使いを頼む。グスグスと一緒だから安心して送り出してくれる。
グスグスは大型犬で、サンには、とっても忠実だ。初日はお父さんと一緒に出掛けて、大量に色々なものを購入した時には手がちぎれる程に辛かったので、その日、帰ってから、お父さんにソリを作って欲しいと提案したら、次の日の朝には出来上がっていた、サンは飛び上がって喜んだ。
その後、小さな箱を付け加えたり、色を塗ったりして、改良に改良を重ね、今日は試運転に出かける。腰に手を当て、サンは高らかに笑い。
「グスグス!! 行こう! 」
「ワン! 」
「お父さん、行ってきます」
午後から授業のある4人は、跳ねる様に出かけるサンを窓越しから見て、
「サンって、あんなに明るい子供だったんだ」
「学校では一切、無駄口なしで、いつも下を向いて、ダクリックの後ろを、トボトボ歩いて、一度も笑った事が無かったよな?サブスネ!それに、家では滅茶苦茶、甘えん坊だ」
初日に、ダクリックは、すべての人を集めて、今後の役割を振った。サン以外の学生で、仕事をするのは、キャンベラルだけだが、それは両親の仲介や、ベル伯爵の補佐的な事が多かった。
その時、いつもは同席しない使用人のカバック夫妻も、仕事変更があった為に、サロンの中に通された。通されたと言っても、ドアの近くの席が設けられただけだが、3席用意されていたのに、サンはキアルの膝の上に迷いもなく座り、マリはサン足に自分のエプロンを掛け、会議に参加していた。
その様子を見て、全員が思ったに違いない。
(親の膝に座った記憶が・・・ないな~~~と、そして、その時の、ダクリックがサンを見る目は本当に怖いと・・。)